心おどる「歌舞伎女形 (2)つややか町の女」 ― 2026-06-13
2026年6月13日 當山日出夫
心おどる「歌舞伎女形 (2)つややか町の女」
女形をメインにとりあげているが、全体としては、歌舞伎入門、という感じになるように作ってある。こういう趣向であってもいい。
歌舞伎の世話物で登場する女性が、どれぐらい江戸時代の女性のすがたをとどめているか、ということは、いくぶん疑問もあるが、芸の伝承の中で、より洗練されたものをもとめながらも、古風な部分を残してきたということはあるだろう。おそらくは、近代、明治になってからの動きのなかで考えるべきことかと思うが、演劇史の専門家は、どう考えているのだろうか。また、歌舞伎は、かなり地方でも演じられているし(舞台も残っていたりする)、地方に残る生活の作法や仕草ということも、考えることもできよう。
江戸時代の既婚の女性だから、お歯黒をつけて、眉毛を落とす。これは、舞台上のアイコンとしての演出である。実際にどうだったか、また、これが明治になってからどのように残っていたことなのか、面白いところだろうとは思う。
化粧の仕方も、役者さんに、それぞれの流儀がある。この番組の場合は、中村米吉のこと。
どうであっても、劇場で、客席からどう見えるか……という視点があって、化粧であり、衣装であり、演技でありがあることになる。この意味では、近代になってからの劇場の建築と照明、これの変化は重要な意味があるにちがいない。(今の歌舞伎座などの劇場の大きさは、大きすぎる。こんぴら歌舞伎とか、出石の劇場とか、明治村の劇場とか、これぐらいで考えるべきだろうか。これも、さらにさかのぼれば、江戸時代の仮設の芝居小屋というところになるが。)
歌舞伎という世界の中のことではあるが、女性が女性らしく見えるとはどういうことか、これはこれで興味深いところである。
『女殺油地獄』が出てきていたが、そもそも近松門左衛門が人形浄瑠璃として書いたものが、歌舞伎に移された経緯があるはずだが、これは、演劇史に詳しい人なら知っていることだろう。そのとき、どういう演出の工夫があったのか、ということは、ちょっと気になる。
2026年6月10日記
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