『ベルリンは晴れているか』深緑野分/ちくま文庫2022-04-15

2022年4月15日 當山日出夫(とうやまひでお)

ベルリンは晴れているか

深緑野分.『ベルリンは晴れているか』(ちくま文庫).筑摩書房.2022 (筑摩書房.2018)
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480437983/

この文庫本には、特設のHPもある。
https://www.chikumashobo.co.jp/special/berlin/

知ってはいたが、なんとなく読みそびれていて、文庫本が出たので読んでみることにした。世評の高い作品であるとは思っていた。読んで思うこととしては、傑作といっていいだろう。

舞台設定は、一九四五年のベルリン。ヒトラーのドイツが敗れて、連合軍、それから、ソ連軍に占領されているとき。ドイツ人少女のアウグステの数奇な冒険物語、という感じで展開する。ミステリの分野にはいる作品であり、また第二次大戦終結後のベルリンを舞台にした小説でもある。

第二次大戦で敗れることになったナチス・ドイツ。その陥落のシーンは、「映像の世紀」などで目にしている。しかし、そこにいたるまでの戦闘がどのようなものであったか、さらには、敗戦後のドイツで人びとがどのように暮らしていたのか、このあたりのことになると、ほとんど知識がない。せいぜい『独ソ戦』を読んだぐらいである。

この作品の良さは、まさに、戦後まもなくのベルリンという舞台設定にある。まだ、東西冷戦の前、ベルリンの壁のできる前。敗戦後の混乱の時代である。そこには、まだ、戦争の余韻が強く残っている。そして、それは、ヒトラーのドイツになるまえの時代から続くものとしての歴史の結果でもある。

この小説の魅力は、戦前からのドイツの人びとの暮らし、それから、敗戦の混乱のなかで、それでもたくましく生きていく人びと、これを巧みに描ききったところにある。なぜ、ヒトラーのドイツになったのか、ここはいろんな視点から論じることができるだろう。それを、この小説では、市井の市民の目から描いている。

それから、ミステリ、あるいは、冒険小説としての面白さ。一つの事件……殺人事件のようである……がおこる。その謎をめぐって、アウグステは、冒険をこころみる。いや、巻きこまれていく。そこに絡んでくるのは、ソ連軍である。(えてして、第二次大戦は、勝った側としては米英の視点から見ることが多いと思うのだが、この作品に登場するのはソ連軍である。このあたりが、この作品をより面白く、興味深いものにしている。)

ミステリとして読んだとき、ちょっと物足りないかなという気がしないではない。しかし、戦後まもなくのベルリンを舞台にした、ドイツ人少女の冒険物語として読むと、まさに類例を見ない、完成度の高さを感じる。

余計なことを考えてみるならば、敗戦後のベルリンを舞台にした小説が書けるということ、このこと自体が、一つの時代の変化を感じるところがある。ベルリンの壁が崩壊してからおよそ三〇年。確かに時代の流れがある。

さらに余計なこととしては、この作品には、日本人が登場しない。一九四五年のベルリンなら日本人がいてもおかしくはない。しかし、日本人が登場しないことに、なんら違和感がない。このような作品が書かれるようになったということ、このこと自体が、新しい時代になったということを感じさせる。

2022年4月14日記