『高峰秀子ベスト・エッセイ』斎藤明美(編)/ちくま文庫2022-11-12

2022年11月12日 當山日出夫

高峰秀子ベスト・エッセイ

高峰秀子.斎藤明美(編).『高峰秀子ベスト・エッセイ』(ちくま文庫).筑摩書房.2022
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480438409/

高峰秀子は、私にとっては女優である。月並みな言い方をあえてすれば、往年の銀幕の大女優と言っていいだろう。見た記憶のある作品としては、「名もなく貧しく美しく」は映画館で見たのを憶えている。「二十四の瞳」も見たような記憶があるのだが、定かではない。

文筆家として著名であるという知識はあったのだが、その文章を意識して読んだことはなかった。たまたま、ちくま文庫の新刊でこの本が出たので買って読んでみた。

すぐれた文章である。人間観察のするどさ、やさしさ。どこなくユーモアがあると同時に、冷酷な観察眼もある。これは面白いと思って読んだ。

中で印象に残っているのが、ブロマイドについて書いたもの。幼いころから映画の世界で生きて、そして戦争の時代を生きてきたからこそ書ける文章ではあるが、涙無くしては読めない静かな感動がある。それから辞書についての文章も印象に残る。辞書というのは、こういう人がこういう使い方をするものなのか、と認識をあらたにした。(まあ、私の場合、国語学という分野で仕事をしてきて、人並み以上には、辞書というものに関心を持っている人間であるだろうが、この文章に感動する。)

交遊録として印象に残るのは、最後の方に収められている、その当時の皇太子さま、美智子さまとのことである。現在の、上皇さま、上皇后さまである。あまり知られない、その人柄の一面に触れることができる。

また、こういう読み方は、あまり正しい読み方とは言えないのかもしれないと思うが、映画の世界で育ってきた著者は、「俳優」ということばを、男性、女性ともに用いている。これは、映画の世界での習わしなのだろうか。今でこそ、「俳優」ということばは、男性にも女性にも使うことばになっている。著者は、「女優」ということばも使っているので、これを避けているのではないことは読み取れる。国語学、日本語学の観点からは、このようなことが気になった。

ともあれ、高峰秀子は、幼いころより子役として映画の世界で生きてきた。学校教育はほとんどうけていない。そのせいもあるのだろうが、字面の難しい漢語などは使っていない。平易な日本語の文章である。

映画女優としての高峰秀子も歴史に残るだろうが、エッセイストとしての高峰秀子もまた歴史に残る名前であるにちがいない。

2022年11月9日記