『人質の朗読会』小川洋子2021-09-04

2021-09-04 當山日出夫(とうやまひでお)

人質の朗読会

小川洋子.『人質の朗読会』(中公文庫).中央公論新社.2014(中央公論新社.2011)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2014/02/205912.html

続きである。
やまもも書斎記 2021年8月31日
『余白の愛』小川洋子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/08/31/9417426

小川洋子の文学の特質が十分に現れている作品だと感じる。

思うことを書けば、次の二点になるだろうか。

第一には、ささやき、といっていいだろうか。小川洋子の作品は、大声で何かを高らかに叫ぶという雰囲気のものではない。そうではなく、ひそやかな小声のささやきに、ひっそりと耳を傾ける、そんな雰囲気がある。

第二には、ユーモアである。短篇集であるが、読んでいて思わず微笑んでしまうようなところがいくつかある。小川洋子というのは、現代において、そこはかとないユーモアのある作品の描ける作家だと思う。

以上の二点のようなことを思って見る。

そして、思うことは、小川洋子は、小説という形式で物語ること……あえて極言すれば、嘘をついて人を楽しませること……このことを、楽しんで小説を書いているのではないだろうか。これが、昔の価値観でいうならば、狂言綺語ということになるのだろうが。

短篇集であるが、その設定が興味深い。どこか世界の辺鄙なところを旅していた日本人旅行客たち。それが、反政府勢力のテロリストに襲われて、人質となる。人質となった人びとが、順番に、自分の過去の印象深い思い出を語っていくという、大きな枠組みが用意されている。一見すると、非常に悲惨な状況なのだが、そのような雰囲気は微塵もない。むしろ逆に、どこかのサロンで思い出話をしているような印象さえある。

このような状況設定で小説を書く、この企みの面白さが群をぬいている。冒頭に、人質という状況説明があるのだが、その設定で読むからこそ、各作品の面白さがきわだってくるといえるだろうか。いや、読み方によっては、この上なく残酷な小説であるといってもよいかもしれない。

特に印象に残る小川洋子の一冊といっていいだろう。

2021年5月31日記

追記 2021年9月13日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年9月13日
『刺繍する少女』小川洋子
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/13/9422715