「釈宗演と近代日本」を見てきた2018-06-21

2018-06-21 當山日出夫(とうやまひでお)

先日、東京に行ったのは、語彙・辞書研究会(53回、2018年6月9日)で発表するためである。そのついでというわけではないが、発表なので前日から行って、慶應義塾大学で今やっている「釈宗演と近代日本」の展示を見てきた。

釈宗演と近代日本-若き禅僧、世界を駆ける-
http://www.art-c.keio.ac.jp/news-events/event-archive/shaku2018/
https://www.keio.ac.jp/ja/news/2018/6/18/27-44913/index.html

釈宗演という名前は知っていた。漱石関係のものを読めば名前が出てくる。特に、『門』で描かれた鎌倉での参禅の様子など、自身の体験をもとにしたことであるらしい。その時に、漱石研究として名前の出てくるのが、釈宗演である。

その釈宗演は、安政6年(1859)、福井に生まれた。三井寺で倶舎論を学び、その後、円覚寺で、洪川宗温に参禅。印可をうける。明治18年(1886)、慶應義塾に入学(無論、この当時は、福澤諭吉の時代である)。その後、セイロンに行く。円覚寺の管長に就任。明治26年(1893)、アメリカのシカゴ万博にあわせて開催された万国宗教者会議に日本代表として参加。

世界に、「禅」(ZEN)をはじめて紹介した人物ということになる。

展覧会は、その生いたち、修行の時期のことから、慶應義塾在学の時の資料、また、その後の、世界での活躍の様子など、様々な方面にわたる資料の展示であった。

私もとおりいっぺんの知識は持っていたが、展覧会を見て、これほどまでに多彩な活動をしたのかと、認識を新たにした。

見て思ったことのいささかでも書いておくならば……日本近代の宗教、なかんずく仏教の近代化とは何であったのか、そこのところが今ひとつ分からなかったというのが正直なところ。それは、釈宗演の次の世代の仕事ということになるのであろうか。たとえば、禅であれば、鈴木大拙など。

また、今回の展覧会で大きく扱われていたことに、日露戦争での従軍がある。従軍布教師として、大陸にわたっている。このことを、現代の価値観から批判することはたやすいかもしれない。が、それよりも、慶應義塾で学び、その当時の世界を見ていた釈宗演にとって、日露戦争は近代の日本において、避けてとおることのできな大きな出来事であったことを理解しておくべきだろう。

どうでもいいことかもしれないが、参禅者の名簿があって、夏目漱石の名前があった。それには、北海道平民と書いてあったのに眼がとまった。漱石は、本籍を北海道に移していたのであった。

個人的な思いを書けば、慶應義塾の出身者の中に、釈宗演という人物がいたことは、もっと知られていいことだと思うし、また、仏教、禅の近代ということについても、さらに研究が進むことを願っている。

なお、カタログを売っている方の会場には、僧侶の方がいた。話しをちょっと聞いてみると、円覚寺から派遣されてきているとのことだった。

奈良国立博物館『春日大社のすべて』に行ってきた2018-05-19

2018-05-19 當山日出夫(とうやまひでお)

春日大社のすべて

ちょっとついでもあったので、奈良国立博物館に行ってきた。『春日大社のすべて』の展示を見るためである。創建1250年記念特別展、である。

春日大社の博物館での展示といえば、すこし前に、東京国立博物館でもあった。これも、たまたま東京に行く用事のあった時だったので、行ってきた。その時のことを思い出してみるのだが、それぞれに特徴のある展覧会になっていると思う。

言うまでもないことかもしれないが、奈良国立博物館は、春日大社のすぐ近くにある。今回の展示でも、春日大社の宝物のいくつかが展示されていた。ただ、私は、文字が書いてあるもの……典籍、古文書などになるが……にしか、基本的に興味がない。というよりも、見て分からない。

そうはいっても、今回の奈良国立博物館で興味深かった点をあげると、次の三点ぐらいだろうか。

第一に、春日大社それ自身で持っている、伝来してきている宝物の多いことである。これと比べてみるのは、伊勢神宮なのだが、伊勢神宮に行っても、古代・中世から伝来してきているという宝物を見ることは、ほとんど無いようだ。これは、持っていても見せないだけのことなのか、あるいは、そんなに数多くのものが伝来してきていないのか、どうなのだろう。

