「“一億特攻”への道 〜隊員4000人 生と死の記録〜」2024-08-31

2024年8月31日 當山日出夫

NHKスペシャル “一億特攻”への道 〜隊員4000人 生と死の記録〜

この番組は、以前、BSで放送したものをもとにしての追加取材を加えたものだと思う。日本地図に特攻隊員の出身地をプロットして見せるという画面は憶えている。そのなかで、特攻隊員には、朝鮮半島や台湾出身者もいたと、前回の放送のときには言っていたが、この回では、一人ではあるが朝鮮半島出身者に言及していた。(その身元の調査ということになると、おそらく今でもかなりハードルが高いのだろう。もし北朝鮮の地域であるならば、調査は絶望的と言っていいだろう。)

番組の冒頭は、大西瀧治郎からはじまり、統率の外道、と言っていた。この認識は特攻を語るとき、常にふりかえるべきことであると私は思っている。そのような攻撃をもとめる空気はあったのだろうが、同時に、そこまではふみきれない判断もあった。はじまったとき、少なくともそれが尋常の戦争の手段ではないという認識はあった。

思うことはいくつもあるが、思いつくままに書いておく。

特攻隊員の音声がラジオで放送されたということは、この番組で知った。このことの是非については、いろいろ意見はあるにちがいないが、しかし、その放送の録音が残っていたことに驚く。

江田島に保管されている、特攻隊員たちの出身地ごとの記録文書。これは、前回の放送のときにも出ていたのだが、こういう資料が残っていることの価値を感じる。(江田島にあるというのは、無論、海軍として保存してきたということなのであろうが。)

どのようにして特攻隊員が選ばれたのか、その資料が興味深い。本人の希望どおりということではなく、成績によって選別されていた。特別に優秀なパイロットは残し、そこそこの技量のパイロットが選ばれた。特攻は片道の飛行ができて、目的を達することができればいい。残酷なようではあるが、しかし、合理的な判断であるとも思わざるをえない。

このような番組を見ていつも思うことなのだが、特攻機が向かってくるときの様子を記録した映像が残っており、記録文書もあることである。日米の記録を突き合わせることにより、映像に残っている飛行機が誰のものであったか特定できる。すべてではないにちがいないが、このような記録の分析が可能であるということは、なにがしか感銘をうけることである。

学徒動員についても、神宮での行進の映像は毎度おなじみのものと言っていい。(これを撮影したカメラマンの話を、何かで見たと憶えているのだが、再放送してくれないだろうか。)

当時の大学生の割合からして、文化系の学生の徴兵猶予を無くしたところで、そう大きな戦力の増大にはつながらない。しかし、大学に行く人びとと、そうではない人びととの、一体感を生み出すことにつながったという、東條英機の認識は、そういうものかと思う。

学徒動員は、士官として任官したと言っていた。吉田満は主計少尉だったはずである。(この点では、丸山眞男の事例が特殊なものだったと理解することになる。)

当時の時代の雰囲気、今でいえば社会の空気、これが特攻を後押ししたということは、確かなことであると言わざるをえない。責任を軍の指揮官にのみあるとはいいきれない。

最終的に終戦にいたるまでの、政府と軍の判断の経緯、社会の空気、というものが問題なのだろう。これについては、山ほど研究があることと思うが。

ただ、この番組では、特攻を飛行機によるものに限定していた。それ以外の特攻、回天、震洋、桜花、などについては触れていなかった。また、特攻とは明記しないまでも、それに近い戦法を選ばざるをえなかった場合も数多くあったにちがいない。

どうでもいいことかもしれないが、特攻隊員の残した文章が、いわゆる口語体で書かれたものであることが、ふと気になった。

2024年8月28日記

「お母さんに会いたい〜フィリピン・ムスリムの兄と妹〜」2024-08-31

2024年8月31日 當山日出夫

時をかけるテレビ お母さんに会いたい〜フィリピン・ムスリムの兄と妹〜

録画してあったのをようやく見た。その間、オリンピックとかがあったのだが、オリンピックはほとんど見ていない。

いろいろと思うことはある。ヒューマニズムのドキュメンタリーとして見ることもできるのだが、しかし、それでは、じゃあどうすればいいのか、ということになるとかなり難しい。

一つには、宗教上の対立ということ。今、世界のいろんなところでの武力紛争の背景には、宗教上の問題が関係する。それぞれの宗教を尊重し合いながら、相互に寛容であるということは、言うのはたやすいことなのだが、実際の社会のなかでは具体的なこととしては、いろいろと困難がともなうことが多い。(日本で近年の話題というと、日本に住むムスリムの人たちの墓地をどうするかという問題がある。イスラムは土葬である。日本でもまだごく一部には土葬も残っているが、火葬が最も普通である。移住するならその土地の風習になじむべきだとはいっても、さて、日本に来て住むなら、死んだら火葬にされることに同意せよと、言っていいものなのだろうか。)

少なくとも、子供のころからの宗教教育というものが重要であることになる。この観点からは、日本の場合、公教育の場からあらゆる宗教性を排除しようという考え方は、考えなおすべきなのかもしれない。(修学旅行で、古社寺をたずねることはあるかもしれないが、それは文化財として見ているのであって、宗教性は表向きには否定されていることになる。)

宗教上の対立に起因する武力闘争については、なんとかして妥協点をさぐることしかないのかと思う。(場合によっては、強制的な武力介入もやむを得ないこともあるだろうが、それで恒久的な解決になるわけではない。)

また、貧困の問題がある。世界の貧困、経済的格差は拡大する一方であるというのが、今のありさまかと思う。この世界の経済と政治、社会の基本構造のあり方の変化の問題、これはそう簡単に解決はできないかと思わざるをえない。せめて、児童労働を無くす努力、教育の普及、医療の提供、といった、当たり前のことになるが、このような地道な努力しかないのだろう。

余計なことかもしれないが、この番組を企画するとき、まず現地に再度行ってみて、兄妹の現在を確認できたから、放送したのだと思うが、どうなのだろうか。もし、病気とか、テロとかとかで、亡くなっていたりしたら、放送できなかったかもしれない。

2024年8月30日記