BSスペシャル「ゾウが来る スリランカ 人間と野生の衝突」 ― 2025-10-16
2025年10月16日 當山日出夫
BSスペシャル ゾウが来る スリランカ 人間と野生の衝突
いろいろと興味深いことが語られていたし、また、語っていないこととして気になることがいくつかあった。番組の趣旨としては、野生動物と人間社会の共存の問題、ということで作ってあるあると思うのだが、見ながらいろんなことを考える。
まず、スリランカでゾウを殺すと、非常に重い犯罪である、ということがある。これは、この地域での、ゾウと人間との長い歴史があってのことである。うっかりゾウを殺してしまうと、農民の年収以上の罰金か、刑務所か、ということになる。だから、ゾウに殺される人間が多くいるからといって、単純に、それを駆除すればいい、ということにはならない。この観点では、一般的な、野生動物の保護とは違ったことになるだろう。
村をゾウから守るとしても、専用の爆竹で大きな音をたてておいはらうだけである。職員が持っているショットガンは、ゴム弾であり、撃つとしてもゾウの足である。殺してはならない。村を守るには、せいぜい電気柵を設置するぐらいである。
私が見ていて興味深かったのは、殺されたゾウのこと。急所を狙って一発でしとめたということなのだが、これが出来るということは、ゾウを銃で撃つことにたけた人間がいて、その熟練の技術と銃がある、ということである。いったいどこで、このような技術を身につけたのだろうか。
スリランカの森林地帯を切り拓いて、農地にした。人口が増えたことへの対応であり、それには、日本からもODAで資金がはいっている。
では、広大なかつてのジャングルであった地域は、今は、どうなっているのだろうか。テレビに映っていたのは、水田だけだったが、全部が水田になったということではないだろう。番組の中で言っていたこととしては、バナナ農園が出来ている。だが、バナナの農園については、取材しなかったようである。あるいは、できなかったのか。お米を食べにやってくるゾウが、バナナを食べにやってこないはずはないと思うのだが。
推測で書くことになるのだが……スリランカのバナナの農園は、どのように栽培、経営されているのだろうか。ひょっとすると、バナナの農園では、村とは異なるもっと強力な電気柵が設置されていたりするのかもしれない。ゾウが死ぬこともあるのだろうか。場合によると、警備の人が銃で撃つこともあるのだろうか。……さて、どうなのだろうか。これが、単なる想像であればいいとは思うのだが、しかし、番組を見ていると、どうしてもこういうことが気になってくる。
スリランカでのこととなると、どうしても上記のようなことを思ってしまうことになる。もし、そうではない、ということなら、切り拓いたジャングルが、現在はどのように利用されているのか、実態について、取材して触れておくべきだっただろう。そこでどんな作物が作られ、どんな人が働いているのか、ゾウに対しては、それぞれに、どのような防御策を講じているのか。このことについて、まったく触れないというのは、何か映しては困ることがあるのでは、と勘ぐることになってしまうのであるが。考えすぎかもしれないとは思うのだが。
もちろん、スリランカが経済的に破綻した国家となったのは、中国の経済的な侵略政策のせいである。だが、この番組では、中国のことはまったく出てきていなかった。周知のことなので、言うまでもないという判断だったのだろうか。
2025年10月12日記
BSスペシャル ゾウが来る スリランカ 人間と野生の衝突
いろいろと興味深いことが語られていたし、また、語っていないこととして気になることがいくつかあった。番組の趣旨としては、野生動物と人間社会の共存の問題、ということで作ってあるあると思うのだが、見ながらいろんなことを考える。
まず、スリランカでゾウを殺すと、非常に重い犯罪である、ということがある。これは、この地域での、ゾウと人間との長い歴史があってのことである。うっかりゾウを殺してしまうと、農民の年収以上の罰金か、刑務所か、ということになる。だから、ゾウに殺される人間が多くいるからといって、単純に、それを駆除すればいい、ということにはならない。この観点では、一般的な、野生動物の保護とは違ったことになるだろう。
