『風、薫る』「集いし者たち」2026-05-03

2026年5月3日 當山日出夫

『風、薫る』「集いし者たち」

この週について、良かったと感じたことがある。それは、看護婦の学校の寮で、ランプの掃除をするシーンがあったことである。明治のこのころだったら、夜の灯りとしてランプが利用されていただろうとは思うが、その日常の手入れは面倒である。すすが付着するので、頻繁に、分解してガラスの内側を掃除しないといけない。この場合、手の小さい女性、さらには、子どもの手が、便利であったことになる。こういうことは、戦前までは多くの地域で、一部では戦後になってからも、残っていたことなのだが、今では、すっかり忘れられてしまっている。

明治の時代を描くならば、それまでの蝋燭や行灯などによっていた夜の灯りが、ランプになり、あるいは、アーク灯があって、ということの生活の感覚の変化が重要かと思う。ドラマの中でアーク灯は、文明開化の東京として映っていたかと思うのだが、それよりも、人びとの日常の感覚としては、ランプの使用ということがあっただろう。

直美のことが、どうしても理解できない。

金曜日の回で、直美は、神様を信じていないと言っていた。教会で育った孤児である。しかし、神様は、家も、結婚も、お金も、アメリカ行きも、かなえてはくれなかった、と言っていた。

これには、私は、強烈な違和感をいだいたところである。直美が世話になっているのは、プロテスタントの教会である。牧師様が出てくるので、カトリックではない(カトリックだったら、神父様になる)。プロテスタントの基本的な考え方としては、唯一絶対の神があって、その教えは聖書に書かれていて、それを読むことで神様の教えに触れて、信者の心のうちの信仰心を呼び起こす……ざっとこういうことだと思っている。そして、現世での勤勉が、神の意志にかなったことであり、社会の中で市民として、つとめにはげまなければならない。(その教えのバリエーションは、多彩であるとは思うのだが。その一派が、いわゆる福音派である。)

直美は、(キリスト教の)神様に、現世利益を期待していたことになる。これは、どう考えても、プロテスタントの教えにかなった発想ではない。

このドラマでは、教会で出てくるのは、基本的に牧師さんと直美だけである。その他の、教会に通っている信者という人たちのことが出てこない。その信者の人たちがどういう信仰を持っているのか、その日常生活での実践はどんなものなのか出てきてていない。

せいぜいが、貧民窟での炊き出しなのであるが、このことだけで、教会とプロテスタントの信仰を描くのは、無理である。

明治のはじめのキリスト教の布教が、(仏教や神道ではなく)この神様を信じたらお金持ちになれます、という現世利益的なものだった、というならそれでもいいのだが、そうだとすると、牧師さんのイメージとそぐわない。

観音様や、お稲荷さんや、キリスト教の神様など、いろいろあるけれど、キリスト教の神様は、あまり御利益がない……直美にとっての信仰とは、この程度のものにしか見えない。これは、宗教というものについて、あまりに浅薄であるとしか思えない。

寮で、直美は、料理が出来ない。これもおかしい。みなしごだった直美は、長屋で一人暮らしをしていたということになっていた。それで、普通の料理が出来ないというのは、どうなのだろうか。三食とも、教会のお世話になっていて、自分では炊事など、何もしなかったというのだろうか。しかし、教会の貧民窟での炊き出しには、参加してはたらいていた。

寮生活の中で、料理が出来ない直美というキャラクターと、一人暮らしをしてきて教会の炊き出しで働いていたというキャラクターは、どう考えてもつながらない。はっきりいって、ドラマの中の登場人物の設定として破綻している。

たまたま、直美が炊事当番だったときに、不機嫌だったということかなと思うが、さて、どうだろうか。家事をする技能は、看護婦の技能にも通じるものがあると思うし、食べる人について、「observe」するということも、大事ではないかと思われるのだが。(普通だったら、料理を作って出す前に味見はするだろう。それに、酢は、まず匂いで分かる。こういうこと……味や匂いが分かる……も、看護婦の仕事として必要な素質だと思うのだが。)

