『アンナ・カレーニナ』トルストイ/望月哲男(訳)(一)2019-12-27

2019-12-27 當山日出夫(とうやまひでお)

アンナ・カレーニナ(1)

トルストイ.望月哲男(訳).『アンナ・カレーニナ』(一)(光文社古典新訳文庫).光文社.2008
https://www.kotensinyaku.jp/books/book58/

『アンナ・カレーニナ』については、以前、新潮文庫版で読んだ。

やまもも書斎記 2017年1月7日
『アンナ・カレーニナ』トルストイ(新潮文庫)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/07/8307206

「古典」を読んで時間をつかいたくなってきている。そう思って、『アンナ・カレーニナ』の新しい訳を読んでみることにした。新潮文庫版で読んだのは、約三年ほど前のことになる。このときは、ほぼ一気に全巻を読んだ。今回は、じっくりと味読しながら読んでみようと思う。

以前に読んだ新潮文庫版は、木村浩の訳。文庫としては、1972年(昭和47年)の刊行である。半世紀ほど前の本になる。

まず、光文社古典新訳文庫版(望月哲男訳)の第一冊目である。これを訳している望月哲男のロシア語訳については、ドストエフスキーの『死の家の記録』を読んで、その分かりやすい訳文がいいと思ったことがある。また、光文社古典新訳文庫では、『戦争と平和』(トルストイ)を、望月哲男訳で刊行の予定らしい。

読んで、自分自身で気付くことは、この小説は一九世紀の小説だな、ということ。心理描写が客観的である。これは、去年のことになるが、『失われた時を求めて』(プルースト)を全巻読んだ、その読書経験を経た目で感じることである。

やまもも書斎記 2018年11月1日
『失われた時を求めて』岩波文庫(1)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/11/01/8986844

新しい訳の『アンナ・カレーニナ』であるが……今回、キティという女性の描写がきめ細やかなことに、こころがとまった。無論、この小説においては、その他の登場人物……たとえば、リョーヴィンなど……についても、細かな心理描写がある。それは分かって読むのだが、トルストイは、若い女性のこころのうちを描くのが実にうまいと感じる。

この小説は、一九世紀のロシアが舞台である。しかも、貴族、地主といった人びとが主な登場人物である。今の日本の市井の人びととは、その生活も意識も大きくことなる。だが、読んでいって、思わずにその登場人物のこころの動きに共感してしてしまう自分に気付くことがある。こういうのを、文学的な感銘というのであろう。

それにしても、貴族とはいっても、その生活は楽なものではなかったようだ。光文社古典新訳文庫版の解説を読むと、その当時のロシアの貴族の生活や経済状況について、丁寧に解説してある。これを先に読んだせいかもしれないが、読みながら、貴族の生活といっても大変だなあと、ふと思ってしまう。

また、鉄道のことがある。この『アンナ・カレーニナ』という作品の終わりの方で、鉄道が非常に大きな意味をもつことになる。以前に読んでそのことを知っているのだが、再度読んでみて、ヒロインのアンナ・カレーニナの小説での登場が、まさに鉄道によっていることを、再確認することになった。一九世紀という時代、鉄道というものが、人びとの生活のなかにはいってきて、その行動や価値観に大きな影響をあたえたことが理解される。

漱石の作品(新潮文庫版)を読み終えたので、順次、『アンナ・カレーニナ』(四冊)を読んでいくことにしたい。

追記 2019-12-28
この続きは、
やまもも書斎記 2019年12月8日
『アンナ・カレーニナ』トルストイ/望月哲男(訳)(二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/12/28/9194579