墨筆精神2011-02-04

2011-02-04 當山日出夫

昨日、思い切って、京都まで行ってきた。京都国立博物館まで。「墨筆精神」の展覧会を見るためである。

『玉篇』『漢書』『王勃集』『蘭亭序』(詳細な作品名は略す)など、どれも逸品ぞろいである。基本となっているのは、朝日新聞の上野理一のコレクションである。

月並みな言い方であるが、久々の目の保養。

なお、展覧会として面白いのは、参考として展示されている、内藤湖南などの手紙類もあったこと。

ディスプレイとキーボードにマウス。筆墨とは、かけはなれた生活になってしまっているが、その精神の一脈だけは、なんとかうけついでいきたいものであると願うのである。

なお、解説図録もよくできている。最近のこのての展覧会の図録は、訓点についてまで言及するようになってきた。これも、時代の流れかとも思うが。

當山日出夫(とうやまひでお)

冷泉家展の後半2010-05-14

2010-05-14 當山日出夫

今日、ちょっと時間がとれたので、京都まで行ってきた。京都文化博物館の冷泉家展である。この展覧会、前半と後半で、展示をいれかえる。つまり、見ようと思ったら、2回行かないとならない。で、こんどは、その2回目、後半の展示を見てきた。

興味深いのは、やはり『明月記』。原本は、紙背なのか。まあ、その当時のことを考えれば、これが当たり前なのかもしれないが。

それから、カタカナで書かれた和歌。展示の解説、それから、図録では、カタナカは僧侶の文字とある。(ちょっと異論が無いではないが、まあ、おおかたの理解としては、これでいいのであろう。)その、カタカナで書かれた写本群、承空本がずらりと展示してあるのは、興味深かった。

面白いのは、朝儀諸次第。朝廷でおこなわれる儀式のシミュレーションといえばいいのか、あるいは、記録でもあるのか。前半の展示のときに出ていた、小さな紙の人形をうごかして、儀式の予行練習をしたものらしい。どの位置にだれがいて、どこからどこへと人が動いて、など。

気になることといえば、もと、冊子であった本を、巻子にしている事例。「読む」ための実用を考えれば、冊子の方が便利にちがいない。これは、おそらく、本が、「宝物」のようになっていくプロセスがあるのだろう。たぶん、同時に、実用的読書のための臨模本がつくられているのかもしれない。このあたり、書物史、という観点からは、解説しておいてほしかった。

ともあれ、眼福のひとときであった。

當山日出夫(とうやまひでお)

冷泉家「王朝の和歌守展」2010-04-30

2010-04-30 當山日出夫

昨日は、29日、祝日であるが、京都まで行ってきた。京都文化博物館で開催の、冷泉家展を見るためである。この展覧会、前半と後半で、ごっそりと展示をいれかるとのことなので、ともあれ前半を見に行っておかないといけない。

いろいろ言いたいことはあるが……ひとつは、モノを残すということの意味。これは、以前、東京国利博物館で見た、陽明文庫の展覧会のときにも感じたことである。

アーカイブズ、ということの意味を、あれこれと考えるのである。

それに、このような展覧会、大学で日本文学(国文学)を勉強している学生なら、是非とも見ておかねばと思うのであるが、たまたま、私が行ったときは、それらしき、若い女性がひとりいて、メモをとりながら展示品を見ていた。

祝日であったが、比較的すいていたので、単に見るだけではなく、読むことができた。(定家の文字というのは、独特であるが、読みやすい。いわゆる「定家様」を生み出しているのである。)

興味深かったのは、和歌の写本などをするときに、まっすぐに用紙(料紙)に文字を書くための、罫線枠。紙のサイズの大きな枠をつくって、それに縦に糸をはってある。このようなものが、実際に展示されているのは、めづらしい。

和歌を残す=写本をつくる、ということなのであると理解する。ただ、今回の展覧会では、臨模本があまり出ていなかったのは、意図的に避けているのか、とも思ってしまった。おそらく多数の臨模本があると思うのであるが、どのようにして、和歌を残してきたのか、その実態を知る貴重な資料だと思う。

ともあれ、後半の展示も見にいかなければと思う。

當山日出夫(とうやまひでお)

