プロジェクトX「ワープロ 運命の最終テスト」2021-09-10

2021-09-10 當山日出夫(とうやまひでお)

プロジェクトX ワープロ 運命の最終テスト

前回は、
やまもも書斎記 2021年9月3日
プロジェクトX「男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/03/9418782

この文章自体、ワープロで書いているといっていいだろう。日本語入力は、ATOKをつかっている。ただ、ワープロ(Wordなど)ではなく、エディタで書いている。使っているのは、Mery。(軽くて、日本語のちょっとした文章を書くのには重宝する。無料のエディタである。)

この番組は、二〇〇二年の放送。まだ、世の中に、ワープロ専用機というものがあった時代である。パソコン用のOSとしては、Windows98あたりが使われていたころになるだろうか。これも、Windowsのパソコンの普及とともに、ワープロ専用機が退場していくことになる。(今ではすっかり姿を消した。)

放送は、日本で最初のワープロとして商品化された、JW-10の開発の話し。

いろいろといいたいことはある。例えば、日本語を書くのに四八の仮名と五万字の漢字が必要というのは、問題がある。通常の日本語文を書くのに五万もの漢字は不必要であるといえるし、一方、仮名はただ四八あればいいというものではない。

だが、番組としては、これはこれでよくできていたと思う。今や、日本語とコンピュータをめぐっては、自然言語処理の問題として、さらには、AIをつかった言語情報処理の問題として、最先端の研究領域になっている。もはや、コンピュータのことを考えずに、言語のことを考えることはできない時代になっているといってよい。

コンピュータと言語をめぐる研究史はさまざまに記述することが可能であろうが、そのなかにあって、東芝のJW-10の開発の話しは、やはり、一つの時代を画するものであったといっていいのだろう。だが、その東芝をはじめとして、今では、もう「ワープロ」(ワープロ専用機)というものが姿を消してしまっている。

これは、日本語とコンピュータの歴史として考えることは無論であるが、その一方で、普通の人びとの生活誌として考えることも重要である。今では、スマホについても、日本語入力ということをぬきにしては、考えられない。また、ワープロの登場とそれ以前、また、文書データをデジタルで残せるようになって、どう社会が変わってきたのか。さまざまに考えるべき論点があるかと思う。

日本語学としては、言語生活史……今ではこのような概念自体がふるめかしいものになってしまっているが……における、デジタル機器の利用と影響、こんな視点から調査し論じることになるのかと思う。

2021年9月8日記

追記 2021年9月17日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年9月17日
プロジェクトX「薬師寺 幻の金堂・ゼロからの挑戦」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/17/9424232

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