『おちょやん』あれこれ「うちのやりたいことて、なんやろ」2020-12-20

2020-12-20 當山日出夫(とうやまひでお)

『おちょやん』第3週「うちのやりたいことて、なんやろ」
https://www.nhk.or.jp/ochoyan/story/03/

前回は、
やまもも書斎記 2020年12月13日
『おちょやん』あれこれ「道頓堀、ええとこや~」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/12/13/9326248

この週から千代がおおきくなった。一八才である。

見どころのは次の二点ほどだろうか。

第一には、成長した千代。

岡安でお茶子として働く千代の成長がえがかれていた。小さいときに奉公にきてから八年がたっている。その間に、芝居茶屋のお茶子の仕事をすっかり覚えたようだ。岡安が、組見をひきうけたときでも、率先して、仕事にはげんでいる。

第二は、ご寮人さんのシズのこと。

俳優の延四郎と再会することになったご寮人さん(シズ)は、昔を思い出す。また、延四郎の方でも、シズのことを忘れていなかった。組見の日、二人は会うことになる。このあたり、芝居茶屋の女将として生きる人生を選んだシズ、役者の道をあゆむことになった延四郎、この二人の感情の交錯を情感を込めてえがいてあった。

特に、金曜日の終わりのところで、「カチューシャの唄」が流れていたが、これが実に哀感がこもっていて、よかった。

以上の二点がこの週の見どころであったかと思う。

このドラマは、細部にわたってよくつくってあると感じる。道頓堀の劇場のシーンとか、芝居茶屋の場面とか、細かなところにまで目配りが行き届いていると感じるところがある。

また、延四郎は言っていた……演劇、歌舞伎の世界では、その名門に生まれたような役者しか出世はできない、自分は頑張ったがもうやめにすると……その延四郎は、結局、シズと分かれてまもなくして、この世を去ることになる。

芝居茶屋という存在もいずれ消えてなくなるのかもしれない。そんななかにあって、お茶子として岡安につとめる洗濯をした千代は、これからどんな人生を歩むことになるのであろうか。

最後になって、千代の父親が登場してきていたが、はたして次週以降どのような展開になるのであろうか。楽しみに見ることにしよう。

2020年12月19日記

追記 2020-12-27
この続きは、
やまもも書斎記 2020年12月27日
『おちょやん』あれこれ「どこにも行きとうない」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2020/12/27/9330862