『なつぞら』あれこれ「なつよ、天陽くんにさよならを」2019-09-08

2019-09-08 當山日出夫(とうやまひでお)

『なつぞら』第23週「なつよ、天陽くんにさよならを」
https://www.nhk.or.jp/natsuzora/story/23/

前回は、
やまもも書斎記 2019年9月1日
『なつぞら』あれこれ「なつよ、優しいわが子よ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/01/9147934

この週で描いていたのは次の二つのことになるだろう。

第一には、天陽の死。

ドラマの必然的な流れとでもいうべきものしては、別にここで天陽が死ななくてもいいようにも思える。これまでのドラマのストーリーの伏線として、特にここで天陽との別れが予想されていたとも感じない。

が、ともあれ天陽は死んでしまった。その死の後に残るものはなんであろうか。天陽の絵画にかけた思いとでもいうべきものであろうか。最後に描いた馬の絵に、なつは感動する。そして、もう一つの最後の仕事としては、雪月の包装紙のデザイン画がある。この包装紙の絵を見て、なつは、自分の故郷としての北海道の十勝への思いを新たにしたようだ。

この、なつの十勝への思いを再認識することの契機としては、確かに天陽の死は、意味のあるものとしてドラマで描かれたことになる。この意味では、天陽は無意味に死んではいない。

普通のドラマの設定であれば、このあたりで死ななければならないのは、じいさんの泰樹かもしれないが、いまだに矍鑠としている。たぶん、泰樹じいさんは、このドラマの結末……十勝の開拓者の精神を、なつのアニメーションに伝える、ここまでは長生きすることになるかと思う。

第二には、なつの転機である。

東洋動画をやめて、マコプロに移る決心を、なつは決めることになる。それは、『大草原の小さな家』のアニメーションの、作画監督をするためである。演出は、一久である。ここで、なつは、北海道を舞台にして、開拓者の物語を作ることになる。

このドラマは、最後になって、北海道の十勝の酪農の開拓者の物語と、アニメーションの世界で女性アニメーターとして生きていくことになるなつの物語が、一つに融合することになる。このようなドラマの作り方であったのかと、今になって、振り返っていろいろ思ってみたりする。

以上の二点が、この週を見て思うことなどである。

ただ、物足りないところを書いてみれば、いくつかある。光子が、いつのまにか、いいおばさんになってしまっている。ドラマに最初に登場したときには、謎を秘めたマダムであったのだが、そのキャラクターが変わってしまっている。

それから、声優のこと。兄の咲太郎の声優のプロダクションは、どう運営されているのだろうか。このあたりが、まったく出てこない。ここもちょっと物足りない気がする。

さらに書けば、のぶさんのこと。放送記者になったはずなのだが、その後、とんと登場しない。放送記者という視点は、アニメーションを描くにも、十勝の酪農を描くにも、非常にユニークな視点を提供することになると思うのだが、どうもそうはなっていないようだ。

などなど、いくつか不満めいた気分が残りはするが、しかし、このドラマもあと三週である。アニメーターとしてのなつのこれからの人生をどのように描くことになるのか、楽しみに見ることにしよう。

追記 2019-09-15
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月15日
『なつぞら』あれこれ「なつよ、この十勝をアニメに」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/15/9153565

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