バリバラ「“みんな”のミュージアム」2024-02-05

2024年2月5日 當山日出夫

バリバラ “みんな”のミュージアム

MLA、あるいは、MLAKという。ミュージアム(美術館、博物館)、ライブラリー(図書館)、アーカイブズ(文書館)、そして、公民館である。MLAの連携ということが言われ始めてからかなりになると思う。特に、インターネットの普及、発達によって、デジタルコレクションの公開というときに、それぞれの特色をいかしながら、連携する道をさぐろう、このような発想であるかと思っている。

しかし、MLA連携の議論のなかに、障害者をユーザとしてとらえるという視点は、ほとんど(あるいは、まったく)無かったと言っていいかと、今ふり返って思う。

紹介されていたのは、徳島県立博物館、国立民族学博物館、滋賀県立美術館であった。このうち、国立民族学博物館は、障害のある人に対する配慮のある展示ということでは、先駆的な存在ということは知られているかと思う。

施設の設計がユニバーサルデザインでなければならないのは当然として、重要なことは、知的障害のある人であっても、知的好奇心がある、ということであろう。その知的好奇心にこたえるために、生涯学習のための施設としてMLAは機能しなければならない。

さて、今の博物館学というような分野において、インクルーシブな展示ということは、どのように議論されているのだろうか。

2024年2月3日記

ブラタモリ「鎌倉〜頼朝は武士の都・鎌倉をどうつくった?〜」2024-02-06

2024年2月6日 當山日出夫

ブラタモリ 「鎌倉〜頼朝は武士の都・鎌倉をどうつくった?〜」

鎌倉の鶴岡八幡宮には行ったことがあるかどうか、記憶が定かでない。行ったことがあったとしても、若いときのことで、もう忘れてしまっている。

この回では『吾妻鏡』を参照していた。これは珍しいかと思う。

鎌倉の今のところに鶴岡八幡宮を持ってきたのが頼朝であるということは分かるのだが、では何故「八幡宮」であるのか。ここのところの説明がなかったのが、ちょっと残念な気がする。まあ、このところを考えると、日本における神社の歴史を総合的に考えなおすということになるのかもしれないが。

段葛をわざわざ、川の流れている低い土地に築いたというのは興味深い。それほどまでして、まっすぐな道を通したかったということなのかもしれない。自然の地形に逆らって都市のデザインをするというのは、平安京にも似たところがある。

ところで、「段葛」の「葛」の字であるが、JIS漢字としては、古い字体を作って表示していた。「ヒ」の方である。

鎌倉幕府がどのあたりにあったのか、「西御門」「東御門」の地名にその痕跡を見ることができるらしい。これはこれでいいとして、鎌倉幕府跡というような形で遺跡が残っていない、あるいは、古地図でも確認できないということなのだろうか。であるとするならば、むしろこのことの方が私には興味深い。何故、残っていないのだろうか。

永福寺が、平等院鳳凰堂にならったものである、ということは確かにそのとおりなのだろう。鎌倉時代にあって、京都の文化が浸透していたことを示すものになる。いや、一般に言われるように、鎌倉時代になって、武士の時代になったということではないはずである。文化的な面では、京都の公家、寺社などがその中心であったと考えるべきであろう。(たとえば、『徒然草』など読んでみても、明らかに京の文化を強く意識している。)

鎌倉の街作りと頼朝ということだったのだが、はたして鎌倉の街には、武士以外の人びとはどのように生活していたのだろうか。また、生活物資や食材などはどう流通していたのだろうか。

2024年2月4日記

ウチのどうぶつえん「要チェックや!ホッキョクグマ」2024-02-06

2024年2月6日 當山日出夫

ウチのどうぶつえん 要チェックや!ホッキョクグマ

ホッキョクグマとハイエナの話し。

動物園で飼育している動物の健康管理もいろいろと工夫がある。ホッキョクグマの体重を量るのに、オーダーメイドで体重計を設置する。しかし、からだが大きくなりすぎたのではみ出してしまう。年月がたって、改めて新しい体重計を設置する。これなら始めから、もっと大きなのを作っておけばよかったのにと思ってしまうのだが、どんなもんだろうか。