土方巽 舞踏 大解剖 4 疱瘡譚[土方巽最高傑作]全編上映2009-11-12

2009-11-12 當山日出夫

勝手に宣伝。御都合のつく方は、どうぞ。

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土方巽 舞踏 大解剖 4 疱瘡譚[土方巽最高傑作]全編上映

http://d.hatena.ne.jp/p-butoh/20091111

2009年12月2日[水]
16:30–19:30[開場 16:00]
慶應義塾大学日吉キャンパス 来往舎 シンポジウム・スペース

プログラム

〈疱瘡譚〉16 mmフィルム上映(95分) Story of Smallpox - 16 mm film showing

構成・演出・振付・主演|土方巽 ■ 出演|芦川羊子、小林嵯峨、仁村桃子、黒崎翠、吉野弘子、玉野黄市、青柳和男、和栗由紀夫、雨宮光一、佐藤皓一、ほか ■ 監督・撮影|大内田圭弥 ■ 1972年10月26日 アートシアター新宿文化 Coreographed and Performanced by Hijikata Tatsumi, Filmed by Ouchida Keiya (October 26, 1972)

トーク・セッション Round-table: Waguri Yukio - Morishita Takashi - Kosuge Hayato

和栗由紀夫(好善社 主宰)、森下隆(慶應義塾大学アート・センター 土方巽アーカイヴ)、小菅隼人(慶應義塾大学 理工学部 外国語総合教育教室)

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當山日出夫(とうやまひでお)

京大の「1968」2009-09-13

2009-09-13 當山日出夫

『1968』(小熊英二)が話題になっているなか(賛否両論あるが)、京都大学で、

京都新聞
京大闘争 回顧せよ!
総長文書やビラ公開 現地で初の企画展

http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2009091200103&genre=G1&area=K00

當山日出夫(とうやまひでお)

追記:京大のURLを書くのを忘れた。
それから、京大の展覧会のタイトル「京大の1969」である。

http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/news_data/h/h1/news4/2009/091101_2.htm

シルクロード 文字を辿って2009-08-21

2009-08-21 當山日出夫

ようやく、半日、外出する時間がとれたので、京都まで。近鉄から京阪に乗り換えて、七条(私のあたまのなかでは「ななじょう」)の駅をとおりすぎて、清水五条(最近、京阪電車の駅名が変わった)まで行ってしまった。ちょっとつかれて、ぼ~っとしている。しかたないので、五条から七条まで歩いてしまった。

行ってきたのは、京都国立博物館。目当ては、

シルクロード 文字を辿って -ロシア探検隊収集の文物-

私なりに分かりやすく言い換えると、現在のロシアの持っている敦煌文献のコレクションの展覧会。「シルクロード」と「文字」、センスがいいというべきかどうか、ちょっと判断にまよう。「敦煌文献」と称してくれた方がわかりやすいのだけれど。なお、敦煌文献といっても、狭義に敦煌の地で収集の文献だけではなく、広義に中国の西の地方をさしてである。

思うことはいろいろある。展覧会を見ての感想を、ひとことだけ書けば、

公的な文字は規範的である

ということになる。まさに、今の、新常用漢字表の議論につながる問題点がある、と私は思う。

ともあれ、ひさびさに、目の保養であった。

當山日出夫(とうやまひでお)

福澤展『きけわだつみのこえ』の上原良司の文章2009-02-23

2009/02/23 當山日出夫

この前、東京に行って、東京国立博物館で「福澤諭吉展」を見てきたが、この件について言及したブログ記事は、あまり無いようなので、書いておく。

福澤諭吉展での展示品は、それぞれに興味深いものがある。そのなかで、さほど目立つというわけではないが、これが残っていたとは・・・と、感じるものがある。

上原良司の原稿(というべきか、遺書というべきか)、である。経済学部から学徒動員。昭和20年5月、鹿児島県の知覧から陸軍特別攻撃として出撃。戦死。その出撃の前夜に書いた、原稿用紙が展示されている。そして、この文章は、その後『きけわだつみのこえ』の巻頭に掲載された。

「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます」とある。

展覧会の図録では、126頁に掲載。

『きけわだつみのこえ』をめぐっては、その編集について、いろいろ意見があるだろう。だが、その「遺書」(と言っていいかどうか、ためらわれるが)の実物が、今に伝えられて、そこに見ることができる。

この数枚の原稿用紙を見るためにだけでも、福澤諭吉展は価値がある。いや、見るのではなく、読んでもらいたいと思う。

ここは、慶應義塾の塾員のひとりとして書いたもの。

當山日出夫(とうやまひでお)

