『風、薫る』「私たちのソサイエティ」2026-04-26

2026年4月26日 當山日出夫

『風、薫る』「私たちのソサイエティ」

社会、Society、ということを描きたいなら(それがすぐには実現しない理想のものだとしても)、そのことばを、登場人物の台詞として使わないで描くのが、ドラマであり、脚本家の仕事だと思う。この脚本は、その基本のことを知らないか、放棄したかである。

このドラマを見ていて、役者さんたちはいい演技をしていると思うし、セットや小道具などのスタッフも頑張っていることは感じられるのだが、しかし、脚本がまったくダメである。いったい、どういうことを表現したいのか、さっぱり分からない。何より見ていて、面白いと思う部分がない。

脚本は、いったい何を描きたいのだろうか。

おそらくは、自分探しの物語、社会のロールモデルからドロップアウトした人たちに手をさしのべる物語……ということなのかと思って見ているのだが、それを意図しているとしたら、まったく下手としかいいようがない。

まず、明治の初めのころ、現代的な自分探しの感覚があったかどうか、そもそものところから疑問である。明治になって、社会が混乱して、その混乱はいろんな階層の人びとの、いろんな部分におよんで、非常に多様性があった(これは、混乱といえば混乱なのだが)が、あった時代というのが、一般的なイメージだろう。

女性の生き方としても、奥様、あるいは、淑女になるのがあがりであるというのは、双六のゲームの中ではありえたことかと思うが、現実の世の中はもっと多様である。人生ゲームで億万長者になれることがあるからといって、現代で、億万長者になれない人間がすべて敗残者ではないだろう。そんなことは当たり前である。大部分の人間は億万長者にはなれない。それでも、日々の生活の中で、喜怒哀楽があり、希望があり、時として絶望があり、人間とはこういうもの、人生とはこういうもの、世の中とはこういうもの、という感覚を積み重ねながら生きていくものだろう。人びとの生活の感覚の多様性に、どこかでうったえるところがない、ただ主人公の生き方を肯定するだけ、ということでは、多くの視聴者の共感を得ることはむずかしい。

りんと直美は、貧民窟で炊き出しをしていて、体調を崩した男の子の介抱をする。それが、大山捨松の目にとまって、ナースにならないかと、声をかけられる。まあ、ドラマだから、どんな偶然があってもいいとは思う。しかし、ここで描かれたことが、ナースの素質に結びつくものかどうかは、おおいに疑問である。

広くいえば、惻隠の情、ということになるのだが、これは、別に体調を崩した子どもを対象にするということには限らないはずである。いや、目の前の困っている人に手をさしのべるということなら、もっと別の状況で、さまざまにあることだと思える。状況の設定が、あまりに都合がよすぎるし、強引な筋のはこびであると感じてしまう。

そうはいっても、もう今の時代では、貧民窟ということがイメージできないかとも思う。だが、『最暗黒の東京』(松原岩五郎)、『日本の下層社会』(横山源之助)など、読もうと思えば、今では文庫本で手軽に読める。また、NHKが以前多くの作品をドラマ化した宮尾登美子の『櫂』は、高知の事例だが、社会の最下層の人びとの生活が描いてある。(もう、今の時代では、ドラマ制作のスタッフは、こんな本は読まないのだろうか。)

捨松は、きれいな水を持ってきて、と言っていたが、東京の貧民窟では、日常生活で綺麗な水が容易にあるということではなかった、まず、こういうことの知識と想像力が必要かと思うのだが、今の時代のドラマのスタッフには、完全に欠如しているとしかいいようがない。

那須の奥田の家に環が連れ去られて、りんは追いかける。結局、夫とは離縁することになり、環をつれて東京にもどる。やっと正式に離縁したということになる。

これも、この時代であれば、親のいない子どもは多くあったろうし(現に直美がその設定である)、現代のように両親がそろって子どもがいて、という家庭観が定着するのは、近代になってもっと後のことである。おおざっぱにいえば、封建的な家の枠組みが崩壊して、近代的な家庭(親と子どもから構成される)になっていくのは、ドラマの時代よりもずっと後のことであり、さらに戦後になってからのことであるともいえる。それが、今では、その家庭も、個人の自由を束縛するものとして忌避されているのが、現代の姿である。一昔前の家庭観を、はるか前の明治のはじめの時代に投影して、こうでなければならないというロールモデルとして描くのは、歴史の常識があれば、無謀なことだと分かることである。

両親がそろっていて、子どもがいて、という家庭の姿を、あるべきロールモデルとして、母親であり妻であることを奥様として規範化する……こういうことを、まったく否定するものではないけれども、だからといって、それからはずれた人が、それだけで社会からはじき出された存在としてしまうには、無理がある。そういう人たちの自分探しのドラマとして、明治のナースの世界を描くのは、賛成できない。

