『豊臣兄弟!』「疑惑の花嫁」 ― 2026-04-06
2026年4月6日 當山日出夫
『豊臣兄弟!』「疑惑の花嫁」
この回は、小一郎と慶のことがメインだった。面白いともいえるし、また、この時代にこんなふうに考えることがあっただろうかと、思うところもある。
敵か味方かということは、確かに感じるところであったにはちがいない。だが、戦乱の時代にあって、その流れの中で生きているという女性という視点……こういう視点の設定自体が非常に現代的ではあるのだが……では、慶のような感情というのは、どれぐらい説得力があるだろうか。
戦国時代の、敵・味方という考え方もあるし、また、調略ということもある。自分の一族の生き残りのためには、主君を裏切ってもかまわなかった時代といってもいいのだろう。そして、これは、身分の上下、社会的階層によっても、いろいろと違っただろう。では、慶の帰属意識というのは、どんなものなのだろうか。
見ていて、木之下のファミリーの女性たち……寧々や藤吉郎の家族の女性たち……の考え方と、慶のそれとは、どうも違っているように感じる。そのように作ってあるからなのだが。また、これは、お市の考えるところとも、違っている。
こういうことが、この時代の、そういう立場の女性だったら、そんなふうに思うだろうなあ、と共感できるかというと、必ずしもそうではないところがある。このあたりのことは、とにかく史料がないし、また、文学作品などでも描かれていない、『源氏物語』や『平家物語』などのような作品がない、ということも、分かりにくくしている要因かとも思う。
だが、ビジュアルとして見ると、慶は、非常に魅力的な女性に作ってある。吉岡里帆が、こういう雰囲気を出すというのは、これはとてもいい。
これから、慶が、このドラマの中でどんな存在になっていくのか気になるが、今のところ、寧々などの藤吉郎ファミリーの女性たちとは、異質なところが目立つ。
信長が、将軍義昭と、茶を飲むシーン。鎧をきたままで茶を飲んだということが、史料の裏付けがあるのなら、それはいいかと思うが、しかし、普通は鎧を脱いで、そういう世俗的なものから脱したところに、茶というものがあると考えるべきだろう。いや、そういうのは、千利休以降のイメージだといえば、そうかなとも思うのだが。
義昭の気持ちも分からなくはないが、日本刀で、庭の石に切りつけるのは、どうなのだろうか。これは、単純に危ないと思ってしまう。(どうせなら、裂帛の気合いで、庭の石を一刀両断ということでもいいのだが。)
信長と浅井の関係、浅井と浅倉の関係、この行く末がどうなるかは、歴史の結果としては分かっていることだが、それにいたる人物の心の動きが、今ひとつ説得力がない。この脚本では、信長と浅井との相撲ということで、戦国ドラマの新機軸を出したということかもしれないが、私は、見ていてあまり面白いとは思わなかった。一緒に相撲をとったから、仲よくなったというのは、ちょっと単純すぎやしないか。
次週、いよいよ、秀吉の名が戦国史に残る、金ヶ崎からの撤退戦である。このときに、秀吉と、小一郎と、どう働くことになるのか、楽しみでもあるし、あまり期待しないところでもある。
2026年4月5日記
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