ブラタモリ「目白」 ― 2023-11-21
2023年11月21日 當山日出夫
ブラタモリ 目白
目白には何度か行ったことがある。
一番初めは、学生のころ、学習院大学で国語学会があったときのことだと憶えている。たしか、記憶では、日本語とタミル語とのシンポジウムがあったはずである。(日本語のタミル語起源説は、今ではすっかり下火になってしまっている。)
近年では、アーカイブズ学会に出るために学習院大学には何度か行っている。
学習院大学に行くときは、いつも目白の駅のすぐそばの門から入る。正門があることは知っているが、さて、ここから出入りしたことがあっただろうか。
ともあれ、私の場合、学習院大学のなかにはいると、たいてい道に迷ってしまう。目的の校舎にたどりつくまでに、まごつく。
椿山荘には一回行ったことがあるだろうか。何かの宴会で行ったことがある。
目白不動のことは知識として知っていたが、戦災で引っ越していたことは知らなかった。
学習院が出来たり、椿山荘が出来たり、今では高級住宅街の目白だが、その昔は東京の郊外の田舎だったのだろう。強いていえば都会の喧噪から離れた静かな場所であったとも言えようか。
これから東京に行くことがあっても、目白に行くことはそうないかもしれないと思う。
2023年11月19日記
ブラタモリ 目白
目白には何度か行ったことがある。
一番初めは、学生のころ、学習院大学で国語学会があったときのことだと憶えている。たしか、記憶では、日本語とタミル語とのシンポジウムがあったはずである。(日本語のタミル語起源説は、今ではすっかり下火になってしまっている。)
近年では、アーカイブズ学会に出るために学習院大学には何度か行っている。
学習院大学に行くときは、いつも目白の駅のすぐそばの門から入る。正門があることは知っているが、さて、ここから出入りしたことがあっただろうか。
ともあれ、私の場合、学習院大学のなかにはいると、たいてい道に迷ってしまう。目的の校舎にたどりつくまでに、まごつく。
椿山荘には一回行ったことがあるだろうか。何かの宴会で行ったことがある。
目白不動のことは知識として知っていたが、戦災で引っ越していたことは知らなかった。
学習院が出来たり、椿山荘が出来たり、今では高級住宅街の目白だが、その昔は東京の郊外の田舎だったのだろう。強いていえば都会の喧噪から離れた静かな場所であったとも言えようか。
これから東京に行くことがあっても、目白に行くことはそうないかもしれないと思う。
2023年11月19日記
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