『アンナ・カレーニナ』トルストイ/望月哲男(訳)(二)2019-12-28

2019-12-28 當山日出夫(とうやまひでお)

アンナ・カレーニナ(2)

トルストイ.望月哲男(訳).『アンナ・カレーニナ』(二)(光文社古典新訳文庫).光文社.2008
https://www.kotensinyaku.jp/books/book59/

続きである。
やまもも書斎記 2019年12月27日
『アンナ・カレーニナ』トルストイ/望月哲男(訳)(一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/12/27/9194202

第二冊目には、第三部、第四部をおさめる。これを読んで思うことなど書くと、次の二点ぐらいだろうか。

第一には、特にリョーヴィンをめぐる描写。

その農村での農作業の様子が興味深い。農村といっても、無論、日本の農業とはちがう。ロシアのそれである。しかも、革命前の。そのようなことは分かって読むのだが、読んでいて、ふとその農業に従事する労働の充足感とでもいうべきものがつたわってくる。

解説によると、『アンナ・カレーニナ』のなかで、農村の部分はあまり人の興味をひかない部分であるとされているようだ。そのように読めば、そうかなと思う。そう深く、登場人物の心理描写、心理的な劇的なドラマがあるというのではない。

しかし、労働というものになにがしか充実した感覚を見出すとするならば、これは、古今東西を問わず普遍的に語ることのできものではないだろうか。もしそうであるとするならば、この『アンナ・カレーニナ』における、農作業の描写は、労働というものを描いた屈指の文学であるといえるかもしれない。

ただ、その当時のロシアの農村の社会的な歴史的な制度の問題については、不案内なので、今一つ理解のおよばないと感じるところがないではない。

第二には、離婚をめぐる煩悶。

カレーニンは、アンナと離婚するかどうか、悩むことになる。どうもこのあたりのことも、今の日本の婚姻制度、離婚・結婚のシステムと、その当時のロシアのそれとはちがっているので、今ひとつもどかしく思って読むことになる。このことに配慮して、この第二冊の解説では、ロシアにおける離婚の制度について、分かりやすく解説してある。この解説を読むと、なるほどと理解するところがある。

アンナをめぐる三角関係……カレーニンとヴロンスキー……この登場人物のこころのうちに、読みながら、ふとそのドラマチックな展開によみふけってしまう。どの人物に共感するということもないのではあるが、のっぴきならない関係にはいりこんでしまった登場人物たちの、心理のドラマは、まさに一九世紀の小説ならではの物語である。そして、おそらくは、その最高峰にあると言っていいのかもしれない。

以上の二点が、第二冊目を読んで思うことなどである。

この小説、以前にも読んでいる。だから、そのあらすじは知っているのだが、読みなおしてみて、思わずにその物語のなかにはいりこんでしまうことに気付く。小説というかたちで人間を描くという意味において、この作品は、いまなお人をひきつける魅力に満ちている。

ふと気になったこととしてであるが……キティを思うリョーヴィンが、信仰が無いと書いてある。さて、トルストイの文学において宗教というのは重要な意味を持っていると思うのだが、ここで無信仰としてあることの意味は、どういうことなのであろうか。このあたり留意しながら、三冊目以降を読むことにしよう。

追記 2020-01-04
この続きは、
やまもも書斎記 2020年1月4日
『アンナ・カレーニナ』トルストイ/望月哲男(訳)(三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/01/04/9197937

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