『光る君へ』「待ち望まれた日」 ― 2024-09-23
2024年9月23日 當山日出夫
『光る君へ』「待ち望まれた日」
まひろ/藤式部が、彰子に『白氏文集』の「新楽府」を講じていたシーンは、どうしても気になる。使っていたのは、訓点語学の用語でいえば無点本、つまり、朱のヲコト点や仮名(カタカナ)などの書き入れのない本だった。今でいえば、白文、といってもいい。はたして、これで、彰子は読めたのだろうか。あるいは、平安時代の漢文訓読の実態に即していうならば、その学習や教授の場面は、どんなふうだったのだろうか、ということになる。書物としては巻子本だったろうとは思う。
もし、ここで加点本を使っていたと設定するならば、参考資料としては、「神田本白氏文集巻三・四新楽府」ということになるはずである。重要文化財で、現在では、京都国立博物館が持っている。その原寸、カラーの複製が、近年、刊行されたのだが、その漢文の釈文を作ったのは、私(當山)ということになる。若いとき、慶應の大学院の学生のとき、「神田本白氏文集」の総索引(漢字索引、訓点語索引)を作った。合わせて三万枚ほどのカードを手作業で作り、原稿用紙に万年筆で書いた。まだ、活版印刷の時代である。そのころは、「新楽府」をほとんどそらんじていたものである。(このとき、平安時代の写本と現代の活字、写植、これらの漢字をあつかったことが、その後の漢字への興味につながって今にいたっている。)
それはともかく、土御門殿における彰子の出産シーンは、圧巻であった。「100カメ」であった曲水の宴もよかったが、それよりも、今回の方が、な~るほど、あんなふうだったのか、と思って見ていた。(本当はどうであったか考えることは必要になるが。)
加持祈祷の様子とか、とってもリアルだった。これを見ると、もののけ、というのがこの時代には本当にいた、ということが実感できる。今のわれわれの感覚からすると、加持祈祷や、もののけをよりましにうつらせて調伏するというのは、迷信のように感じられるが、しかし、その時代の人びとにとっては、日常的な感覚として、きわめてリアルなものだったのだろう。そう思うと、例えば、『今昔物語集』の巻二七の怪異譚などが持つリアリティは、理解できる。
呪詛、対、祈祷……この勝負は、祈祷の勝ちということになった。呪詛も迫力があったが。
生まれた赤ちゃんを中宮がだきかかえて、帝にわたす、はたして実際にはどうだったろうかと思う。
大河ドラマで、女性の出産シーンはよく出てくることかと思うが、これほど本格的に描いたというのは、前例がないだろうと思う。(余計なことながら、『ちゅらさん』で、出産だけに一つの週を使って描くというのも、珍しいだろう。そして、『虎に翼』で出産シーンをカットしたのは意図的であると分かる。)
彰子の前に出るとき、まひろ/藤式部は、女房装束(十二単)の正装である。彰子の方は、比較的くつろいだ服装でいるが、おつきの女房としては正装でなければならないらしい。
『紫式部日記』を読んだのは、学生のときだった。そのころは、古い方の日本古典文学大系本だった。日本文学のなかで、『紫式部日記』の冒頭の文章は屈指の名文であると思う。視覚と聴覚が渾然一体となった情景描写は、見事というほかはない。『紫式部日記』のなかには、同僚の女房たちのこととか出てくる。著名なのは、清少納言の悪口である。さて、『紫式部日記』の成立論とも関係するのだが、このような部分をふくめて、一つのまとまった作品として出来たということになるのだろうか。ドラマで、ここをどう描くかは、次回以降のことになるようだ。『紫式部日記』は、公式の記録、ということでいいのだろうか・・・
彰子と敦康親王がすごろくをしていたシーン。背景に藤の花があったが、見るとかすかに揺れていた。あれは、扇風機で風をおくって揺らしているのだろうと、思って見ていた。「100カメ」を見てからこういうところに目がいくようになった。
貴族の邸宅における、無礼講とはあんなものだったのだろうか。ひょっとすると、もっと猥雑なシーンがあったかもしれないと想像するのは、よろしくないだろうか。
藤原公任の言った、「若紫~~」ということばは、あまりにも有名である。このときまでに少なくとも「若紫」の巻までは、『源氏物語』が書かれていたことになる。これが、一〇〇八年のこととして、二〇〇八年のときには、源氏物語千年として、日本中の多くの美術館や博物館などで、源氏物語関係の展覧会があったものである。
花山院は、奏上死(といっていいだろう)だった。
平安時代の貴族は、獣の肉をどれぐらい食べただろうか。
ひさしぶりに倫子の猫が登場していた。何代目の猫になるのだろうか。
次週以降、『源氏物語』は、「若菜」のあたりまですすむらしい。その先の話しになると、宇治十帖をふくめた源氏物語の成立論にかかわることになる。ここを、どう描くことになるだろうか。
2024年9月22日記
