『収容所から来た遺書』辺見じゅん/文春文庫2023-01-07

2023年1月7日 當山日出夫

収容所から来た遺書

辺見じゅん.『収容所(ラーゲリ)から来た遺書』(文春文庫).文藝春秋.1992(文藝春秋.1989)
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167342036

この本のことは知っていた。読むことなく過ぎてしまっていた。今回、映画化ということで、話題になっている作品である。これを機会にと思って、読んでみることにした。

辺見じゅんの文章は、折に触れていくつか読んだことがある。『男たちの大和』は雑誌連載のときに、時々読んだ。ソ連における収容所、シベリア抑留のことは、知識としては知っている。しかし、これについて、特にまとまった本を読もうと思って読んだことは、特にこれまではない。

この作品を読んで思うことはいろいろとある。もちろん批判的に読むことも可能である。シベリア抑留となった人びとは、視点を変えてみるならば、大東亜戦争(と言った方がいいだろう)における、加害者の立場にもなる。また、この本では深く触れていないのだが、シベリア抑留の人びとのなかにおける、裏切り、反目、スパイ疑惑……これらのことは、避けて通ることのできない問題かもしれない。だが、この作品では、このようなことについては、強くは書かない主義であると見受けられる。これはこれで一つの立場であろう。

率直な感想としては、次の二つのことぐらいを書いておきたい。

第一には、収容所での暮らしについての、歴史的興味である。シベリアで、人びとがどんな暮らしをしていたのか、その生活、労働、あるいは、娯楽といった多方面にわたって、細かに描かれる。これは、一つの時代の記録として読んで興味深いものがある。

第二には、その「遺書」のゆくえである。タイトルにあるとおり、収容所から「遺書」が日本にとどけられるのだが、その手段、方法が、非常に興味深い。日本に帰還するとき、紙に書いたものを持って帰ってはいけない……このようなルールがあった。では、どうすることになるのか。このような時代、このようなことがあったのかと、感動的でもある。

主に、以上の二つのことを思ってみる。

それにしても、この作品を読んで、そう陰惨な気分にはならない。むしろ、次の時代の未来への希望を感じる。これは、この著者ならではの描き方、視点の置き方によるものであろう。

また、随所に引用されている、俳句、短歌がいい。収容所での句会の様子もいい。さらに、作中に出てくる「裸木」「海鳴り」の詩が、非常にいい。(これはどこかの学校の教科書にで載っていてもいいかという気がする。)

この作品が書かれたのは、まだソ連という国があった時代のことになる。その後、ソ連は崩壊し、また現在では、ロシアにおけるウクライナ侵略のときでもある。一つの時代が終わり、新たな歴史的状況を迎えている。だが、この作品は古びることはないだろう。ヒューマニズムにあふれた歴史の記録として、読まれていく作品であると思う。

映画は見ることはないと思うが(とにかく、ここ十年以上映画というものを映画館で見たことがない)、辺見じゅんの作品は、これから手にしてみようかと思っている。

2023年1月4日記