ホッキョクグマが秋になるを食欲がなくなるというのは、興味深い。飼育下にあっても、自然界と同じに生きている。

白菜を食べるハイエナというのも珍しいかと思う。動物の体重管理には、動物園では様々に工夫をしていることが分かる。

飼育している動物の健康管理をきちんとして、高齢になっても無事に生活できるように配慮しているという動物園のとりくみが分かる。

2024年2月3日記

ETV特集「ガザ〜私たちは何を目撃しているのか〜」2024-02-07

2024年2月7日 當山日出夫

ETV特集 「ガザ〜私たちは何を目撃しているのか〜」

たぶん、日本という国として出来ることはほとんど何もないのだろうと思う。せいぜい出来ることとしたら、ガザの人びとへの人道的支援ぐらいだろう。

この番組の作り方としては、多様な意見を捕らえようとしている。今のイスラエルの人びとの気持ち、それにはハマスへの憎悪があり、それがパレスチナへの反感につながっている。一方、ガザの人びとが何を思っているのか。必ずしもハマスを支持しているということではない。

複雑な歴史的経緯のある地域である。パレスチナ全体がイスラエルのものだという立場もあれば、反対に、この世からイスラエルを抹殺してしまえばよいという立場もある。これは、その両極端ではあるが。

理想論かもしれないが、もっとも重要なのは、ガザの人びと、イスラエルの人びとの暮らしが尊重されるべき、というところかと思う。ガザの人びとが、封鎖された地域に閉じ込められてきたということであり、そこでの生活が保障されるものではなかったということについては、イスラエルに責任があることになる。しかし、だからといって、昨年のハマスによる攻撃が正当化されるということはない。

空論と言われるかもしれないが、そこに住む人びとの生活を尊重し、自由と尊厳が重んじられること、そのためには、理性的な対話と教育に時間をかけるしかないだろう、これぐらいのことしか思いつかない。

戦争をおわらせるのは容易ではない。ここまで戦って犠牲をはらってきた。ここでやめてしまっては、これまでの犠牲が無駄になる。だからつづける。多くの場合、このような発想で戦争をやめることができないでいる。これが、おそらくは、歴史から学ぶことのできる最大の教訓だろう。あるいは、これこそが、人間の愚かさともいえるかもしれない。

どのような形になるにせよ、いずれ戦争は終わる。あるいは、長期間の停戦にいたるだろう。そのときに、ガザとイスラエルの人びとのこころに何が残るのか、これが最大の課題であろうか。

2024年2月6日記

ドキュメント20min.「デコトラ 〜魂を灯す男たち〜」2024-02-07

2024年2月7日 當山日出夫

ドキュメント20min. デコトラ 〜魂を灯す男たち〜

これは面白かった。

東映の「トラック野郎」シリーズは映画館で見た。高校生のころだったか、大学生になっていたか。(だが、このシリーズも、ある意味で時代遅れな企画だったのかもしれないと思うが。)

哥麿会というデコトラのグループがあることを知った。今、会員は三〇〇ほどだという。

会長のことばに、こころにしみるものがある。いろんなことがあり、人生の裏表を見てきた人間のことばだと感じる。デコトラは、光る灯台だという。この世の中に灯台を求めている人がいるのなら、その灯りをともさなければならない。

それにしても、デコトラは運転席の内装にまでこだわってつくってある。いったい何のためにという気もするが、それは乗る人の意識の問題なのだろう。でも、どんな業者が手がけているのだろうとか、デコトラの改装にどれぐらいのコストがかかるものなのか、ということもちょっと気になる。それでもデコトラに乗りたい人はいる。また、それに元気づけられる人もいる。

(法の規制の許す範囲においてということにはなるが)デコトラは、この世の中にあっていいものの一つだと感じる。

久々に、人情ということを感じた番組であった。

2024年2月6日記

ETV特集「二風谷に生まれて 〜アイヌ 家族100年の物語〜」2024-02-08

2024年2月8日 當山日出夫

ETV特集 二風谷に生まれて 〜アイヌ 家族100年の物語〜

見て思うことはいろいろとある。

アイヌの人びとの歴史は、きちんと残さなければならないということがある。かつて北海道(それから、サハリン、また東北地方など)には、アイヌの人びとがいた。この人びとの歴史は記録し伝えていかねばならない。それは、大きな流れとしては、いわゆる日本人による迫害、収奪、差別の歴史ということになるだろうが。

現在から未来にかけては、日本という国における、多文化共生という方向をさぐることになる。この観点においては、狭義の日本文化の外にあるアイヌ、それから、琉球などのことがある。さらには、日本に生活する朝鮮系の人びと、また、近年では、ベトナム、ブラジル、などから日本に来て生活している、いわゆる外国人労働者のことも考えるべきだろう。

過去をかえりみるということは、ただ日本人の悪をあばきたてて終わりということではない。そこから、これからの未来にむけて、どのような知見を導き出せるかが重要であると思っている。