かなり以前に、神宮徴古館に行ったことはあるのだが、はて、どうだったであろうか。近年では、せんぐう館にも行った。こちらは、宝物というよりも、式年遷宮にまつわる品々の展示である。

第二に、今の春日大社の地に神社が造営される以前、その土地において行われていた祭祀の遺跡・遺物などの展示があったこと。これは、面白いと思った。春日大社は、今年で、創建1250年になる。が、その創建の前から、何かしら霊的な土地として、人びとの信仰の場所であったのであろう。

第三に、やはり中世以降の神仏習合にまつわる文化財の数々。春日大社の信仰も、興福寺をふくめて、仏教とのかかわりを考えることになる。いや、神仏習合の状態だったからこそ、多くの宝物が伝来してきており、現代にいたるまで信仰の流れがある、と見るべきなのであろう。

以上の三点が、展示を見て感じたことなどである。

総合して感じるところは、以前に見た東京国立博物館での展覧会の時よりも、今回の奈良国立博物館の展覧会の方が、規模こそ小さいかもしれないが、古代から中世にかけての春日大社の信仰のひろがり、淵源、とでもいうべきものを、よく示していたのではないだろうか。

なお、展示品の中で特に興味深かったのは、弓。『伊勢物語』に出てくる歌。「梓弓 ま弓つき弓 年を経て わがせしがごと うるはしみせよ」。この歌に歌われている「あづさ弓」「つき弓」の実物があった。この歌について、というよりも、この歌をふくむ『伊勢物語』第二十四段については、毎年の日本語史の講義で触れることにしている。文字社会の成立という話題のときに、この段について話す。(何故、女性は最後に歌を血で書き付けて死んだのだろうか。)

「至宝をうつす」京都文化博物館2017-12-28

2017-12-28 當山日出夫(とうやまひでお)

ようやく冬休みで一息つけるかという感じになってきたので、半日、京都まで行ってきた。京都文化博物館の「至宝をうつす」の展覧会を見るためである。

コロタイプ、それもカラーのコロタイプ印刷・複製という技術をもっているのは、今世界で、京都の便利堂だけになってしまっているとのこと。その便利堂の技術とはどんなものか、それによって文化財、特に古典籍・古文書・絵画などの複製の作成は、どのような意義があるのか、という展覧会であった。

今では消失してしまった文化財、それが、写真がとってあって、カラーで複製をつくることができる。この事例として展示してあったのは、法隆寺の壁画、それから、高松塚古墳。これらのもとの姿を見ようとおもうと、今では、カラー複製にたよることになる。

展覧会を見ての印象としては、学術的な利用などで読むための資料としては、冊子体の複製本の方が便利である。だが、現物がどんなであるか、それを感じ取ろうと思うならば、不便ではあるが、巻子本の複製の存在意義がある。また、上述の法隆寺の壁画、高松塚古墳などは、その実際の絵画の大きさというものも、重要な要素である。

法隆寺の壁画は、思いのほかに大きいという印象。逆に、高松塚古墳は、小さいと感じた。このようなことを直に感じるためには、実物大のカラー複製の存在意義というものがある。

そして、このような複製の基本になっているのが、文化財の写真撮影。法隆寺の壁画のガラス乾板は、重文指定になっている。だが、高松塚古墳を写したカラーフィルムは、文化財指定になっていないようだ。これは、今後、文化財としてしかるべく保存する必要があるのではないかと思われる。

ところで、コロタイプ印刷の複製は、私が学生のころからよく勉強に利用したものである。だが、そのとき、先生からの注意事項として、コロタイプは、その印刷の版をつくるときに人為的に手を加えることがあるので、あまり信用してはいけない、ということを教わっている。

ともあれ、今回の展覧会のカラーコロタイプ、それから、今の主流である高精細のオフセット印刷、さらには、デジタルでのアーカイブ、これら、各種の技術をつかって、文化財の研究、保存、教育ということがなされていくことになる。おそらく、これからの時代、高精細のデジタル撮影、あるいは、スキャンということが、技術の核になっていくことだろうと予想している。

ただ、コロタイプだけに限って考えるのではなくて、これから使えるようになるであろう各種のデジタル技術によって、文化財の研究や教育がどのようになっていくか、総合的に考えることがもとめられるだろう。この観点からは、コロタイプは、限りなく、実物に近いところにある技術である。これから、この技術と、最新のデジタル技術の組み合わせによる、文化財の研究・教育が課題であると思った次第である。

