新日本風土記「太宰府」2026-05-06

2026年5月6日 當山日出夫

新日本風土記「太宰府」

再放送である。最初は、2024年3月19日。

太宰府には行ったことがない。九州国立博物館をふくめて、行ってみたいところの一つなのではあるが、さて、行くことがあるかどうか。

見て思ったことの一つは、太宰府天満宮の門前町の参道が、まっすぐで道幅が広いことである。昔からこうなのか。あるいは、何かの事情があって、こうなったのか。(『ブラタモリ』だったら説明があるところだろうが。)

それから、菅原道真の事跡について触れるとき、讃岐国の国司であったときに、民の窮状について書いているのだが、これは、文学史としては、中国の漢詩の流れの中にある「風諭詩」というジャンルを受け継いでいることになる。ただ、道真の詩だけをとりあげて、民衆の気持ちの分かった政治家というのは、ある意味でちょっとおかしい。(極端にいえば、実際の民衆のことなど知らなくても書ける文学のテーマである、といってもいいだろうか。このあたりは、和漢比較文学の専門家がどう考えるかということになるが。)

今の太宰府天満宮が、文化や芸術にちからをそそいでいることは、重要だろう。九州国立博物館のこともあるし、新しく建てた建物のふすま絵のこともある。

参道にあるお餅やさん(でよかったかな)で使っていた電話は、昔ながらのダイヤル式の電話機だった。今でも、生き残って使われている。電話で音声通話だけなら、これで十分である。コードレスにすると便利なのだが、しかし、コードレス電話は、子機がどこかにいってしまうという不便がある。

神社のお祭りを、門前町の人びとが、協力してささえてきているというのは、いい話しだと思う。見方によっては、前近代的な習俗ということになるが、こういうことが残っていく価値はある。ワラで縄をなうということを手仕事ですることは、もう農家の仕事ではなくなってしまっている。このような行事の中で、かろうじて継承されているといっていいだろうか。

太宰府天満宮の宮司さんが、道真の子孫の家系でつづいていて、また、神社につとめる家系もつづいてきている。由緒ある神社だと、その宮司になれるのは、特定の家系の人に限られるということはある。

平安時代の道真の時代から、ずっとそのままということはないのだろうが、それでも、古くからの習わしを残している。鬼をやっつける行事は、いつごろからのものだろうか。平安時代でも、『今昔物語集』ぐらいになると、「鬼」というのは出てくるが、しかし、現代でイメージする鬼とは、ちょっとちがっている。日本の文化史における鬼は、いろいろと研究されていることである。

神社には、楠が多い。照葉樹を中心とした文化があった、という理解でいいだろうか。

神様を移動させる行事がある。日本の神様は、移動する。天神さまも、十一月になると、出雲にいらっしゃるのだろうか。ずっと同じ土地にいつづける霊的なものがある一方で、移動することができる霊的なものもある。こういう視点から見ると、日本の信仰も、面白いことが見えてきそうである。民俗学において、十分に研究されていることではあるが。

神社の中にある遊園地というのもいい。蒸気機関車は弁慶号ということだったが、前には、無限、と書いてあった。これも、時代の流れである。

2026年5月3日記

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

※投稿には管理者が設定した質問に答える必要があります。

名前:
メールアドレス:
URL:
次の質問に答えてください:
このブログの名称の平仮名4文字を記入してください。

コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://yamamomo.asablo.jp/blog/2026/05/06/9852836/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。