『春琴抄』谷崎潤一郎/新潮文庫2022-01-24

2022年1月24日 當山日出夫(とうやまひでお)

春琴抄

谷崎潤一郎.『春琴抄』(新潮文庫).新潮社.1951(2012.改版)
https://www.shinchosha.co.jp/book/100504/

これも若い時に読んだ作品である。ストーリーの概要は覚えていたのだが、改めて読みなおしてみることにした。

書誌を書いておどろくことは、この新潮文庫の本は、一九五一(昭和二六)年に出ている。私が生まれるよりも前のことになる。谷崎潤一郎のまだ生きているときである。それほど長く、この作品は読まれてきている。谷崎潤一郎の代表作の一つというべきである。

久しぶりに手にとって、こんな字面の作品だったのかと、ちょっとおどろいた。句読点が非常に少ない。見た目、本が黒い印象がある。

しかし、読んでいくと、これが不思議な効果になっていることに気づく。『春琴抄』はいうまでもなく、盲人の物語である。谷崎潤一郎は、『盲目物語』『聞書抄 第二盲目物語』などを書いている。盲人のことを描くことに、谷崎潤一郎は作家としての興味をもっていたことがわかる。そして、その盲人のことを描く文章は、通常の日本語文とちょっと違うように書いている。

純粋なことばの世界を構築しようとしているといってもいいかもしれない。盲目の世界は、耳と触角に頼る世界ともいえようか。視覚の情報が無い。その世界を描くのに、耳で聴いてどうなるかという、音のことばの世界を構築しようとした。だが、そのときに、それを支えるものとして、視覚的な句読点の使い方、漢字仮名の使い方、これを工夫することになる。結局、非常に視覚的効果をふくんだ、ちょっと変わった日本語文を書いたことになる。

『春琴抄』であるが、そう長い作品ではないが、ほぼ一息に読んでしまった。読み始めると、その独特の句読点の極めて少ない文章の世界、それは、音で聞いても独特の効果を持った日本語文なのであるが、その世界のなかに引き込まれる印象がある。そこにあるのは、独特の美意識であるとも感じる。

日本語の文章の妙……このようなことを感じる作品である。

2022年1月23日記