『くるまの娘』宇佐見りん2022-07-04

2022年7月4日 當山日出夫

くるまの娘

宇佐見りん.『くるまの娘』.河出書房新社.2022
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309030357/

宇佐見りんという作家は、あるいは、古風な日本文学の流れの中に位置づけられるのかとも思う。この作品、斬新なようなところもあるが、しかし、その核にあるのは、古くからの日本文学の題材である。

出てくるテーマとしては、死であり、家族であり、父であり……このあたり、そう奇抜なテーマを、新しい視点から描いたとも思えない。私の読んだ印象では、古くから日本文学で、幾度となく書かれてきたことである。

また、それをもってある器(小説の文章、文体)、これも、そう斬新な手法によっているとも思えない。確かに抜群に巧いことは確かなのだが、目新しいという印象はうけない。

さらに、象徴的なのは自動車。小説のなかで、家族は自動車で旅をして、そこで寝泊まりをする。自動車……これは、伝統的な日本文学の流れのなかにおいて、異界への乗り物に他ならない。(たとえば、村上春樹の小説に出てくる、エレベーターとか、井戸とかを、思い浮かべてもいいかもしれない。これらは、伝統的に異界への入り口である。)

読んで、そう新しいという印象はない。だが、読み始めて、いっきにこの小説を読ませる文章の力は、たいしたものである。文学がまさに文体において成立するとするならば、宇佐見りんという作家は、まぎれもなく、新しい時代の新しい作家であると言っていいだろう。

小説を読む楽しみを感じさせる、当たり前のことだが意外と今の日本の文学が忘れてしまったものかもしれない、だが、宇佐見りんは、これを示してくれるこれからの時代の小説家であると思う。

2022年6月4日記