先住権という概念については、私としては躊躇するところがある。近代の国民国家における国民とは何かというところから、議論していく必要がある。たまたま、現在の国家ができたときに、その時点で、そこに以前から住んでいたという理由だけで、特別な権利があるということは、妥当なことなのだろうか。人間の歴史は、侵略、征服、興亡の歴史でもある。その先住民の以前に住んでいた人びとのことは、忘れ去ってしまってよいのだろうか。人類の歴史をもっと長い目で見ることも意味があると思う。

アイヌの人びとの文化とか生活習慣とかは尊重されなければならないとは思う。しかし、それは法の許す範囲においてである、ということは基本的な前提である。

一方、川の鮭を捕るぐらいのことが、大きく環境や生態系に影響を与えるということではないならば、許容されてもいいのではないかとも思う。だが、これを、先住権という名のもとに声高にとなえることではないと思うのだが。

アイヌの人びとはこれからどうなっていくのだろうか。民族……立場によってはこれを社会構成的な概念ととらえることも可能だが……の基本にあるのは、宗教、言語、生活習慣などの共同性である。地域の生活のコミュニティのなかで、継続的に維持できなくなれば、それは消えていくことになるしかないだろう。これは、日本に住む他の国からやって来た人びとについても、言えることである。このことについて、日本文化の「伝統」はどうあるべきか、考えなければならない……これぐらいのことしか考えつかないでいる。

アイヌの人びとの将来がどうであれ、もはやかつてのような狩猟採集生活にもどるということは不可能である。このことだけは確かである。

2024年2月6日記

フロンティア「世界都市ローマ 永遠の都の秘密」2024-02-08

2024年2月8日 當山日出夫

フロンティア 世界都市ローマ 永遠の都の秘密

ローマについては、これまでたくさんの番組が作られてきている。どういう新しさで見せるのだろうかと思っていたが、意外とオーソドックスな作り方だった。しかし、これが効果的だったと思う。最新の科学的な方法で古代の技術を分析してみるというようなアプローチもあっただろうが、そのような手法はとっていなかった。古代から現代にいたるまでのローマの歴史を、きれいにまとめていた。これはこれで一つの方法である。

現代の自分を知るためには、歴史を学ぶ必要がある、まさにそのとおりである。古代から現代までの連続のうえになりたっているローマこそ、歴史を語るにふさわしい場所はないかもしれない。

それから、ムッソリーニの行った文化政策について、肯定的に語っていた。今の歴史において、ムッソリーニは一般には高く評価されるということはないと思うのだが、独裁者でなければできなかった文化政策というものもある。これはこれとして、評価すべきものは評価するのが正しいと私は思う。

フェリーニの映画など見ておきたくなった。

2024年1月30日記

英雄たちの選択「赤穂浪士・最期の49日」2024-02-09

2024年2月9日 當山日出夫

英雄たちの選択 赤穂浪士・最期の49日

面白かった。

赤穂浪士については、これまで散々、テレビドラマ(NHKの大河ドラマでも何度もやっている)や、映画、演劇などであつかわれてきている。まあ、日本の文化のなかで、最も重要な出来事の一つであり、テーマ、素材であると言っていいだろう。

この番組でとりあつかっていたのは、討ち入りが終わってから、切腹にいたるまでの四九日のこと。四つの藩にお預けになった、義士たちのその後を追っている。中で特筆すべきなのは、熊本の細川家、ここでは義士たちは丁重にもてなした。他の三つの藩では、罪人あつかいだった。しかし、細川家では、御馳走を出し、酒もふるまい、書物なども提供したという。

細川家では、家臣のひとりである堀内伝右衛門が、詳細な聞書をして記録を残していた。それが今に伝わっている。

この事件が、江戸時代の人びとにどのように受けとめられたか、これはいろんな反応がある。武士のあり方として肯定的にとらえる向きもあれば、犯罪として処罰するべきだという意見もあった。これは、江戸時代になってから官僚化した武士の生き方はどうあるべきかという価値観を問いかけるものでもある。

結果としては、知られているように、義士たちは切腹。そして、上杉家も処断された。ここにいたって、喧嘩両成敗という形を取ることになった。

興味深いのは、江戸時代の人びとの法感覚。そして、武士のあり方についての価値観。このあたりの議論については、もっとつっこんだ議論を紹介してあってもよかったのではないだろうか。

それから、この番組の面白さは、磯田道史の雑談。これが面白い。最近の政治家は空論ばかりであるという。リアルな議論がない。そうだろうと思う。最近やたらと目にするのは、「お答えは差し控えさせていただく」「検討する」などである。これが、以前の政治家だったら、もっと現実的な議論をしていた。

強いて比較するならば、「新しい資本主義」「デジタル田園都市構想」「異次元の少子化対策」などと、昔の「日本列島改造論」「所得倍増」などを思い浮かべることになるが、どうだろうか。

