『海』小川洋子2021-03-18

2021-03-18 當山日出夫(とうやまひでお)

海

小川洋子.『海』(新潮文庫).新潮社.2009(新潮社.2006)
https://www.shinchosha.co.jp/book/121524/

続きである。
やまもも書斎記 2021年3月13日
『ミーナの行進』小川洋子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/03/13/9356547

短篇集である。収録してあるのは、次の作品。


風薫るウィーンの旅六日間
バタフライ和文タイプ事務所
銀色のかぎ針
箱入りドロップ
ひよこトラック
ガイド

ごく短い作品もふくむのだが、どの作品も読んで印象深い。そして面白い。小説を読む面白さというものを堪能させてくれる、珠玉の短篇集になっている。

そのなかで特に印象にのこるのは、「バタフライ和文タイプ事務所」、それから「ガイド」であろうか。

「バタフライ……」は、和文タイプが登場する。こんなもの、この小説の書かれた時代には、もう過去のものだろうと思う。この意味では、実際の和文タイプというものを知っている世代でないと、面白さが伝わらないのかもしれない。だが、そうはいっても、文字、活字というもののもつ、一種のフェティシズムとで言おうか、活字というモノから喚起されるイメージを、実に見事に文学的にとらえている。

「ガイド」も面白い。母親と少年、それから、不思議な老人の話であるが、読んでいって思わずに、その話の中にひきこまれるところがある。そして、読み終わって、いい話しだな……という印象が残る。

この作品集のなかでは、冒頭におかれている「海」もいい。鳴鱗琴という不思議な楽器が登場する。この作品集は、なにかあるモノに対する思い入れのようなものが、核になっている作品がいくつかある。あるモノをめぐる物語でもある。これが、小川洋子の文学世界なのかな、と思って読んでいる。

2021年3月9日記

追記 2021-03-19
この続きは、
やまもも書斎記 2021年3月19日
『妊娠カレンダー』小川洋子
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/03/19/9358420