NHK「イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦」2019-11-11

2019-11-11 當山日出夫(とうやまひでお)

NHKドキュメンタリー BS1スペシャル「イスラムに愛された日本人 知の巨人・井筒俊彦」
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/2443/1878344/?fbclid=IwAR3BBNIZ__Z2MStBk93bVv3ceUqHyv0TcNd_G2SvtRRruiP5jkaVD8NI3lI

私が慶應の文学部に入学したとき、すでに井筒俊彦は慶應を去った後だった。その謦咳に接することができたのは、イランの革命を経て日本に帰ってから、岩波ホールでの講演会の時のことになる。私が学生のときである。こんなにも魅力的な知性をもった人がいるのか、そのときの感慨はいまだに覚えている。

井筒俊彦はすでにいなかったが、しかし、池田彌三郎先生はいらっしゃった。学部の一年のとき、日吉の教養のとき、『百人一首』を読む講義があったので、それに出た。その後、国文科に進んで、大学院のときには、その慶應でのほとんど最後の時期の講義に出た。

池田彌三郎先生は、井筒俊彦と同期である。慶應の予科が同じ。大学で、始め経済学部に進んだのだが、途中から文学部に変わった。国文を選んだのが、池田彌三郎先生と加藤守夫先生。折口信夫のもとで学ぶことになる。英文に進んで、西脇順三郎のもとで学ぶことになったのが、井筒俊彦。

池田彌三郎先生が講義のなかで、時々、「井筒ってえやつは~~」と、昔話をふと口にされることがあった。

また、鈴木孝夫先生からも、間接的に、井筒俊彦の話があったように憶えている。鈴木先生の講義は、これも学部の一年のとき、たしか「言語」という講義だったろうか……この講義の内容は、後に岩波新書で刊行されることになるのだが……これには、欠かさず出た。ふとした余談で、井筒俊彦のことに言及されることがあったように記憶している。

このところ、夏の読書として、井筒俊彦の本を読むことにしている。岩波文庫で、『意識と本質』(これは以前から刊行されていた)に加えて、今年は、『意味の深みへ』、『コスモスとアンチコスモス』が刊行された。これらの本を、夏の間に読んだ。

ところで、NHKの番組である。録画しておいて翌日に見た。番組の案内役は、サヘル・ローズ。これは、まさに適任であったろう。イラン・イラク戦争によって孤児となり、おさない時に日本にやってくることになった。イスラムの世界、特にイランと、日本とのかけはしとして、いろんな番組で活躍している。イランは、慶應を去った井筒が研究の拠点とした国である。

番組のなかで、戦争中の井筒俊彦に触れた箇所があって興味深かった。戦争中のことについて、井筒俊彦はほとんど語ることがなかったようだ。これに対して、池田彌三郎先生は、折りにふれて戦争中の思い出話など、講義の余談などであったかと思う。また、著書でも書いてあると思う。

井筒俊彦自身は、自分の専門を「言語哲学」と称していたと思う。が、番組では、「東洋哲学」ということで語っていた。しかし、その「東洋哲学」の根底には、言語への深い造詣があってのことであるとも述べていた。

井筒俊彦のことを、ただの語学の天才としてしまうことには、私は同意できない。その語学的才能のうえにたって、めざしたものがなんであったのか、今再びかえりみることが重要になってきている。

井筒俊彦の本は、ほとんど持っているはずである。多くは、学生のとき、岩波書店から出たものである。その連載になった「思想」でも読んだ。その「全集」(慶應義塾大学出版会)、「著作集」(中央公論社)も、持っている。

日本語を母語としている私にとって、井筒俊彦の著作をその母語のことばで読めることは、このうえなく幸せなことだと思っている。

NHKの番組で、イランでは、今日において、井筒俊彦は高く評価されているとのことであった。ひょっとすると、日本においてよりも、イランにおいて評価されているのかもしれない。映画も作られたとのことであった。

日本とイランとは、国際社会のなかで、やはり特殊な関係にあるといっていいだろう。アメリカ中心の外交のなかで、日本が独自性を発揮できているのが、イランとの関係である。そのイランとの関係にかかわることとして、かつて、井筒俊彦が特にイランのイスラム哲学を日本に紹介した仕事は意味のあるものであるにちがいない。あるいはこうも言えようか……井筒俊彦という人の仕事を介して、イスラム世界に親近感をいだいている人間が少なからず存在する、と。すくなくとも、私ぐらいの年代の人間なら、若いときの読書として、井筒俊彦という存在、そして、その向こうにあるイスラムの世界、さらには、「東洋」という世界、それを感じとる経験をもっているのではないだろうか。

井筒俊彦をめぐって、思いつくままに書いてみた。生前、その謦咳に接したことはあるとはいっても、教室でならったことはない。「先生」という敬称はつけないでおいた。