よみがえる新日本紀行「弘前」 ― 2026-06-02
2026年6月3日 當山日出夫
よみがえる新日本紀行「弘前」
再放送である。2019年。オリジナルは、昭和43年(1968年)。
リンゴ農園で、古い木を新しい木に植え替えるとき、古い木の根元の地面を掘ってダイナマイトで爆破している。しかも、その導火線に火をつけるのが、煙草の火である。むかしは、こんなことをしていたのかと、見ていて、驚いた。(今は、どうしているのだろうか。)
オシラサマを持って、大勢の女性たちが集まって来る。今でも、東北には、オシラサマは残っているのだが、昔は、本当に人びとの生活の中で生きていると感じる。集まって来るオシラサマは、みんなきれいに着飾っている。
イタコが、口寄せをしている。それを、みんなが熱心に聞いている。こういう光景は、今ではもう見られないことになったかと思う。
広場に集まって民謡を聴いている人たちを見ると、女性たちは、みんな、頭に手ぬぐいをかぶっている。こういう生活の習わしは、今ではもう消えたことかなと思う。
競馬は、もう今ではやっていないだろう。農耕馬が、実際の生活の中にあった時代のことである。
リンゴがバナナとの競合でかんばしくないということだったが、日本で、バナナが普通に食べられるようになったのは、まさに、この放送の時代……私が中学生のころ……ということになる。それまでは、バナナは高級品で、そう手軽に食べられるものではなかった。
現代の部分では、津軽塗とリンゴ農園だった。津軽塗は、なんとか後継者の育成ができているようだが、これは、今ではどうなっているのか。リンゴも、高品質の付加価値の高い商品として輸出することで、生き残ろうとしている。
そういえば、リンゴも、年中食べられる果物になってしまっている。そして、日本の国内でも、リンゴもバナナも、高品質でちょっと値段の高いものも、それなりに需要のあることになっている。
2026年5月27日記
おとなのEテレタイムマシン「日曜美術館 私と八木一夫 司馬遼太郎」 ― 2026-06-02
2026年6月2日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン「日曜美術館 私と八木一夫 司馬遼太郎」
1981年の放送である。
録画して、HDに残っていたのをようやく見た。
私は、陶芸については、ほとんど知らないので、八木一夫という陶芸家については、分からないというのが、正直なところである。
八木一夫の作品とは関係ないのだが、見ながら思ったことを、思いつくままに書いておく。
司馬遼太郎が、話しをするなかで、飯を食っていく、ということを何度も言っていた。これは、比喩ではない。戦後の日本の貧しかった時代、ともかく、ご飯が食べられるように、これは何よりも重要なことだった。欠食児童とか、栄養失調とか、いまでは日本では死語になってしまっていることばだが、こういうことが、実感を持って生活の中にあった。
八木一夫は、京都の清水の陶芸家の家に生まれた。だから、陶芸ということで、自らの表現を模索した。それ以外の選択肢はなかった。八木一夫という人は、音楽や文学にも才能があったらしいが、自分で作品を作るとなると、陶芸であった。立体造形……3Dであるが……であるならば、彫刻でもよかったかもしれないし、その方が、材料や技法なども自由だったかもしれない。だが、清水の陶芸の家に生まれた八木一夫は、陶芸であった。
こういうのは、宿命的、としかいいようのないものかと思う。自分の自由意志で決められない枠の中で、人間は生きていくという部分がある。あるいは、そういう枠があるからこそ、自由な創造・想像ができるのかとも思う。
この番組を見て思うことは、司馬遼太郎が、さして饒舌ではないことである。流暢ではない、というべきか。最近のテレビのトーク番組など見ていると、あまりに出演者が、流暢に話す。言いよどんだり、沈黙したり、ちょっと言い間違えて訂正したり、というようなことがないようになってきている。人間が話しをするとき、考えながら、言い方を吟味しながら、時として沈黙があって、というのが、普通だろう。こういう当たり前のことが、むしろ新鮮に感じる。(ただ、NHKの番組の中でも、「日曜美術館」は今でも、芸術について語るということでは、昔風の流儀を残している。私が見るものとしては、「クラシックTV」とか「芸能きわみ堂」などは面白いのだが、この観点からは、流暢に話しをしすぎるという気がする。現代としては、こうなるのだろうが。)
終わりの方で、司馬遼太郎が、ニコヨン、と言っていた。このことばは、ひさしぶりに聞いたかと思う。日雇い労働者のことであるし、具体的には、土方仕事など……今ではこういう言い方はしないで、建築作業員とでもいう……が多かっただろう。これも、戦後の日本の時代の中でつかわれたことばである。
昔の清水の町並みの写真が映っていたが、今の京都と違って落ち着いた美しさを感じる。そして、先斗町に屋台のような店があった時代でもあった。
2026年5月29日記
NHKスペシャル「潤日の肖像 日本に向かう“中国”」 ― 2026-06-02
2026年6月2日 當山日出夫
NHKスペシャル「潤日の肖像 日本に向かう“中国”」
