『きのね 上』宮尾登美子2020-01-23

2020-01-23 當山日出夫(とうやまひでお)

きのね(上)

宮尾登美子.『きのね 上』(新潮文庫).新潮社.1999(朝日新聞社.1990)
https://www.shinchosha.co.jp/book/129310/

私の今の生活では、歌舞伎というものを劇場で見ることがない。そもそも、外出を基本的にしない。映画もほとんどみない。この意味で、この小説の舞台としている、歌舞伎の家……梨園ともいうべきか……のことについては、ほとんど予備知識がない。かろうじて、この小説が、市川團十郎をモデルにしていることぐらいしか、理解がおよばない。

しかし、小説として読んで実に面白い。宮尾登美子の小説世界のなかにどっぷりとひたりこんでしまうような印象がある。

宮尾登美子は女性を主人公とした小説を多く書いている。だが、その主人公は、決して幸福な生活を送っているというわけではない。苦労の多い、あるいは、虐げられたといってもよいような境遇のなかで、自分の生きる場所を探している。

そして、より興味深いことは、このような不幸な境遇にある女性を描いていて、かならずしも、善良そのものには書いていないことである。登場人物のこころの奥底のひだにわけいっていくのだが、そこにはなにかしら薄黒い影のようなものがある。あるいはあえていえば、邪悪な何か、とでもいっていいだろうか。

それは、場合によっては嫉妬とでもいうべき感情かもしれない。また、自分のおかれた境遇に対する恨みつらみの感情かもしれない。

一方で、このようなこころの影のようなものを含みながら、同時に、自分の生活に充足し、希望を感じさせるところもある。このところの、心理描写の奥行きと幅が、宮尾登美子の作品の魅力になっていることはたしかだろう。

ふと思って、『櫂』から宮尾登美子の作品を読みなおしてきているのだが、すでに読んだ作品を再度読みなおしてみたくなっている。『序の舞』とか『一絃の琴』とか、若いときに、本が出たときに読んだものである。自分がこの年齢になってから読みなおすとどう感じるだろうか。

ともあれ、つづけて、文庫本の下巻を読むことにしよう。

2019年12月28日記

追記 2020-01-24
この続きは、
やまもも書斎記 2020年1月24日
『きのね 下』宮尾登美子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/01/24/9205709