キリスト教信仰については、これから先の展開で、直美が本当の神への信仰に目覚めるということの伏線になっていてもいいのかとも思うが、さて、どうなるだろうか。

看護婦の学校で、先生が日本にやってくる前の課題として、本を読むことになる。その中で、「observe」の訳がうまくできない。大山捨松に聞きに行ったり、卯三郎の店でシマケンに教えてもらったりである。ここで、りんは、シマケンから、「観察」という訳語を教えてもらって、それで納得するということになっていた。また、最終的には、学校のみんなもこれでいいと思った。

しかし、「観察」という訳語は、西周が考案したものであるとしても、(ここで、西周の名前を出して、きちんと明治の時代について考証していますよ、ということを言いたかったようなのだが)、りんにとっては、始めて目にすることばである。もとは仏教用語であったとしても、一般に知られていたことばではない。

それにもかかわらず、りんは、「観察」が「observe」の訳語としてふさわしいと納得することになる。「observe」もよく分からない英語であり、「観察」も始めて知ることばであって、それがふさわしいと納得するというのは、どう考えても不自然である。この脚本は、ことばというものについて、根本的に無理解であるとしかいいようがない。

ことばの意味というものは、文脈による。辞書に書いてある訳語ということではない。このドラマでは、英語の辞書は登場しているが、文法とか、英語のテキストでの文脈の理解ということは、出てこない。このことも、ことばについての感覚としては、かなりおかしい。

この週になって、急に、看護婦ということばをつかうようになった。このドラマの制作発表の段階からのこととして、NHKとしては、可能な限り看護婦ということばを使用しないでいる、という印象だった。かといって、看護師というと、これは、現代になってからのことなので、この時代では使えない。そういうこともあって、トレインド・ナース、ということばをメインにつかってきている。

そもそも、ナースを看護婦ということ自体から、きちんと描いておくべきことだったと思うのだが、これをふっとばしている。ここは、非常に無理をしているという印象を持つ。ここをきちんと歴史的経緯を描いておかないと、その後の歴史として、看護婦が女性の職業として定着することになり、現代において、看護師として、女性に限らず男性の仕事としても認められるようになってきた、という非常に重要な部分が分からないことになる。

看護婦の学校が、女学校に附属として作られた事情、歴史的背景、大山捨松のはたらき、こういうことをまったく無視して、トレインド・ナースが、看護婦にことばが変わって、しかも、女性だけの仕事になっているのは、これまでのドラマの流れからすると、唐突である。現代から見れば、看護婦が女性の職業であってもいいのだが、(そして、それは、今では変わってきているのだが)、こうなった歴史的、社会的な事情を完全にすっとばして、看護婦の学校になるのは、やはり無理があることになる。

看護婦の学校に集まった生徒たちは、いろんな境遇にあり、出身もまちまちということになっていた。これは、ドラマとして、多様な登場人物ということで、こうなるかと思う。だが、基本的に、ナース=看護婦として、一定のイメージは共有しているようである。これもおかしい。

この前の週まで、意図的に、トレインド・ナースといって、看護婦とは言ってこなかったにもかかわらず、看護婦の仕事はこうである、さらには、ナイチンゲールはこんな人だった、看護婦の服は魅力的である……こういうような言い方が突然出てくるのは、どう考えても、ドラマの進行として、飛躍しすぎである。

ドラマの中で、病人の看護として映っていたのは、りんの故郷の那須で、コレラの看護をするために雇われた貧相な男性の姿だけだった。これで、急に、看護婦という仕事が、社会の中で認知されている、その理想はナイチンゲールに体現されている、ということになるのは、無理があるだろう。

さらにいえば、りんが看護婦の学校の寮生活になり、母親の美津が卯三郎の店で働くということになっていたが、これも不自然に感じる。普通なら、妹の安が働いて、おばあちゃんの美津が、家で環の世話をしているということになるかと思う。孫のいる高齢女性が、輸入品をあつかう卯三郎の店ではたらくのは、まあ、いいとしても、それが不自然ではない描き方ができなかったのだろうか。妹の安は、特に特徴のある登場人物になっていない。那須にいたころの安は、姉のりんに来た縁談を横取りするような、積極的なところのある娘だったのだが、その性格はどうなったのだろう。このことは、美津と東京に出てきて直美とすれ違うシーンを作るためだけのものだったことになるのだろうか。ここのあたりの人物の設定が、雑であるという感じがどうしてもする。

その他、気になることはいくつかあるが(生徒たちの出自、時計の普及、リンゴの栽培、などなど)、これぐらいにしておきたい。

2026年5月2日記

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