『ウクライナ戦争』小泉悠/ちくま新書2022-12-26

2022年12月26日 當山日出夫

ウクライナ戦争

小泉悠.『ウクライナ戦争』(ちくま新書).筑摩書房.2022
https://www.chikumashobo.co.jp/special/ukraine/

今年(二〇二二)の二月にウクライナで戦争が始まって以来、多くの軍事専門家、国際政治専門家が、マスコミに登場してきているのだが、そのなかで信用していい一人といいと思っている。

読んで印象に残っていることは、多くあるが二つばかり書いておく。

第一に、国民ということ。

この本ではあまり深くこの点について触れられていないと感じるのだが、ウクライナ戦争は、国民の戦争である。この本が使っている用語でいうならば、三位一体の戦争ということになる。

おそらく歴史の結果的には、この戦争が、ウクライナ国民というものを形成する大きなきっかけになったと回顧される時が来るのかもしれない。また同時に、ソ連崩壊後のロシアを、一つの国民国家として統合する契機になったと、考えるようになるかもしれない。国家と国家、その国民と国民が、それが有する軍事力で正面から対決している、いわば古典的な戦争なのである。

第二には、ロシア論と軍事論。

著者が信用できる論客の一人であると思うのは、自分の専門の議論の範囲をきちんと見極めているところにある。ロシアの専門家であり、軍事の専門家である。これは、言いかえるならば、国際政治や経済の専門家ではないということでもある。だが、これは、マイナスではない。自分の議論の領域に自覚的であり、それ以外のことについては、あえて沈黙を守るという自制が強くはたらいている。これは、ある意味では、専門家としての矜恃のなせるわざでもあろう。

ウクライナの問題は、軍事の議論だけでかたのつく問題ではない。無論、軍事的に戦争の帰趨がどうなるかはきわめて重要であるが。その他、経済の問題もある。ロシアとウクライナだけの問題ではなく、国際社会にとって非常に大きな問題となっている。

この本のバランスの良さは、ロシア論と軍事論が密接にからんで展開されていることであり、それ以外に、あえて言及しないという抑制のきいた論の進め方になっているところにある。

以上の二つのことを、思ってみる。

それにしても、ロシアはなぜ戦争を始めたのか……ということは、とりもなおさず、どのようにしてこの戦争を終わらせることができるのか、という議論に結びつく。ロシアと、軍事と、国際政治、経済、様々な論点がからむ問題であるが、この歴史の決着が見えるのは、かなり先のことになりそうである。

2022年12月23日記