『源氏物語』岩波文庫(三)2020-04-06

2020-04-06 當山日出夫(とうやまひでお)

源氏物語(3)

柳井滋(他)(校注).『源氏物語(三)』(岩波文庫).岩波書店.2018
https://www.iwanami.co.jp/book/b352592.html

続きである。
やまもも書斎記 2020年3月30日
『源氏物語』岩波文庫(二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/03/30/9229589

岩波文庫の第三冊には、「澪標」から「少女」までをおさめる。この冊を読んで思うことなど書いてみる。次の二点を書いておく。

第一には、末摘花である。「蓬生」の巻のメインの女性になる。これを読んで感じることは、これは「六の宮の姫君」の話しだな、ということ。『今昔物語集』に典拠があり、芥川龍之介が小説に書いている。六の宮の姫君は、零落して最後は悲惨な末路になる。だが、末摘花は、これは相手の男性が、たまたま光源氏だったから、その寵愛がとだえることなく、暮らしていける。

おそらく、このような話し……六の宮の姫君……は、平安朝にあって広く流布していた話しであったのだろう。それを下敷きにして、世に多く伝えられている話とちがって、この『源氏物語』の光源氏の場合には、ということで、『源氏物語』の世界が構築されたと思う。

第二には、「少女」の巻である。これまで、『源氏物語』を読んできた経験のなかで、一番難解に感じてきたのが、「少女」の巻である。この他には、「帚木」の雨夜の品定めの箇所がある。

「少女」の巻での主要な登場人物は、頭中将であり、夕霧であり、雲居雁などである。これらの登場人物の心のうちを、ああでもない、こうでもないと、行ったり来たりしながら、特に事件らしい事件がおこるともなく、延々と心中思惟の描写がつづく。これは、一通りの古文の読解力だけでは、どうにもなるものではないと感じるところがある。

今回は、覚悟をきめて、とにかく、文庫本の注を丹念に読みながら、本文をたどってみた。その結果、なんとか、この物語の筋についていけたような気がする。これは、また折りをみて、再々度、読みなおしてみたいとことでもある。

以上の二点が、岩波文庫の第三冊を読んで感じたところなどである。

それにしても、この新しい岩波文庫の校注は、かなり斬新な考え方を打ち出していると感じるところがある。無論、旧来の注釈を十分にふまえてはいるが、それに加えて、最新の校注者の知見をもりこんである。

それから、この第三冊には、「絵合」の巻がある。ここで、「草(そう)」が出てくる。仮名の成立、草仮名との関係で有名なところである。この他にも、「少女」の巻にも「草がち」とある。p.504。やはり、仮名(平仮名)と草(草仮名)とは、異なる表記のシステムであったろうことが推測される。ただ、これも、『源氏物語』の時代設定が、その書かれた時期(おそらくは一一世紀の初頭ごろ)から、さらにさかのぼった時期に設定されているということを考え合わせて、古風な文字のあり方として、このように書かれているとも理解される。

2020年2月6日記

追記 2020-04-13
この続きは、
やまもも書斎記 2020年4月13日
『源氏物語』岩波文庫(四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/04/13/9234836

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