『風と共に去りぬ』(二)マーガレット・ミッチェル/岩波文庫2020-06-12

2020-06-12 當山日出夫(とうやまひでお)

風と共に去りぬ(2)

マーガレット・ミッチェル.荒このみ(訳).『風と共に去りぬ』(二)(岩波文庫).岩波書店.2015
https://www.iwanami.co.jp/book/b247594.html

続きである。
やまもも書斎記 2020年6月8日
『風と共に去りぬ』(一)マーガレット・ミッチェル/岩波文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/06/08/9255325

岩波文庫の『風と共に去りぬ』の特徴としては、各巻の解説にあるといってもいいだろう。第一冊の解説は、スカーレットがアイルランド系であることについて詳しく説明してあった。第二冊目の解説は、アメリカにおける黒人の歴史が、端的にしるしてある。

そして、重要なことは、『風と共に去りぬ』においては、混血の黒人……ムラトー……が登場しないことが指摘してある。その代表が、乳母のマミーである。

白人との混血、だが、黒人の血をうけついでいるために、黒人としかあつかわれない、そのような黒人が、多くいた。しかし、『風と共に去りぬ』には、登場しない。また、さらには、この作品に出てくる黒人、それは確かに奴隷という身分なのであるが、その境遇において幸福に暮らしているかのごとく描いてある。これは、小説における虚構なのである。

それから、南北戦争を描いているのだが、南軍の兵士は、戦争に行くのに奴隷をともなって行ったというのも、このあたりの感覚、今の日本ではイメージしにくいところかもしれない。

このようなことを思って読みはするのだが、しかし、『風と共に去りぬ』を読んで感じるのは、失われてしまった、古き良き時代への郷愁とでもいうべきものである。喪失感といってもいいかもしれない。

以前に、谷崎潤一郎の『細雪』を読んだとき、角川文庫の解説を内田樹が書いていて、そこで、喪失感の普遍性ということに言及していたことを思い出す。今日の日本で『風と友に去りぬ』を読んで、その時代的背景に共感するということはない。奴隷制度を肯定的にとらえているスカーレットに共感するということは、基本的にはない。しかし、読んでいくと、その人物像の魅力にとらえられ、また、小説に通底する、ある時代への喪失感というものに共感していくことになる。

『風と共に去りぬ』が、二十一世紀の今日においても読まれ続けている作品であるのには、いろんな理由があるだろう。とにかく、スカーレットという女性の魅力がある。また、ドラマチックな物語の展開もある。ただ、それだけではないところがあるとするならば、もはや失ってしまったものへの喪失感……があるといえるかもしれない。

喪失感は、過去を美化する働きがある。この意味において、この小説において、黒人がどのように描かれているかは、今日の視点から批判的に読まれるべきかもしれない。そのことを分かったうえで、この小説の物語の世界にひたっていくことになる。

2020年5月25日記

追記 2020-06-18
この続きは、
やまもも書斎記 2020年6月18日
『風と共に去りぬ』(三)マーガレット・ミッチェル/岩波文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/06/18/9258769