新潮日本古典集成『源氏物語』(六)2019-12-30

2019-12-30 當山日出夫(とうやまひでお)

源氏物語(6)

石田穣二・清水好子(校注).『源氏物語』(六)新潮日本古典集成(新装版).新潮社.2014
https://www.shinchosha.co.jp/book/620823/

続きである。
やまもも書斎記 2019年12月23日
新潮日本古典集成『源氏物語』(五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/12/23/9192818

この本を以前に読んだときのものは、
やまもも書斎記 2019年2月28日
『源氏物語』(六)新潮日本古典集成
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/02/28/9041643

新潮版の第六冊目には「夕霧」から「椎本」までをおさめる。つまり、光源氏の栄華が頂点に達し、同時に、女三の宮の柏木との不義の件があってからのちのこと、紫の上の死から、光源氏の死(ただ、これは暗示されるだけであるが)、そしてその後の人びとのことなど。これが終わって、次に「橋姫」の巻から「宇治十帖」にはいることになる。

ここまで読んで来て感じることは、やはり『源氏物語』の成立論である。次のように思って見る……それは、「宇治十帖」は本編の光源氏の物語が終わってからすぐに書かれた。しかし、その時、いったん、光源氏の物語は終了する必要があった。そのために、「匂兵部卿」「紅梅」「竹河」の巻が書かれた。これらの巻は、光源氏なきあとの後日譚であるが、いかにも、強引に話を終了にもっていったとおぼしい。自然に、光源氏の物語を終わりにするならば、もっと別の書き方があって、余韻を残すこともできたであろう。

では、いつごろ「宇治十帖」が構想されたのか、それは、おそらく「若菜 上・下」を書いているあたりであったのかもしれない。光源氏の栄華の頂点であると同時に、女三宮の降嫁、そして、柏木との不倫。その結果生まれることになる薫。この薫の幼いときの様子が、いかにも印象的である。この薫が成長してどのような人間になるのか、薫を主人公とした物語を書いてみたい、そう思ったのではないだろうか。

たぶん、こんなことは『源氏物語』研究の世界では、とっくに言われていることだろうと思う。私も、今更、『源氏物語』の成立論にかかわるような論文を書いてみたいとも思っていない。

だが、今日において、一人の読者の立場で、『源氏物語』を最初から読んできてみて、上述のような思いをどうしても持ってしまうのである。

そして、「宇治十帖」の作者は、おそらく紫式部だろう。その叙述のなかにみられる、風景描写の見事さ。視覚と聴覚にわたって、あたり全体を俯瞰しながら、場面の転換をはかる……このような筆致は、本編ほどのあざやかさはないとはいえ、「宇治十帖」にも見て取れる。視覚と聴覚にわたり全体を俯瞰しながら、話題の焦点にポイントをもっていく、これは、『紫式部日記』の冒頭に見られる見事な文章に通じるものがある。

さて、次は、残る二冊である。このまま読んでしまうことにする。

追記 2020-01-06
この続きは、
やまもも書斎記 2020年1月6日
新潮日本古典集成『源氏物語』(七)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/01/06/9198739