土方巽の舞踏と舞踏譜2009-02-13

2009/02/13 當山日出夫

私の年代であれば、土方巽(ひじかたたつみ)の舞踏(ぶとう)は、デフォルトの知識であるのだが、どうも、最近の若い人はそうでもないらしい。しかし、先日の、

土方巽・舞踏フィルム上映 in 京都
http://d.hatena.ne.jp/p-butoh/20090203

の前日の方は、結構、若いひとがいた。どういうつながりで、知っているのだろう。

この件については、きわめて多くの書きたいことがある。が、それを、簡略にまとめるならば・・・人間の身体表現の極致とまで賞された土方巽、普通に思い浮かぶのは、「疱瘡譚」、ひとが床のうえでのたうちまわっているかのごときシーンであろう、これが、まったくアドリブなし、完全に「舞踏譜」という「ことば(語)」で記述され構成されたものである、ということ。また、舞踏譜とその身体動作は、訓練によって、身につけることが可能。この舞踏譜のトレーニングは、まったく個性の入り込む余地がない。

近代の芸術が、もし、個人・個性の表現と分かちがたいものであるとするならば、土方巽の舞台は、完全に、没個性の表現(?)になる。舞踏譜による訓練を受けた人であれば、土方の舞台を再現可能なのである。

ある「かた」にはまった身体動作による表現ということでは、いわゆる伝統的な芸能(能楽や日本舞踊)が思い浮かぶ。一般的に、その対極あるものとして、土方の舞踏が位置づけられてきたように思う。実際は逆で、土方の舞踏の方が、完璧に「かた」を組み立てたものである。

さて、このようなことから、人間の身体動作の伝承とか、うごきの規範ということに発想がながれていく。今後は、慶應アートセンターの土方アーカイヴの研究に注目することにしよう。

當山日出夫(とうやまひでお)

土方巽2009-02-11

2009/02/11 當山日出夫

今日(2009/02/11)は、もうあと1時間ほど。

午後、京都に行って、

土方巽・舞踏フィルム上映 in 京都 | Butoh Screening in Kyoto: Rediscover HIJIKATA Tatsumi
http://d.hatena.ne.jp/p-butoh/20090203

を見てきた。先ほど帰った。これは、必見の価値有り。上記のURLを見てもらえれば分かる。明日、本番が、京都大学である。もし、たまたま、このブログを見て、興味のある人は、是非。

土方巽の舞踏に興味はなくても、人間の身体動作、映像表現、あるいは、規範・規格とはなんであるか、という関心からみて、絶対に損はない。しかも、昨日(2009/02/10)、土方巽のお弟子さんの実演を撮影した映像も見られる。通常の土方巽の映像を見るだけではない。

詳しい、今日の感想については、後ほど。

當山日出夫(とうやまひでお)

『妙心寺』展の図録:妙心寺の古文書のアーカイブズ2009-02-09

2009/02/09 當山日出夫

東京国立博物館に、福澤諭吉展を見に行くと、ついでに、妙心寺展もやっていたので、見てきた。などと書くとおこられそうであるが、まずは、立場として、慶應義塾の塾員(125期卒)であることを、優先。

妙心寺の展覧会の方であるが、私が、もっぱら興味を持ってみたのは、その照明。昨年の、「じんもんこん2008」で、木下史青さんの講演を聴いたばかり。この照明の光源は、いったいどこから来ているのか、天井ばかり見ていた。

ともあれ、展覧会そのものとは別に、図録が、きちんとしている。このごろは、どこの展覧会でも、単なる、展示品の写真集というよりも、解説が詳しく載っている。

今回の妙心寺の図録を見て、気づいた点がひとつ。

概論として、竹貫元勝先生の文章は、当然だろう。おどろいたのは、その次の各論の最初が、

「妙心寺の古文書」.羽田聡(京都国立博物館)

が掲載になっていること。内容は、妙心寺のアーカイブズについてである。ちなみにいえば、これ(妙心寺古文書)は、メインの展示品ではない。

通常なら、禅と日本美術、というようなタイトルの論文が来るところだろう。そこをあえて、このような論文の編集にしたのは、敬服する。(誰に対してかと言われても困るが、妙心寺、および、東京国立博物館に対して、ということになる。)

どのような宗教教団(この場合、妙心寺)であっても、その歴史にともなって、種々の記録・文書が必須である。そして、それを、どう保全してきたか、つまり、アーカイブズの問題が、ここにもある。これを使って、詳しく調べれば、妙心寺教団が、現在、これほどの規模を維持できている背景には、単なる狭義の信仰以外に、経済的・政治的なさまざまな要因がある、それについて、研究できるだろう。

この図録は、展示品の解説としてもよくできている。そして、その「妙心寺アーカイブズ」について言及した論文を、最初に持ってきた編集の方針も、(めだたないことかもしれないが)、きわめて高く評価したいと思う。

當山日出夫(とうやまひでお)