「戦艦大和 パイロットたちの終戦」2025-08-08

2025年8月8日 當山日出夫

戦艦大和 パイロットたちの終戦

戦艦大和にカタパルトがついていたことは知っている。こういうことは、私の子どものころの少年漫画雑誌で図入りで解説があった。だが、その飛行機が何のために搭載されているのか、ということはあんまり考えたことがなかった。

46センチ砲は、40キロ以上の射程がある。水平線の向こうである。これを、いくら双眼鏡で見ようとしても、無理である。着弾地点を確認するためには、飛行機が必要ということになる。ここまでは、分かることである。

水平線の向こうの敵艦を、測距儀でとらえることはできないことになるし、また、この時代では、日本の技術では、電探……レーダーであるが……も、実戦につかえるレベルではなかったらしいということは、言われている。

空母と飛行機が主流となった太平洋戦争において、戦艦大和の巨艦主義は、あきらかに時代遅れであった。ピラミッド、万里の長城、戦艦大和……とは、誰が言い始めたことなのだろうか。

46センチ砲の着弾の観測のために飛行機があったとしても、その護衛のための戦闘機がついていなければならないはずだが、これが必要になるという発想がなかったらしい。水上に着水するためのフロートをつけた飛行機は、速度が遅く機敏に動くことができない。これでは、敵のグラマンに見つかったら、簡単に打ち落とされてしまう。それにしても、米軍機がフロートをつけた日本の飛行機を撃墜する場面のカラー映像が残っていたということは、おどろきである。

戦艦大和の最後の出撃については、かなりの証言が残っている。これも、吉田満のような立場(学徒兵で、主計少尉)と、兵や下士官といった立場とでは、おのずと語ることの内容も違ってくる。どれが正しいということではないと思う。そして、多くの生還者が、あまり多くのことを語りたがらなかったということも、また、重要なことであるにちがいない。

沖縄への特攻出撃の後、生還者がそろって集合写真をとっていたということなのだが、ここで集まった人たちは、いったいどんな思いだったのだろうか。

2025年8月4日記

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