『戦争と平和』(二)トルストイ/望月哲男(訳)光文社古典新訳文庫2021-11-27

2021-11-27 當山日出夫(とうやまひでお)

戦争と平和(2)

トルストイ.望月哲男(訳).『戦争と平和』(二)(光文社古典新訳文庫).光文社.2020
https://www.kotensinyaku.jp/books/book324/

続きである。
やまもも書斎記 2021年11月20日
『戦争と平和』(一)トルストイ/望月哲男(訳)光文社古典新訳文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/11/20/9441633

『戦争と平和』の光文社古典新訳文庫の二冊目である。

『戦争と平和』を読むのは、何度目かになる。これまで何回か読んできているのだが、今回ほど、この小説の面白さを実感したことはない。登場人物が、それぞれに生き生きと躍動している感じである。そして、それぞれの登場人物の背景にある、大きな歴史の流れというものがある。なるほど、この作品が、世界文学のなかの名作として、読み継がれてきているのはもっともなことであると、ようやく理解が及んだということになるであろうか。

だが、やはり、一九世紀の初めごろのロシアであり、ヨーロッパである。二一世紀の日本からは、なかなか分かりにくいところがいくつかある。その分かりにくさというものが、ロシアの貴族社会と軍隊ということになるだろうか。

われわれが知っている軍隊というのは、おそらくは二〇世紀になってからの、国民国家とその軍隊になる。第一世界大戦を戦った軍隊である。その軍隊の基本的性質、国民と国家との関係は、基本的に今日にいたるまで受け継がれているといっていいのかもしれない。(ただ、このあたりのイメージは、「映像の世紀」を見ての印象が強いということはあるかもしれないが。)

軍隊の組織とは、別に貴族の人びとのなかでの人脈というものが歴然としてあるようだ。ここのところが分かりにくい。近代的な軍隊は、世俗的な身分秩序の外に確固たるものとして存在する、そのようなイメージをもっていると、この『戦争と平和』における軍隊というのが、どうも奇妙な存在に見える。おそらくは、貴族社会における中世的な軍隊から、近代的な国民国家への軍隊へと変化していく途中の形態といっていいのかもしれない。

それから、名前は知っているがよく分からないのが、フリーメイソン。ピエールは、フリーメイソンのメンバーとなる。このあたりの描写は、『戦争と平和』のなかでも、特に印象的な場面の一つである。

だが、このフリーメイソンというのが、今日のわれわれの普通の感覚からは、今一つよくわからないものでもある。(文庫本の解説には、このあたりのことが書いてあるのだが、読んでもはっきりいって、どうもぴんとこないところがどうしてもある。)

また、この冊のなかで出てくる戦場のシーン。アンドレイが、空を見上げる場面。ここも印象的なところである。日本的な感覚でとらえるならば、一種の無常感とでもいうものを感じてしまうことになる。

2021年10月11日記

追記 2021年12月4日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年12月4日
『戦争と平和』(三)トルストイ/望月哲男(訳)光文社古典新訳文庫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/12/04/9445298

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