それから、この番組では出てきていなかったが、丸山眞男の『日本政治思想史研究』のことがある。私が、この本を読んだのは、学生のとき、目黒の四畳半の下宿の部屋であったことを憶えている。冬、こたつにあたりながら読んだ。

2024年2月8日記

『國語元年』2024-02-09

2024年2月9日 當山日出夫

NHKBSP4K『國語元年』

再放送である。BSP4Kで放送していたので見た。五回。

若いときにこのドラマは見た記憶がある。その配役のほとんどを憶えていた。(その他に若いときに見たドラマで配役まで憶えているというと石坂洋次郎原作の『若い人』がある。松坂慶子が主演だった。)

本も読んでいる。中公文庫と新潮文庫で出ている。中公文庫はドラマの脚本に忠実である。一方、新潮文庫の方は、その後、舞台化されたものである。基本の筋は同じなのだが、いくぶん違っているところもある。この二つの『國語元年』については、以前に書いたことがある。

見ながら思うこと、考えるところがかなりあった。

国語学の観点から見てであるが、明治初期……ドラマの設定は明治七年……の日本のことばの状況は、こんなものだったのだろうと思う。江戸時代までの各地の方言を残したままで、近代日本の言語を作っていくこと、そのことの意義に異存はないのだが、結果から考えて、それがはたして成功したのかどうかは評価が微妙にゆれるところがある。

たしかに、現在の日本のことばは、全国でどこでも通じる話しことばがある。その便利さは、多くの人が享受しているところにはちがいない。その一方で、絶滅危惧となってしまった方言の問題もある。

国語史的に興味深いのは、江戸時代でも、地方から参勤交代で江戸にやってきた武士たちが、本江戸言葉を習得して使っていた、ということになるだろうか。これは、元幕臣の妻であった女中頭の加津の言っていたことである。このあたりのことは、国語史的に考えてそうなのだろうとは思う。

方言で話す南郷家の人びとである。相互にことばが通じなくて悶着となることもある。しかし、基本的には、加津の話すことば(山の手言葉)は理解できている、という設定になっている。そして、この加津のことばが、現代の日本語の話しことばの現流になっていることは確かだろう。

また、ドラマとして見て、とにかく面白かった。さすが井上ひさしの作だけのことはあると思って見た。ことばが通じる、通じない、ということだけで、思わず笑い出してしまうところがいくつかあった。

この作品で、もっとも冷静になりゆきを眺めているのが、若林虎三郎である。そして、この人物は、会津の出身となっている。明治新政府の行おうとしている、全国統一話し言葉に対して、きわめて批判的である。朝敵となった会津ならではの、ものの見方と言っていいだろうか。

ドラマの面白さの基本にあるのは、やはりことばというもの対する人びとの思いである。自分が習得して使ってきたことばへの愛着、その一方で、相互にコミュニケーションがうまくいかないもどかしさとおかしさ、このあたりがたくみに描かれていたと感じる。

2024年2月5日記

「ローティ“偶然性・アイロニー・連帯” (1)近代哲学を葬り去った男」2024-02-10

2024年2月10日 當山日出夫

100分de名著 ローティ“偶然性・アイロニー・連帯” (1)近代哲学を葬り去った男

『偶然性・アイロニー・連帯』は、買った。隠居して好きな本でも読んで暮らしたいと思っている身である。もう出かけることは基本的にない。ちょっと高めの本だったが、買って読むことにした。

だが、読み始める前に放送が始まってしまった。録画してあったのを見た。

哲学の分野には疎いので、ローティーという名前は知らなかったというのが正直なところである。近代哲学を否定したということなのだが、だが、番組(第一回)を見た限りでは、そんなに変なことを言っていたとは思えない。

おそらく、現在の知見では、この世界の成り立ちを考えるのには、宇宙物理学というような分野のことになるのだろうし、人間とは何かを考えるとき、究極的には遺伝子と脳のことに帰着することになる。これは、二一世紀の我々のもはや常識的なものの考え方と言っていいだろう。少なくとも私はそう思っている。

また、ことばができることによって、世界の見方が変わることになる、これもそう目新しいことではない。ことばは世界を分節するものであるというのは、古くからの構造主義言語学の考え方でもある。

番組の中で、色をどう認識するかということに触れた箇所があったが、これも色彩学においては、常識的な見解である。ウィトゲンシュタインのことを思い出す。

では、このような現代にあって、ことばとはなんであり、それが人びとの生き方どどうかかわることになるのか。次回以降を見ることにしよう。いや、その前に本を読んでしまおうかと思う。(読みたい本がたくさんたまっているのだが。)

2024年2月9日記