『豊臣兄弟!』「覚悟の比叡山」2026-04-27

2026年4月27日 當山日出夫

『豊臣兄弟!』「覚悟の比叡山」

このドラマは、どういう「太閤記」を描き、戦国時代を描こうとしているのは、どうも方針がさだまっていない。また、武士(農民に対して)がどういう存在であるのかも、定見がない。

藤吉郎は、戦国時代の武士として冷酷な武人としての面をもった人物であった。こういうことで、このドラマの初回は作ってあったはずである。それに対して、交渉でものごとを進めようとするのが、小一郎であった。ドラマは、こういう二人の性格の違い、考え方の違いがあって、天下をとるところまで、お互いに協力していくのかと、思っていたのだが、どうもそうなっていない。

これまでのところ、ドラマの中では、二人がそろって、信長の前で叫ぶ以上のことをしているとは思えない。それにしても、このドラマでは、信長の前で、突然登場して叫んでばかりなのだろうか。

宮部の調略にしても、比叡山の攻撃にしても、そこで、判断の分かれるところがあり、葛藤があってということになっている。従来の「太閤記」ならば、これを、藤吉郎の一人のことで描いていたかと思う部分を、二人で描いている。しかし、二人の深刻な意見の対立があって、そこを、乗り越えて、なんとか解決策を見出して、納得することがあって、次にすすむ……こうはなっていない。別に、このドラマで、弟の小一郎が登場人物として、存在しなくても、十分に「太閤記」としてなりたっているとしか思えない。

比叡山の焼き討ちは、(最近の歴史学ではどう考えるのかとは思うが)仏教勢力との対立、殲滅、ということかと思うが、ドラマでは、非戦闘員を殺傷したということの、非人道性ということであつかってあった。最近の世の中の情勢を見ると、こういうふうに戦国の合戦を描くのも、一つの方針かとは思う。

しかし、前回の姉川の合戦では、戦闘員(武士)であっても、殲滅戦を戦うことは悲劇的であるということだったので、どうも、ドラマとして一貫性がないようにも思える。

この時代の合戦で、非戦闘員の殺傷(現代風にいえばであるが)ということは、どう考えられていたのだろうか。

宮部の調略ということも、ドラマの流れとしては不自然である。人質を要求されて、藤吉郎や小一郎は煩悶することになるのだが、こういうことは、戦国の世のならいであって、今になって、我が身のことになったからといって、大きく動揺するということではないはずである。

調略するために、藤吉郎と小一郎がそろって宮部のところに、百姓に変装していくというのも、見ていてコントでしかない。このあたりは、戦国時代の調略とはどういうことだったのか、ということについて、これまでまともに考えていなかったということである。調略する側、される側の、さまざまなかけひきが、その後のことまでふくめて、総合的に考えて、ドラマの中で描かれてきているとは感じられない。

また、この時代の百姓はどんなものだったのか。もう、ドラマの中で、農村の風景が出なくなった。ここは、農村で百姓をしている人たちがどんなふうにこの時代を生きていたのか、領主との関係はどんなであったのか、その中で武士という存在はなんであるのか、こういう総合的に見る視点を失っている。ただ、台詞の中に百姓と言っているだけである。ドラマとしては、生まれ育った中村の村の百姓を、登場人物として残しておいて、その視点から、この時代の流れを見るということがあってもいいだろう。歴史を見る複数の視点の設定ということは、近年の歴史学の研究成果を反映するということでも、むしろ効果的であると思える。

調略にあたって、人質を身内から差し出す側の気持ちを描いたということが、この回の新趣向だったかもしれない。であるならば、中村の村の百姓の視点から戦国乱世から天下統一への流れを見る視点を確保しておくべきだったと思える。

2026年4月26日記

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