『光る君へ』「待ち望まれた日」
まひろ/藤式部が、彰子に『白氏文集』の「新楽府」を講じていたシーンは、どうしても気になる。使っていたのは、訓点語学の用語でいえば無点本、つまり、朱のヲコト点や仮名(カタカナ)などの書き入れのない本だった。今でいえば、白文、といってもいい。はたして、これで、彰子は読めたのだろうか。あるいは、平安時代の漢文訓読の実態に即していうならば、その学習や教授の場面は、どんなふうだったのだろうか、ということになる。書物としては巻子本だったろうとは思う。
もし、ここで加点本を使っていたと設定するならば、参考資料としては、「神田本白氏文集巻三・四新楽府」ということになるはずである。重要文化財で、現在では、京都国立博物館が持っている。その原寸、カラーの複製が、近年、刊行されたのだが、その漢文の釈文を作ったのは、私(當山)ということになる。若いとき、慶應の大学院の学生のとき、「神田本白氏文集」の総索引(漢字索引、訓点語索引)を作った。合わせて三万枚ほどのカードを手作業で作り、原稿用紙に万年筆で書いた。まだ、活版印刷の時代である。そのころは、「新楽府」をほとんどそらんじていたものである。(このとき、平安時代の写本と現代の活字、写植、これらの漢字をあつかったことが、その後の漢字への興味につながって今にいたっている。)
それはともかく、土御門殿における彰子の出産シーンは、圧巻であった。「100カメ」であった曲水の宴もよかったが、それよりも、今回の方が、な~るほど、あんなふうだったのか、と思って見ていた。(本当はどうであったか考えることは必要になるが。)
加持祈祷の様子とか、とってもリアルだった。これを見ると、もののけ、というのがこの時代には本当にいた、ということが実感できる。今のわれわれの感覚からすると、加持祈祷や、もののけをよりましにうつらせて調伏するというのは、迷信のように感じられるが、しかし、その時代の人びとにとっては、日常的な感覚として、きわめてリアルなものだったのだろう。そう思うと、例えば、『今昔物語集』の巻二七の怪異譚などが持つリアリティは、理解できる。
呪詛、対、祈祷……この勝負は、祈祷の勝ちということになった。呪詛も迫力があったが。
生まれた赤ちゃんを中宮がだきかかえて、帝にわたす、はたして実際にはどうだったろうかと思う。
大河ドラマで、女性の出産シーンはよく出てくることかと思うが、これほど本格的に描いたというのは、前例がないだろうと思う。(余計なことながら、『ちゅらさん』で、出産だけに一つの週を使って描くというのも、珍しいだろう。そして、『虎に翼』で出産シーンをカットしたのは意図的であると分かる。)
彰子の前に出るとき、まひろ/藤式部は、女房装束(十二単)の正装である。彰子の方は、比較的くつろいだ服装でいるが、おつきの女房としては正装でなければならないらしい。
『紫式部日記』を読んだのは、学生のときだった。そのころは、古い方の日本古典文学大系本だった。日本文学のなかで、『紫式部日記』の冒頭の文章は屈指の名文であると思う。視覚と聴覚が渾然一体となった情景描写は、見事というほかはない。『紫式部日記』のなかには、同僚の女房たちのこととか出てくる。著名なのは、清少納言の悪口である。さて、『紫式部日記』の成立論とも関係するのだが、このような部分をふくめて、一つのまとまった作品として出来たということになるのだろうか。ドラマで、ここをどう描くかは、次回以降のことになるようだ。『紫式部日記』は、公式の記録、ということでいいのだろうか・・・
彰子と敦康親王がすごろくをしていたシーン。背景に藤の花があったが、見るとかすかに揺れていた。あれは、扇風機で風をおくって揺らしているのだろうと、思って見ていた。「100カメ」を見てからこういうところに目がいくようになった。
貴族の邸宅における、無礼講とはあんなものだったのだろうか。ひょっとすると、もっと猥雑なシーンがあったかもしれないと想像するのは、よろしくないだろうか。
藤原公任の言った、「若紫~~」ということばは、あまりにも有名である。このときまでに少なくとも「若紫」の巻までは、『源氏物語』が書かれていたことになる。これが、一〇〇八年のこととして、二〇〇八年のときには、源氏物語千年として、日本中の多くの美術館や博物館などで、源氏物語関係の展覧会があったものである。
花山院は、奏上死(といっていいだろう)だった。
平安時代の貴族は、獣の肉をどれぐらい食べただろうか。
ひさしぶりに倫子の猫が登場していた。何代目の猫になるのだろうか。
次週以降、『源氏物語』は、「若菜」のあたりまですすむらしい。その先の話しになると、宇治十帖をふくめた源氏物語の成立論にかかわることになる。ここを、どう描くことになるだろうか。
2024年9月22日記
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