日曜美術館「大奥 美の世界」2025-08-08

2025年8月8日 當山日出夫

日曜美術館「大奥 美の世界」

この前、放送していた、「英雄たちの選択」で、大石学が学生の卒論・修論で避けるべきとされているテーマとして、忍者、新撰組、大奥、と言っていたが、なるほどそういうものなのだろうと思う。今では、新しい史料の発掘などもあるので、忍者研究は、変わってきているはずである。新撰組はどうだろうか、史料があるとしても、新撰組の歴史のなかの位置づけが大きく変わることがあるだろうか。大奥については、たぶん、これは泥沼の世界だろうから、ということかと思う。

番組のなかで出てきたのは、東京国立博物館で展示のものが中心である。これを見るかぎりであるが、大奥というのは、とてつもなくお金のかかる存在だったのだろうといことが想像される。これは、幕府にとっても財政上の負担になっていたにちがいないし、また、大奥に御台所として嫁入りする大名や公家・皇族にとっても、ものすごい負担だったはずである(たぶん、幕府の方から、援助はあったにちがいないが。)こういうのを見ると、ある意味で、徳川の幕府がつぶれるのも、いたしかたないかなあ、という気持ちになる。

研究としては、幕府の財政における大奥の意味、ということになるだろうし、また、徳川家と諸大名や京都の公家たちとの婚姻関係の歴史、ということを考えることになる。これはこれで、とても面白いことだと思うし、研究すべき価値のあることにちがいないが、かなりの沼だろうという印象はある。

ただ、私の興味関心としては、大奥に大勢の女性たちがはたらいていたのだが、その日常生活はいったいどんなものだったのだろうか、ということがある。どういう衣食住の生活だったのだろうか。無論、身分や職種によって、細かな違いがあったはずだが、その実態はどんなものなのだろうか。(これは、おそらく史料が残っていない部分かと思うが。)

余計なことかもしれないが、その女性たちの色恋の話しも、絶対に面白いものがたくさんあるはずである。江島生島だけではなく、日常的な人間関係とか、あるいは、そこの女性たちは、どんな生活の意識や感覚でいたのだろうか。(これは、もう想像するしかないけれど。)

番組を見ていて、映る品々の所蔵が、徳川記念財団、とあったので、見てみると、これは、徳川宗家のつくった公益財団法人ということである。篤姫(天璋院)、和宮(静寛院宮)の遺品を多く、受け継いでいる。

興味深かったのは、大奥で芸能を披露した、坂東美津江が明治になるまで生きていて、写真が残っていることである。その踊りの芸風は、古風で、「のんどり」というものであったらしい。「のんどり」ということばは、初めて耳にしたかと思う。

2025年8月5日記

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