この時代に社会という概念は、まだ無理だろう。Societyの訳語として定着することになることばではあるが、りんが卯三郎に語ったような意味で、社会ということばをつかうようになるのは、常識的に考えるならば、はやくても大正時代以降のことかと思われる。(近代的な国民国家としての日本ということが意識されてから、具体的には、普通選挙運動ということで考えるべきだろうか。)

とにかく、りんの思考回路がよく分からない。りんはことあるごとに、環を女学校に行かせたいという。だが、明治の鹿鳴館の時代に、女の子が女学校に行くというのは、まだまだかなりレアなケースであったはずである。それより前に、小学校にちゃんと行けるかどうか、だと思えるのだが、ドラマの中では、小学校に行くことを当たり前のこととしているのか、一言もふれていない。このあたりも、時代についての感覚がどうかしている。

りんは、自分の人生を間違ったと思っているようである。これも、理解に苦しむ。明治維新があって、主席家老の家の娘であっても、秩禄処分の結果として没落士族ということになっただろうし、農家として生きていくこともできたはずだがそれは放棄している(このドラマでは、農家の仕事をきちんと描こうとしていない)、運送業の商家の妻であったとしても、どういう生活だったかさっぱり分からない。ただ、夫の酒癖が悪かった、ということだけしか出てきていない。とにかく、りんが自分が間違ったと思うには、ドラマの筋として説得力がないのである。

とにかく、りんの考えることの筋道に共感できない。それに賛成できるかどうかではなく、こんなふうに考えることが、よく分からないのである。

直美が、勝手に片思いしていた海軍士官は詐欺師であった。これは、こういう筋のドラマということでいいとして、これで、ドラマが面白くなったとは感じられない。

詐欺師として、海軍士官に化けて、鹿鳴館のメイドと仲よくなって、ということで、鹿鳴館に集まる貴婦人たちに近づこうというのだったが、さて、これは詐欺の手口として、どうだろうか。あまり、上手とはいえないように思える。海軍少将に用事があってということで、鹿鳴館にやってきて、直美が中に入れてやることになっていたが、これは、リスクが大きすぎる。このとき、鹿鳴館に、海軍関係者がいたらどうなったか分からない。こういうところは、脚本の想像力の欠如としかいいようがない。

それから、ここで(詐欺師として)海軍さんを出してきてしまったことで、これから先の日清戦争での従軍看護婦の仕事をどう描くことになるのか、非常な制約が生まれたことになると感じる。(あるいは、日清戦争のときのことまで計算にいれて、ここで偽物とはいえ海軍さんを出してきたということなのだろうか。)

直美は、自分探し、幸せ探し、をしていることは確かに分かる脚本になっているのだが、それが、ナースの仕事につながることには、無理があるというか、飛躍があるという印象がどうしてもある。

また、りんは、ナースについて偏見を持っていたと言っていたが、しかし、そもそも、この時代にナースという仕事が日本にはなかったので(だから大山捨松が作ろうとした)、偏見も何も持ちようがないというのが、実際のところだったと思える。

病人の看護をする仕事は、卑しい仕事と思われていたということは那須のコレラのときに描かれていたが、これだけでは説得力がない。まずは、この時代の人びとの医療や公衆衛生についての知識(いや、公衆衛生という概念はまだ無かったかと思うが)であり、医療と医者の制度、病院や医学校のことが重要かと思われるのだが、これまで、これらのことがまったく出てきていない。こういうことは、これからの看護の学校や、病院でのことを通じて描くということなのかと思うが、それでは、ドラマの構成として、かなり無理があると思える。

史実に忠実である必要はないと思っている。りんも直美も、たまたまナースになったということでいい。しかし、その前段階として、それぞれが、どのような人間であったかということは重要である。そして、ナースになり、仕事をしていく中で、どう成長していくのか、という物語であってほしい。そう思ってみると、これまでのりんと直美の人生の描き方は、非常に雑であり、どういう人間なのか理解に苦しむところがあるし、またナースになる人間的な素質があったようにも感じられない。

ささいなことかとも思うが、美津が、ウソの縁談話として、横浜の老舗の造り酒屋の、と言っていたが、これはおかしいと思う。横浜は、幕末に開港されたところだが、それまではひなびた海辺の寒村だったことは知られている。つまり、老舗の造り酒屋など、あったはずがない。明治のこのころはには、ハイカラな街だったかもしれないが。こういうところを見ると、このドラマの作者の歴史的な想像力の貧困ということを感じてしまうことになる。

次週から看護の学校ということになるようだが、二人は、成長するのだろうか。

2026年4月25日記

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