『風、薫る』「翼と刀」2026-04-05

2026年4月5日 當山日出夫

第一週を見て思うことは、いろいろとある。

評価する視点から見るならば、スタッフは頑張っているな、と感じるところがある。単純にであるが、画面に映っているものの数が多いのは、それだけ小道具やセットなど、頑張っているということなので、それは伝わってくる。

しかし、最初の週のストーリーの展開を見ていると、いろいろと疑問に思うところがある。

大関和がモデルということになっている。特に史実がどうこうということは、フィクションであるドラマについてあまり言いたくはない。ただ、明治の初めごろの時代設定のドラマとして、説得力があるかどうか、ということは問題である。

父親(信右衛門)が、藩の家老を辞めて、農業をしている。この設定はいいとしても、その経緯がどうかなと思う。戊辰戦争のときに、明治の新政府の側にたつことになった。その結果、藩は戦禍を逃れた。しかし、殿様は切腹した。徳川の御公儀への忠誠がかなわかったからという。こういう事例が、明治維新のときに、どれぐらいあったのだろうか。そして、それをきっかけに一ノ瀬の家が、代々の家老であったものが、百姓になった。今の視点からは、いさぎよく責任をとったということになるようなのだが、その頃の士族としては、簡単に百姓になってしまうというのは、責任放棄のようなものかとも思える。

その後の廃藩置県、秩禄処分の結果、藩とその武士たちがどうなったか、ということが大事なのだが、そこを描いていない。これは、見ようによっては、秩禄処分の前に、抜け駆け的に、領地をかすめ取って自分のものにした、うまいことたちまわって維新のどさくさにまぎれて、火事場泥棒をやってのけた、といえなくもない。(結果的にこのように見えることは確かだろう。少なくとも、松江の松野家のように、ウサギ長者の夢を見るということはなかった。)

さらには、明治維新とほぼ同時に百姓になって自前の土地を手に入れていたということは、場合によっては、地租改正によって大きな影響をうけたはずだが、こういうことはスルーしてある。(この程度のことは、高校レベルの日本史の知識だと思うのだが、ドラマの制作のスタッフには、こういうことも欠如しているのか、あるいは、視聴者をバカにしているのか。)

一ノ瀬の家が那須で耕している農地は、どういう経緯で一ノ瀬家のものになったのか、また、それはどの程度の規模だったのか、このあたりを、ごまかしているように思える。百姓=貧乏で無知、というステレオタイプが基本にあるかと感じる。この時代としては、地域の庄屋などは、裕福であり、知的で教養もあった、時代の流れを見る目もあった、こう考えることもあっていいだろう。たとえば、『夜明け前』の青山半蔵など。

実際にドラマの中で使われている家の様子としては、かなり裕福な暮らしの農家という印象である。畳を敷いた座敷がある。それが、ちょっと世の中が不景気になったからといって、信右衛門が死んだとしても、突然の貧乏ぐらしというのは、どうかなと思う。まだ、耕す土地(田畑)は持っているようである。

本当に貧乏暮らしの農家だったのなら、もうちょっと別の描き方であった方がいいだろう。妻(美津、りんの母)に農作業をまったくさせないでいて、しかし、娘の二人(りんと安)には農作業をさせているというのも、なんだか変である。

父親が武士を捨てて農家となった。それでも、娘たちには学問をしろという。りんと安は、双六で遊んだりもしている。しかし、この家に下男や下女、それから、農業の小作人はいないらしい。

信右衛門は、明治のこのころとしては、非常に開明的で、啓蒙的で、さらには個人主義的、とでもいうべき思想の持ち主であったことは分かるとしても、では、どのようなことがあって、そう考えるようになったのか、ということが説得力を持って描かれているとは思えない。この週の新右衛門の思想が、おそらくは、将来のりんの生き方に大きな影響を与えることになるだろうと思えるのだが、それにしては、描写が雑である。(例えば、家の中に、『論語』だけではなく、『学問のすゝめ』があってもいいかなと思ったりもするが。)

ささいなことかもしれないが、農家で、家の中の囲炉裏のどこに座るかというのは、重要な意味がある。ここで、母親のとなりに娘二人が並んでいるというのは、いかにも現代的であるのだが、この時代の農村の家の中としては、不自然である。ここも、一ノ瀬の家が、そういう古い因習にとらわれない家である、ということなら、それでいいのだが、ドラマとして、そこまで考えて作ってあるようにも感じられない。

