『伽羅の香』宮尾登美子2020-02-08

2020-02-08 當山日出夫(とうやまひでお)

伽羅の香

宮尾登美子.『伽羅の香』(中公文庫).中央公論新社.1984(1996.改版)
http://www.chuko.co.jp/bunko/1996/07/202641.html

続きである。
やまもも書斎記 2020年2月7日
『一絃の琴』宮尾登美子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/02/07/9211091

この作品は再読だと思う。が、以前に読んだときのことは、もうすっかり忘れてしまっている。新たな気持ちで最初から読んだ。

読み始めてしばらくはちょっと退屈である。三重の山奥、炭焼きをいとなむ素封家の家に生まれた葵。その成長のものがたりがしばらくつづく。葵は、ふとしたことから香道にひきよせられる。その香道のことも興味深いのであるが、小説が面白くなるのは、半分ほど読んだあたりからだろうか。

子どもの死、それに夫の死、さらに、その後の判明する夫の不倫……華麗な香道の世界に君臨するかの主人公、葵、その心のうちは、黒いほむらでもえさかる。葵は一途である……他の宮尾登美子の作品のヒロインと同様に……しかし、その一途な心には、かならず影の部分がある。その影の部分を、この作品は丁寧におっていく。

また、この小説でも描かれているのが、「老、病、死」といった、人間として生きていく限り避けられないことなど。ひょっとして、現代の小説において、人間の「老、病、死」について、宮尾登美子ほど、細やかな筆づかいで語っている小説家はないのかもしれない。

宮尾登美子の作品の魅力は、ヒロインの頑張りでもある。だが、その頑張りによりそう心の影の部分に、読んで、より心をひかれる。そこには、人間というものを描く普遍性がある。

若いときに読んだ宮尾登美子の作品は、そのヒロインの頑張りに魅力を感じたものである。しかし、この年になってから再読していくと、人間としての影の部分、あるいは、強いて言うならば、心のうちにある邪悪なもの……それを冷静に見つめる落ち着いた文章のはこびに、魅力を感じるようになってきている。

ここしばらくは、宮尾登美子の作品を読んでいきたいと思う。

2020年1月13日記