『青天を衝け』あれこれ「栄一、志士になる」2021-04-20

2021-04-20 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第10回「栄一、志士になる」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/10/

前回は、
やまもも書斎記 2021年4月13日
『青天を衝け』あれこれ「栄一と桜田門外の変」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/13/9366728

この回は、ほとんど栄一のことであった。慶喜のことはあまり出てきていない。

栄一は、草莽の志士になると決意する。草莽ということばは、以前の大河ドラマでは、たしか『花燃ゆ』で使われていたと記憶する。

やはり気になるのは、幕末から明治維新をどのような視点から描くかということである。このドラマは、渋沢栄一、それから、(この回は登場がほとんどなかったが)慶喜の立場から見て描くということになる。

栄一は農民である。ただ、農民といっても名字もあり、豪農といっていいのだろう。だが、武士ではない。武士ではない立場からして、幕末の時勢はどのようにうつっていたのか。直接的には、経済的影響ということになる。だが、栄一は、時代の流れを見ようとしている。そして江戸に出る。尊皇攘夷の志士、草莽の志士となることを決意する。

渋沢栄一が尊皇攘夷の志士であったという経歴は、史実に基づいていることなので、これはそのとおりなのだろうと思う。そう思って見てはいるのだが……幕末から明治維新を、ある意味では、このドラマは、よりダイナミックに描こうとしているかと思う。

時代を動かすのは、武士なのか。百姓のままでは時代を動かすことはできないのか。ともかく、栄一は、武士という道を目指すことになるようだ。(その後、一橋家に仕えるということになるはずだが。)

このドラマの真骨頂は、おそらくは、一橋家に勤めるところから、パリ万博を経て、明治政府に入り、そして、最終的には、民間の経済人として生きていく、この流れのなかで、日本の近代の黎明を大きく描くことにあるのかと思う。その後の歴史の流れは分かっているとしても、今はまだ一介の尊皇攘夷の志士のはしくれにすぎない。

和宮の江戸行きのことについては、島崎藤村の『夜明け前』に詳しく書かれている。中山道をとおって江戸にむかった。

それから、この回を見て印象に残っているのが、栄一の妻の千代。この千代の目から見て、これからの栄一の人生は、どのように見えるのだろうか。

次週、いよいよ尊皇攘夷の決行ということになるようだ。楽しみに見ることにしよう。

2021年4月19日記

追記 2021-04-27
この続きは、
やまもも書斎記 2021年4月27日
『青天を衝け』あれこれ「横濱焼き討ち計画」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/04/27/9371309

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