映像の世紀バタフライエフェクト「難民 命を救う闘い」2022-08-05

2022年8月5日 當山日出夫

これは再放送の録画で見た。

取り上げていたのは、難民、避難民。(「難民」と言ってしまうと、その定義が問題になる。日本の難民問題へのとりくみの問題も、一つにはこの定義のことがある。ここは、広く、難民、避難民を考えておくべきであろう。)

登場していたのは、ナンセン、キャパ、澤田教一、緒方貞子など。

これまでの「映像の世紀」シリーズでも、難民のことはいくどか取り上げられてきている。その流れのなかでみるならば、今回の番組で注目しておきたいのは、次の二点。

第一には、ウクライナ難民。ロシアのウクライナ侵略によって多くの難民が生まれている。時事的な課題になるが、しかし、このシリーズとしては、ウクライナ難民ことを取り上げてあることには、意味があると思う。

第二には、緒方貞子。これまでの「映像の世紀」シリーズでは、大きく取り上げられることはなかったかと思うが、この回では、緒方貞子のことが、重要な意味をもつものとして取り上げられていた。まさに、「難民」とは何であるかという、国際社会の定義との戦いであったとも言えるのではないだろうか。

以上の二点が、見ていて思ったことなどである。

ともあれ、難民、避難民というのは、おそらくは人類の歴史とともにあるのだろうと思う。それが国際社会の問題になるのは、まさに「映像の世紀」、近代になってからのことでもあるだろうか。近代の国際社会の成立とともに、難民の問題も、大きな問題となってきたといえるかもしれない。

ところで、難民といって思うのが、太平洋戦争、大東亜戦争の終結時における、満州や中国、朝鮮といった地域にいた日本人のことがある。これも、難民という範疇で考えるべき問題の一つであるように思える。たとえば、宮尾登美子の書いた『朱夏』では、満州で終戦をむかえた日本人の姿が描かれている。これを難民と言わずして何と言えばいいのだろうか。

2022年8月4日記