ハートネットTV「私のリカバリー ボクと娘と元妻の話 宮川一朗太」2026-06-03

2026年6月3日 當山日出夫

ハートネットTV「私のリカバリー ボクと娘と元妻の話 宮川一朗太」

この番組の趣旨とは違うことになるだろうが、下手な小説やドラマより、よっぽど面白い。人間とは、こんなもんだよなあ、と思うところは、たしかにある。

番組の中では言っていなかったことになるが、今の時代の価値観だったら、奥さんが出ていってしまって、幼い娘二人と残されたという男性について、どのような社会的な援助があるべきか、その窓口はどうなのか、という議論があるはずなのだが、さて、現代だと現実にはどうなっているだろうか。市役所などの福祉関係のまどぐちで対応してくれるのだろうか。これはこれで、別に番組を作ってきちんと現状がどうなっているのか、調べてほしいとは思う。えてして、世の中の傾向として、男性が出ていってしまって女性が母子家庭として残されたという場合には、同情をあつめやすい。だが、困ることは、いくぶん違うとしても、同じなのであり、その援助はおなじでなければならない。

番組の作り方としては、スタジオでしゃべる部分と、ナレーションで語る部分との、バランスがうまい。こういうのは、やはり作り手の経験的なノウハウの蓄積によるものが大きいだろう。

奥さんと喧嘩して出ていってしまいました。子どもが残っています。困っています。助けてください。……こういうことが、普通にいえる世の中がいいことになる。これも、昔なら、近所のおせっかいなおばさんたちが、なんとかしてくれた社会だった……それを、前近代的封建的遺制ということもできるが……ことも、考えていいだろう。

最後は、家族で、ということでもいいだろう。今の時代だと、家族とは、個人としての人間を束縛するというマイナス面ばかりが協調されるかなとも、感じるところである。

現在だったらどうだろうか、夫婦喧嘩があれば、即座に児童相談所が介入して、警察に通報して、お父さんを逮捕して、お母さんはシェルターにかくまって、子どもたちを保護して……ということになるのかもしれないが、公権力が、そこまで個人の領域にかかわることは妥当なのだろうかと、私は思うが。こういう議論があることは社会にあるとしても、実際に困っている人に、(国家でも社会でもなく)どう世の中の全体として、助けの手を差し伸べるか……それは複数あっていい……ということかと、私は思っている。

2026年5月29日記

アナザーストーリーズ「スクール☆ウォーズの衝撃 それはドラマかドキュメンタリーか」2026-06-03

2026年6月3日 當山日出夫

アナザーストーリーズ「スクール☆ウォーズの衝撃 それはドラマかドキュメンタリーか」

このドラマは見ていない。

ラグビーについて、興味が無いということではない。だが、あまりスポーツ関係の番組は見ない。とはいえ、私の世代であれば、子どものころ「巨人の星」などは普通に読んでいた漫画であった。

いわゆるスポ根ドラマ、学園ドラマ、熱血先生ドラマ……こういうのが、作られて、また、それを見る人たちがいた時代があったということは確かである。

このようなドラマは、現代では、もう作ることができないだろう。

学校というところが、生徒の全人格的な成長の場所である、そうでなければならない、という考え方がまったく無くなったわけではないが、現代だと、学校は学校であり、それとは別に生徒の個人の領域がある、ということになってきている。

また、学校の部活も、学校単位で出来なくなり、地域に移管するというような方向になってきている。

いつの時代に、社会の一般的な規範から逸脱した若者というのはいる。このドラマの時代であれば、そのような表現であったということになる。これが、現代だとどうだろうか。学校でわざわざ暴れるような面倒なことをせずに、学校などには行かない、ということになっているかと思う。それでいいとは思わないのだが、時代によって変わるものである。

なんだか、学校とか、スポーツとか、美化しすぎているのも、どうだかなと思うところである。

2026年5月28日記

NHKスペシャル「ヒグマ 異変の海に生きる」2026-06-03

2026年6月3日 當山日出夫

NHKスペシャル「ヒグマ 異変の海に生きる」

知床のヒグマについてである。

知床に限って見ればということになるのかと思うが、気候変動の影響によって、生態系が大きく変わろうとしている。海水温が上昇する。流氷が減る。カラフトマスが遡上しなくなる。エゾシカが増える。カモメやウミネコも減少する。いろいろなことが起こるなかの一つとして、あるいは、結果として、ヒグマの生態にも変化がある。人里近くにヒグマがやってくるようになったのは、その結果の一つの表れという理解でいいだろうか。

現代の考え方としては、人里にやってきたヒグマは、駆除するしかない。

知床の自然環境の中で、なんとか、人間とヒグマ、それから、他の動物たちが共存できていたのは、もう終わりに近づいているということになるのかとも思う。

海を渡って島の崖を登って海鳥の卵を食べる……この場面は、たしか、「サイエンスZERO」で見たかなと覚えている。ヒグマの行動の変化ということになるのだろうが、そもそも、どうしてヒグマは、島の崖の上に食べられるものがあると知っているのだろうか。陸の方で、匂いで分かるということなのだろうか。

知床だけに限定せずに、北海道全体として、ということになると、さらにいろんな問題があるのだろう。また、北方領土や千島列島、サハリン、という地域でどうなっているかということも気になるが、今の時代だと、そう簡単に学術的な調査というわけにもいかない。

番組は、ヒグマに焦点をあてたものになっていたが、増えすぎたエゾシカもまた、植物をふくめて生態系全体に、重大な問題であるにちがいない。

2026年6月1日記