藩の家老であった武士が、いきなり農業ができるというのは、ある意味で、農業というのをバカにした話であると思うが、どうだろうか。刀を鍬に持ち替えただけでは、農業はできない。それなりの知識や技術が必要だったはずである。(それは現代でもそうである。)明治になって武士の商法が多く挫折したように、武士の農業もうまくはいかなかっただろう。北海道にわたって屯田兵にでもなったなら別だったかもしれないが。でなければ、身分的には農民クラスであっても、土地の所有者(地主)として、農作業はせずにくらすだけのことだったらできただろう。

一ノ瀬の一家が、上級の武士から農民になって、誰から農業の技術や知識を学んだのか、まったく出てこないというのは、かなり無理がある。

コレラが流行って、それへの対応が、避病院に隔離するということであったのは、それでいいだろうと思うが、その前提としての、この時代の那須の村での医療がどんなだったかが、まったく出てきていない。科白の中で、避病院は普通の病院と違って、と言っていたのだが、この頃の那須の村に、そもそも普通の病院があったのだろうか、これがまず疑問である。医者はいたかもしれないが。

安の縁談ということで、母の美津と安が東京に二人で行く。この時代の縁談だったら、書面のやりとりだけで、ことがはこぶのが普通かと思っているのだが、無理に東京に行った理由が分からない。おじさんのところでお金の工面をしていること、直美と一ノ瀬の美津と安との出会い、村に帰ろうとしてもコレラのせいではいれない……ということにしたかったからかと思うが、だからといって、那須から東京まで、母と娘の二人で、縁談と金策のために、行くだろうか。まあ、父親の信右衛門が金策などに無関心ということではあるにしても。

明治になって没落士族の悲哀ということでは、『ばけばけ』で描いていたことなので、それとはかぶらないようにということはあったとしても、それにしても、工夫して説得力があるように作ったとは感じられない。

大山捨松は、日本の看護の歴史で重要な役割をはたすので、登場することはいいとしても、那須まで、大山巌と捨松が馬車でやってきて、そこで、りんとぶつかってケガをさせて……という流れは、あまりにも、都合がよすぎる。別に、この時点で、無理に、りんと捨松が出会っている必要はないと思える。むしろ、ドラマの設定の不自然さが目立つことになっている。

まだ第一週だからということもあるが、看護の話しをするのに、医療の制度や医学のことがまったく出てきていないというのも、なんとなく気になる。この時代だったら、コレラ患者に対して検疫官が出てくることもあったとしても、まずは、警察官の出番だったかと思うが(管轄としては内務省になるだろうか)、このあたりのことを、かなり軽く描いているという印象がある。

また、村の古くからの因習ということもあったにはちがいないが、これもどこまでリアルに描くかは、難しいかもしれない。結局、無知な農民、というステレオタイプで終わることになりそうである。

朝のドラマだから、コレラの症状の具体的な描写は避けたのだろうと思うとしても、しかし、これを避けていては、看護の仕事が賎業とされた時代の感覚と、その中で看護の仕事に従事することになる、りんたちの気持ちを描くことは難しいのではないかと感じる。

コレラが流行ったということで、人通りのたえた村の中というのは、どうしても、近年のCOVID-19パンデミック(2020~2023)のことを想起することになる。ここを、どれぐらいリアルに描くかは難しことかとは思う。ただ、コレラが感染症という認識があったとしても、それで、人びとがどう行動したのかということは、歴史的には、また別の問題だと思うが。基本は、感染症のメカニズムについての知識ということになると思うが。(感染症についての、科学的な知識の普及ということでは、今の日本でも大きな問題でありつづけている。)

なお、ドラマの時代は、明治15年(1882年)であるが、コッホがコレラ菌を発見した(厳密には再発見)のは、その翌年の1883年のことである。

これからこのドラマがどういう方向に展開していくかは分からないが、「正しさ」とか「間違う」とか、ということを、あまり強く主張することは、どうだろうかと思っている。

そうはいっても、時代の流れの中で先駆的な仕事を達成した人物というのは、どこか普通の人とは違ったところ、破天荒なところがあっていい。そういうずば抜けた人物を描きながらも、同時に、それに共感する人もいれば、逆に、時代のなかで普通に生活していたいと思う人もいる、そして、そこで交錯する、いろんな喜怒哀楽の感情を、その時代の日常生活の描写の中で、どれだけ説得力のあるものとして描けるか、ということになるかと思っている。

その他、直美のこととか、占い師のこととか、気になるところはいっぱいあるが、これからの展開を見てのこととしたい。

第一週を見て思うことは、確認になるが、農業の仕事をきちんと描けないでいて、看護婦の仕事が描けるとは思えない……さあ、これからどうなるだろうか。

2026年4月4日記

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