『原野の館』ダフネ・デュ・モーリア/務台夏子(訳)2021-03-29

2021-03-29 當山日出夫(とうやまひでお)

原野の館

ダフネ・デュ・モーリア.務台夏子(訳).『原野の館』(創元推理文庫).東京創元社.2021
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488206062

創元推理文庫の新刊、厳密には新訳ということで読んでみることにした。ダフネ・デュ・モーリアの作品は、『レベッカ』が有名かもしれない。他には、『レイチェル』がある。それから、『鳥』の作者でもある。『鳥』は、映画の方が有名だろうか。

主人公はメアリー。母が亡くなって孤独の身となって、叔母のもとにゆくことになる。それは、荒野のなかに立つ、ジャマイカ館という家だった。そこには、叔母の夫もともにいるのだが、何かしら怪しげである。謎につつまれた館の正体は、どうやら密貿易らしい。そして、悲劇が起こる。限られた登場人物でありながら、これから先いったいどうなることだろうと読みふけってしまった。

この作品は、舞台背景がいい。日本語訳のタイトルは、「原野の館」であるが、「原野」には「ムーア」とルビがふってある。英国の、荒涼たる原野のひろがる地域で、この作品は展開する。

サスペンスに満ちた作品であると同時に、ある種のフーダニットにもなっている。まあ、登場人物がきわめて限定的だから、事件の背後にある真相としては、あの人物なのかなとおぼろげには推測しながら読むことにはなる。しかし、そうはいっても、そこにいたる道筋は、実にたくみである。特に、「真犯人」が正体をあらわすところなどは、本から目がはなせなくなる。

それから感じることは、この作品などに見られる、英国のミステリの文学的芳醇さである。これは、なかなか日本の作品には求めがたいものがある。たぶん、ミステリという文学のなりたつ社会的、歴史的、文化的な背景の違いによるものなのだろう。ともあれ、この作品、新訳ということで再度世に出た作品であるが、間違いなく傑作といっていい作品である。

2021年3月28日記