まず、暴論だが正論でもあることから書いておくと……そんなに中国がいやなら、どうどうと習近平退陣、中国共産党反対のメッセージをかかげて、天安門広場でデモをすればいいじゃないか、日本では高市退陣のデモを国会前でできるし、アメリカでも反トランプでもをホワイトハウスの前で叫ぶこともできる……これが、番組の中で言えない、あるいは、言うまでもないこと、というのが、一番の問題かなとは思う。
中国の富裕層の資金が日本に入ってくることは、そういう時代の流れなのだろうが、たとえば、地方の造り酒屋であったり、農業であったり、そういう現場に中国の資金が入ってきたとして、近い将来、そこで働く労働者は、世界の中でも貧乏な国からやってきた出稼ぎ外国人労働者ばかり、ということになりかねない。いや、もう、一部では、そうなってしまっているかもしれない。それで悪いということもないかとも思えるが、しかし、釈然としないことはたしかだろう。
日本で、30年間、賃金が上がらなかったことは、そうなのだが、それが、まったく悪いことだけなのか、というとそうもいいきれない。給料が高いにこしたことはないが、それよりも、現在の生活のレベルが維持できれば、それで十分である、という感覚の人びとが多くいた、ということもある。高度経済成長の結果として、とりあえず生活の確保ができて、教育や福祉・医療など、まあまあ、そんなに不満はないということなら、それを維持していくことが一番なのであって、これが壊れるようなことを拒否する……この一番の要因になるのが、いわゆる移民問題である、というのが基本だろうと、私は思っている。(日本において経済格差の問題もあるし、貧困の問題もある。だが、今のところ、社会の秩序の根幹をゆるがすというところまではいたっていないだろう。他の国に比べれば、ということであるが。社会の秩序をこわすと危惧されているのは、日本の経済や政治の問題もあるとしても、移民問題への関心がかなり大きいことはたしかである。それが妄想にすぎないとしても、そう感じるという感覚は否定できない。)
この点では、番組に出てきた中国の人のように、お金持ちになる、それで贅沢な生活をしたい、ということは、現代の多くの日本の人びとの人生の価値観と相容れない部分がある。贅沢よりも、今の日本の安定であり、安全であり、安心である、これを重視している。
造り酒屋などの小さなビジネスとしては、インターネットを使って世界に販路を拡大してということを考える経営者もいるだろうが、しかし、反対に、とりあえず今の会社で同じお酒を毎年造っていって、それを、この地元の人たちが買って飲んでくれればいい、酒蔵とお客さんが、このまま続いていくことが何よりである、こう考えることもあるだろう。これは、決して否定されるべき考え方ではない。いや、こういう考え方こそが、日本の良さとするならば、中国から投資的な資金と企業買収は、むしろ破壊者として忌避される。(継続的なビジネスとしてどう考えるかということはあるのだが。)
出てきていたのは、そう作ってあるのだろうが、悪い人は出てきていない。だが、人がやってくる、お金が動くということは、同時に、悪い人もやってくるし、犯罪も起こるということである。これは、人間の世の中の当たり前である。
意図的にそうしたのか……中国の人の日本でのビジネスとして、民泊が多く出てきていいた。今や、民泊は、日本の社会秩序にかかわる問題ともなっている。日本で民泊ビジネスでもうけようなどという中国人なら、来るな、というのが、多くの人の思うところかもしれない。
お金を持っていることが悪いのではないが、それを自慢してひけらかす生活がしたいのならば、日本以外のどこかよその国に行ってやってくれ、ということになるだろうか。これは、生活の感覚の問題であり、美意識の問題である。(だからといって、中国の人に日本の美意識が分からないとは思わないが。少なくとも、たくさんの服を持っていることを自慢しようというような意識は、多くの場合、日本では嫌われることになる。)
日本に来て住みたいのなら、まず、日本の生活習慣や日常的なマナー(ゴミの出し方のルールがあり、それは地域によって違うことなど)、それから簡単な日常会話の日本語の習得、これぐらいのことをもとめるのは、別に排外主義と非難されることではないだろう。(緊急にやってきた難民というわけではないのだから、準備して学習する時間の余裕はあるはずであるし、それを知る機会はいくらでもある。)
中国から外に出て、自由とか、法の規範とか、民主的なルールとか、身につけて成長し、生活する人が一定程度まで増え、同時に、中国国内で、忘れられている、見捨てられていると感じる人が一定以上に増えてきたとき(都市部でも農村部でも)、中国の国家と社会は、大きく変わることになるのかとも思うが、これは、もう少し先のことになるかもしれない。中国政府は、こういう流れは読んでいるだろうと思うので、そうなる前にと焦って事を起こさないでほしいのであるが。
歴史的に見れば、中国からは多くの人が出ている。今も、アメリカに不法に移住(といっておくが)を希望する人もいる。東南アジアなどにも多く居住している。日本にやってくる人をふくめて、それぞれ、どのような、帰属意識(文化的な、集団的な、民族的な)や共同体意識を持っているのだろうか。まったくの個人であり、コスモポリタン、世界市民である……そんなものは幻想だと私は思うが……と思いこんでいるということではないだろうと思うのだが。
2026年5月26日記
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