『序の舞 上』宮尾登美子2020-02-13

2020-02-13 當山日出夫(とうやまひでお)

序の舞(上)

宮尾登美子.『序の舞』(上).朝日新聞社.1982

続きである。
やまもも書斎記 2020年2月8日
『伽羅の香』宮尾登美子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/02/08/9211435

単行本は、今では売っていない。が、中公文庫で出ている。しかし、中公文庫版は、一冊におさめるためもあってか、字がちいさい。ちょっと読むのがつらい。古本で、朝新聞社刊の単行本を買って読んだ。

この作品は再読になる。たしか、朝日新聞の連載小説であった。連載のとき、ときどき読んでいた。その後、まとまって刊行になったときに買って読んだ。

この小説は、上村松園がモデルである。

高校生のときだったか、もう大学生になっていたか、京都の岡崎の京都市立美術館に行って上村松園を見たことがある。そのときは、特に、この展覧会をめざして行ったということではなかった。何か別のことで、でかけていってふと京都市立美術館の展覧会を見ておくか、という程度の気持ちではいった。そのとき、まだ、日本画家としての上村松園の名前を知らなかった。展覧会を見て、はじめてこのような画家がいたことを知った。

憶えているのは、『焔』『花がたみ』……上村松園の代表作といっていいだろう……この二つの絵が、ならべてかかったいたことである。この二つの絵を前にして、しばらくながめていたのを記憶している。展覧会は、きわめて人が少なかった。

上村松園の日本画家として名前が、社会的にひろく知られるようになったのは、やはりこの作品『序の舞』の影響だろう。この小説が出てから、どこかで開催された上村松園展に行ったことがあるが、満員の盛況であった。

宮尾登美子の小説は、一途に努力する女性の姿を描いたものが多い。『蔵』における烈、『一弦の琴』における、苗と蘭子。この『序の舞』でも、主人公の津也がそうである。その画家としての生涯を追っている。まだ時代は明治である。女性画家というのが、希少な存在であった時代。男性画家のなかで、生き抜き、画家として大成するまでを描いている。

だが、この小説は、上村松園の伝記小説ではない。この小説の底流にながれているものは、人間としての喜怒哀楽、人生のさまざまな場面における情感、といったものである。むしろ市井の普通の人びとの感情といっていいだろう。

津也は絵にうちこむのだが、純粋に画業に専念するというだけではない。男性との関係もあり、また、子どもを身ごもることにもなる。このあたりのことを描いた、上巻では「蛍の宿」の章が圧巻である。

心の影をも描いているところが、宮尾登美子の小説の良さである。たとえば、

「このとき津也の心のなかに、師の病を小気味よく思う気持ちが全くなかったといえばそれは真実とはいい難いが、」(p.304)

このように、ふとした心理の影のようなものを、丁寧にすくいとっていく。このきめ細やかな心理描写のはこびが、宮尾登美子の小説の魅力であると、私は強く感じる。

また、津也の生き方について、

「のちに津也は世間から、/「権力のある男に自ら近寄り、体で地位をかち取って行った」/というごうごうたる批難をあびることになるが、」(p.335)

など、マイナスの視点からの記述も、あえて加えている。

このように丁寧な心理描写と、その生涯の陰影をもふかくつつみこんで語られるところに、この小説の面白さがあるといっていいだろう。

続けて下巻を読むことにしたい。

2020年1月6日記

追記 2020-02-14
この続きは、
やまもも書斎記 2020年2月14日
『序の舞 下』宮尾登美子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/02/14/9213622