村をゾウから守るとしても、専用の爆竹で大きな音をたてておいはらうだけである。職員が持っているショットガンは、ゴム弾であり、撃つとしてもゾウの足である。殺してはならない。村を守るには、せいぜい電気柵を設置するぐらいである。
私が見ていて興味深かったのは、殺されたゾウのこと。急所を狙って一発でしとめたということなのだが、これが出来るということは、ゾウを銃で撃つことにたけた人間がいて、その熟練の技術と銃がある、ということである。いったいどこで、このような技術を身につけたのだろうか。
スリランカの森林地帯を切り拓いて、農地にした。人口が増えたことへの対応であり、それには、日本からもODAで資金がはいっている。
では、広大なかつてのジャングルであった地域は、今は、どうなっているのだろうか。テレビに映っていたのは、水田だけだったが、全部が水田になったということではないだろう。番組の中で言っていたこととしては、バナナ農園が出来ている。だが、バナナの農園については、取材しなかったようである。あるいは、できなかったのか。お米を食べにやってくるゾウが、バナナを食べにやってこないはずはないと思うのだが。
推測で書くことになるのだが……スリランカのバナナの農園は、どのように栽培、経営されているのだろうか。ひょっとすると、バナナの農園では、村とは異なるもっと強力な電気柵が設置されていたりするのかもしれない。ゾウが死ぬこともあるのだろうか。場合によると、警備の人が銃で撃つこともあるのだろうか。……さて、どうなのだろうか。これが、単なる想像であればいいとは思うのだが、しかし、番組を見ていると、どうしてもこういうことが気になってくる。
スリランカでのこととなると、どうしても上記のようなことを思ってしまうことになる。もし、そうではない、ということなら、切り拓いたジャングルが、現在はどのように利用されているのか、実態について、取材して触れておくべきだっただろう。そこでどんな作物が作られ、どんな人が働いているのか、ゾウに対しては、それぞれに、どのような防御策を講じているのか。このことについて、まったく触れないというのは、何か映しては困ることがあるのでは、と勘ぐることになってしまうのであるが。考えすぎかもしれないとは思うのだが。
もちろん、スリランカが経済的に破綻した国家となったのは、中国の経済的な侵略政策のせいである。だが、この番組では、中国のことはまったく出てきていなかった。周知のことなので、言うまでもないという判断だったのだろうか。
2025年10月12日記
ドキュメント20min.「ニライカナイへの旅」 ― 2025-10-16
2025年10月16日 當山日出夫
ドキュメント20min. ニライカナイへの旅
大学で勉強したのが、慶應義塾大学文学部の国文科である。今から、半世紀ほど前のことになる。この時代だから、当然のように、折口信夫や柳田国男は読んできた。無論、ニライカナイ、ということばは、学生のときに憶えた。このことばは、折口信夫について考えるとき、きわめて重要なキーワードである。
海の向こうにある異界、といっていいだろう。
だから、今の時代にあっては、むしろ私のような人間の方が、ニライカナイということばについて、ある意味でかたよった考え方をしているのかもしれない。
この番組では、ニライカナイ、ということばで作ってあったが、一般的には、メメントモリ、というべきかもしれない。私が気に入っている訳語は、汝の死を想え、である。このことばを憶えたのは、学生のときに読んだ、藤原新也の著作においてである。
メメントモリの感覚が、日常生活の中にある……これが、今、もとめられていることなのだろう。その想うことの内実は、人それぞれ、あるいは、世代や地域の風習によって違っていてもいいのであるが。
2025年10月5日記
ドキュメント20min. ニライカナイへの旅
大学で勉強したのが、慶應義塾大学文学部の国文科である。今から、半世紀ほど前のことになる。この時代だから、当然のように、折口信夫や柳田国男は読んできた。無論、ニライカナイ、ということばは、学生のときに憶えた。このことばは、折口信夫について考えるとき、きわめて重要なキーワードである。
