『村上朝日堂の逆襲』村上春樹・安西水丸2019-09-20

2019-09-20 當山日出夫(とうやまひでお)

村上朝日道の逆襲

村上春樹.安西水丸.『村上朝日堂の逆襲』(新潮文庫).新潮社.1989 (2006.改版) (朝日新聞社.1986)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100136/

続きである。
やまもも書斎記 2019年9月18日
『人生のちょっとした煩い』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/18/9154935

やまもも書斎記 1019年9月16日
『村上朝日堂』村上春樹・安西水丸
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/16/9154069

この本も、村上春樹と安西水丸の共著である。「文」とも「絵」とも書いていない。とはいえ、読むとき、どうしても、文の方……村上春樹……を、中心に読んでしまうことになるのは、いたしかたのないことかもしれない。

この本も、村上春樹の文学を理解するうえで、かなり重要なことがらがいくつか目につく。

たとえば、村上春樹と政治の問題。村上春樹は、きわめて政治的な文学であるともいえると思うのだが、選挙に行くことはないとある。しかし、政治に無関心ということでもないようだ。このあたり、村上春樹文学の政治性ということを考えるうえで、重要になってくるにちがいない。

それから、批評について。村上春樹は、自分の書いた作品についての批評には関心がないとある。まあ、文学者、創作にたずさわる人間としては、はたからどのように見られているか、関心の外のことであると言ってしまえばそれまでだが、このような箇所も、村上春樹文学の理解のうえでは、意味のあることかもしれない。

さらに、交通ストのこととか、走ることとか、映画のこととか……読んでいて、なるほどと感じるところが多々ある。なるほどとは思うが、さて、これが村上春樹文学とどうかかわるのかとなると、見当がつかない。ただ、読んで楽しい文章もある。

この本に「スパゲッティ小説」ということばが出てくる。スパゲッティをゆでている間に読むのに適している本というほどの意味である。(内田樹の書いた、村上春樹についての文章のなかに「パスタ本」という言い方がしてあったと思うのだが、ここのことなのだろうか。)まさに、この『村上春樹道の逆襲』こそ、「スパゲッティ本」にふさわしいのかもしれない。どの文章も短い。後味の悪い読後感とかが残るような文章ではない。さっぱりとした読後感の文章ばかりである。

ともあれ、この作品が刊行になったのは、1986年(朝日新聞社)。冷戦終結の前である。村上春樹の文学が世界的に読まれるようになったのは、冷戦終結後のことと思っている。その目で読んでみて、初期の村上春樹、まだ、世界的に読まれるようになる前の村上春樹の、ものの考え方を理解するうえで、きわめて面白い作品になっていると思う。

さて、次は、翻訳にもどって、『その日の後刻に』(グレイス・ペイリー)である。

追記
この続きは、
やまもも書斎記 2019年9月21日
『最後の瞬間のすごく大きな変化』グレイス・ペイリー/村上春樹訳
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/09/21/9155949

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