『明治波濤歌』(下)山田風太郎2021-05-13

2021-05-13 當山日出夫(とうやまひでお)

明治波濤歌(下)

山田風太郎.『明治波濤歌』(下)(ちくま文庫 山田風太郎明治小説全集10).筑摩書房.1997(新潮社.1981)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480033505/

続きである。
やまもも書斎記 2021年5月6日
『明治波濤歌』(上)山田風太郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/06/9374540

文庫本の上巻につづけて読んだ。若いときに新潮社版を読んだ記憶がある。再読になるのだが、もう昔のことである。さっぱり忘れてしまっている。

収録してあるのは、

巴里に雪のふるごとく
築地精養軒
横浜オッペケペ

どれも面白い。

「築地精養軒」に出てくるのは、エリスというドイツからやってきた女性。無論、「舞姫」である。が、この作品には、森林太郎は表だって登場してはいない。このエリスという女性をめぐっては、近代文学研究の方面からもいろいろアプローチのあるところだとは思うが、実際はどうだったかということは抜きにして、読んで面白い。精養軒を舞台にしての、ミステリになっている。

「横浜オッペケペ」は、タイトルから分かるとおり、川上音二郎と貞奴の話し。それに、野口英世がからんでくる。この作品、時代設定としては、他の山田風太郎の作品よりも、やや遅い時期にしてある。明治も後半というときである。山田風太郎は、明治の初めごろの、動乱の時代を主に描いている。が、この作品で描きたかったのは、川上音二郎と野口英世の、破天荒な生き方であったかと思う。野口英世は、医学の偉人というイメージもあるが、その実、借金踏み倒しと、あまりに自信過剰な生き方がとてつもない。まあ、だからこそ、偉人伝に名を残すような仕事をしたということもあるのであろうが。

川上音二郎も、野口英世も、やはり明治という時代とともにあった人物であると思える。この時代だからこそ、こんなメチャクチャな生き方もできたのだろう。

一般的にいうならば、彼らは明治の偉人の一人なのかもしれないが、しかし、社会の正統的な場面で生きて成功したということではない。その影の部分を多くひきずっている。この作品中に出てくる、夢之助という落語家の若者。その正体は……近代文学史にある程度知識があれば、途中でその正体は分かるのだが、彼もまた、日本の近代の影を生きた人物である。

山田風太郎の明治小説を読んで感じるのは、人間は時代とともにある、ということにつきるのかもしれない。その時代のなかにあって、突出して生きる人間もいるだろうが、時代の波のなかで影に生きることになる人間もいる。むしろ、日の当たらないところにいた、時代の流れのなかで不器用にしか生きられなかった人物に、まなざしをむけている。

2021年5月5日記

追記 2021-05-20
この続きは、
やまもも書斎記 2021年5月20日
『ラスプーチンが来た』山田風太郎
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/05/20/9379362