海の向こうにある異界、といっていいだろう。
だから、今の時代にあっては、むしろ私のような人間の方が、ニライカナイということばについて、ある意味でかたよった考え方をしているのかもしれない。
この番組では、ニライカナイ、ということばで作ってあったが、一般的には、メメントモリ、というべきかもしれない。私が気に入っている訳語は、汝の死を想え、である。このことばを憶えたのは、学生のときに読んだ、藤原新也の著作においてである。
メメントモリの感覚が、日常生活の中にある……これが、今、もとめられていることなのだろう。その想うことの内実は、人それぞれ、あるいは、世代や地域の風習によって違っていてもいいのであるが。
2025年10月5日記
ブラタモリ「「長野・上高地」奇跡の山岳リゾートの謎」 ― 2025-10-16
2025年10月16日 當山日出夫
ブラタモリ 「長野・上高地」奇跡の山岳リゾートの謎
上高地の二回目である。
見ていて一番興味深かったのは、風穴。自然の冷蔵庫といっていいのだろうが、ここで、蚕の卵を冷蔵保存する。そのことによって、孵化の時期をコントロールして、年間を通じての養蚕ができるようになる。近代の日本の養蚕業にとって、蚕の卵の冷蔵保存というのは、非常に重要な施設であり、技術であった、ということになる。
そのための道として、松本から道路が整備され、トンネルも作った。それが、結果的に上高地の山岳リゾートにつながった。
では、このような、蚕の卵の冷蔵の設備は、全国にどれぐらいあったのだろうか。それらと、養蚕業と、製糸業と、輸出業と、どのように関連していたのか。今でいう、ロジスティックスは、どうだったのだろうか。こういう観点から、日本の近代の養蚕や製糸業の歴史は、どのように研究されているのだろうか。
また、上高地が、もともとは山岳信仰の霊地であったということは、そうだろうと思うことである。古くからの山岳信仰をけずって出来上がったのが、近代の日本の登山であったし、そこには、明治になってからやってきた外国人のはたらきがあったことになる。
どうでもいいことだが、私が中学生のときの担任の先生は、社会科の先生だったが、登山をする人でもあった。戦後の日本で、登山がブームだった時代がある。「いつかある日」の歌は中学生のときに憶えた歌である。もう今では、この歌を知っている人も少なくなったかもしれない。
2025年10月12日記
ブラタモリ 「長野・上高地」奇跡の山岳リゾートの謎
上高地の二回目である。
見ていて一番興味深かったのは、風穴。自然の冷蔵庫といっていいのだろうが、ここで、蚕の卵を冷蔵保存する。そのことによって、孵化の時期をコントロールして、年間を通じての養蚕ができるようになる。近代の日本の養蚕業にとって、蚕の卵の冷蔵保存というのは、非常に重要な施設であり、技術であった、ということになる。
そのための道として、松本から道路が整備され、トンネルも作った。それが、結果的に上高地の山岳リゾートにつながった。
では、このような、蚕の卵の冷蔵の設備は、全国にどれぐらいあったのだろうか。それらと、養蚕業と、製糸業と、輸出業と、どのように関連していたのか。今でいう、ロジスティックスは、どうだったのだろうか。こういう観点から、日本の近代の養蚕や製糸業の歴史は、どのように研究されているのだろうか。
また、上高地が、もともとは山岳信仰の霊地であったということは、そうだろうと思うことである。古くからの山岳信仰をけずって出来上がったのが、近代の日本の登山であったし、そこには、明治になってからやってきた外国人のはたらきがあったことになる。
どうでもいいことだが、私が中学生のときの担任の先生は、社会科の先生だったが、登山をする人でもあった。戦後の日本で、登山がブームだった時代がある。「いつかある日」の歌は中学生のときに憶えた歌である。もう今では、この歌を知っている人も少なくなったかもしれない。
2025年10月12日記
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