新日本風土記「妖しの京都 清めの夏」2026-09-03

2026年9月3日 當山日出夫

新日本風土記「妖しの京都 清めの夏」

再放送である。2024年8月。

京都の夏の風物、それから、町屋などの暮らしや、祇園祭り、御霊信仰、その他、いろいろととりまぜた内容である。

私が見ていて、一番印象に残っているのは、町屋での夏のしつらえのシーン。このときに、部屋の畳が映っていたのだが、その色が、日に焼けたりして、見るからにかなりふるびた印象があった。こういうのが、生活の色だなあ、と見て感じるところがあった。(このような場合、取材のカメラが入るからといって、特に畳を綺麗にして準備するというようなことをしていないということであり、まさに、日常の生活の中の色である。)

祇園祭りの太子山の組み立てのシーン。見ておどろいたのは、ワラの縄を使っていなかった。(詳しくは分からないが)ビニールなどの化学製品のロープだった。近年の生活の中で、急速に姿を消しているのが、ワラである。今の農家の稲作では、ワラが残らない。コンバインで稲刈りをしてしまうようになっている。一昔前では、ワラというのは、ごく身近にあるものだったのだが、それが、姿を消している。それから、もみ殻も見なくなったかと思う。

祇園祭りにかかわる部分で、画面で表示される文字は、すべて「示氏」を使っていて、「ネ氏」をまったく使っていなかった。どうしても、この部分は注意して見てしまうことになる。国語学的に、文字論としてみれば、この漢字の字体については、かなり気をつかっているということはたしかである。NHKの場合、たいてい、どちらかに統一することになっている。

だが、その他の字体に問題のある漢字……謎、捗、賭、などは、特に気にせず、一つの番組の中で、異なる字体を混在させていることが多い。固有名詞の漢字であるからということもあるのだろう。(もう、こういうことで論文を書いてみようとは思わなくなっているが、気になることである。)

祇園祭りのちまきを花脊で作っているとは知らなかった。花脊も、ぎりぎり京都のうちである。行政区分では京都市の内部である。古い意識としても、山城のエリアの内側といっていいだろう。だが、同じ山城のエリアといっても、宇治市は行政的には別になっている。しかし、隣接する伏見のエリアは、京都市にふくまれる。いろんないきさつがあってのことだろう。

夏になると水無月を食べたくなるのは、いまだに私の感覚としては残っている。だが、今の生活で、私以外の家族は、それを持っていないので、誰も買ってきてくれたりしないのが、ちょっとさびしい。といって、自分でお店まで買いに行こうという気もおこらないけれど。

鳥辺野、それから、化野、このあたりが、昔の死体の捨て場だったことは、たしかなことだろう。絵画資料や、説話(『今昔物語集』など)を読んだりすると、京都の街の中は、かなりきたないし、死体がごろごろしていたらしい。もちろん、おばけや妖怪のたぐいは、た~くさんいた。

2026年8月28日記

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