京都大学総合博物館「日本の表装-紙と絹の文化を支える-」2017-01-25

2017-01-25 當山日出夫

京都大学総合博物館 平成28年度特別展 日本の表装-紙と絹の文化を支える
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/modules/special/content0060.html

後期の授業が一段落したところで、京都に行ってきた。「日本の表装」の京都大学総合博物館の展示、それから、京都文化博物館の展示「日本の表装-掛軸の歴史と装い-」の後半の展示を見るためである。

京都文化博物館
http://www.bunpaku.or.jp/exhi_shibun_post/soukou2016/

この前半の展示については、
やまもも書斎記 2016年12月25日
京都文化博物館「日本の表装」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/25/8290655

同じ時期に協力して開催した展覧会になる。両方を見てみると、その立場、考え方の違いがわかって興味深い。

京都大学総合博物館の方の展示では、掛け軸などの文化財が、表装という技法・技術によって伝承されてきたものであり、それは、決して長持ちするものではなく、定期的に時期がくれば、やりなおさないといけないもの。つまり、表装を繰りかえすことによって、その文書などは伝承されてゆく。そのとき、いったい、何を残して、どこをどう変えるのかという判断がつきまとう。文化遺産の伝承とはどのような意味であるのか、ここのところから表装という技術のもつ意味を考えるものとなっている。

一方、今日と文化博物館の方は、各時代によって、表装とはどのような文化的、社会的、歴史的な文脈のなかにおかれて、行われてきたのか、それを現存している文書を見ることによってたどろうとしている。

表装された文書があったとして、その文書そのものは、古代や中世のものかもしれないが、表装は新しいかもしれない。あるいは、場合によっては、古い表装を残したものかもしれない。表装が新しくなることによって、何かそこに変更が加えられてしまっている可能性もある。しかし、そのようにしなければ、文書の伝承とはできないものなのである。

二つの展覧会の概要をまとめると、以上のようになるであろうか。

ともあれ、今回の二つの展覧会は、表装という文化財にとって身近な存在でありながら、えてして見逃してしまいがちな部分に着目したものとして、非常に興味深く、また、勉強になるものであった。日本のみならず東洋の古典籍をあつかうような研究分野の人にとっては、必見の展覧会である。

奈良国立博物館、園城寺、金光明文句2016-12-26

2016-12-26 當山日出夫

京都の文化博物館で表装の展覧会を見た後、地下鉄から近鉄にのりかえて、そのまま奈良まで行った。奈良国立博物館の展示を見るためである。目的は、

金光明文句(下巻)、園城寺蔵

である。唐の将来写本。9世紀。国宝の指定である。

珠玉の仏教美術 【書跡】 として、展示されている。
2016年12月10日~2017年1月9日。

この本については、この前の訓点語学会の時に発表した。中国(唐)で、円珍が写した本であり、その地における、校合の跡が、白点で残っている。

これは、通常の光線の状態では見えない。部屋のライトを消して暗くして、LEDライトを、角度や距離を調整しながら見て、ようやく確認がとれるというもの。今まで、この本については、将来写経としては知られていたが、白点があることは分かっていなかった。それを、学会発表したメンバーで、確認して、報告したことになる。

第115回訓点語学会研究発表会 2016年11月13日(東京大学山上会館)
園城寺蔵『金光明文句』下巻の白書について
當山日出夫・山本佐和子・中川仁喜・石井行雄
http://www.kuntengo.com/syuryo.html

私が見ておきたかったのは、やはり、通常の光源……それも、博物館の展示のようにフラットな光線があたっている状態では、とても視認できるものではない、ということを、再確認しておきたかったのである。

なお同時に展示されていた本で、これは見てよかったと思ったのは、日本書紀(巻十)残巻。国宝。現存する、最古の日本書紀の写本である。応神天皇の箇所が出ていた。

これは、奈良国立博物館の所蔵品であるので、収蔵品データベースとして公開されている。

http://www.narahaku.go.jp/collection/1190-0.html

それから、この時、ある部屋で、新たに修理が終わった文化財が、特別に展示されていた。見ると、掛軸のものが多い。説明を読むと、表装を解体して修理した、とある。ちょうど、京都文化博物館で表装の展覧会を見た後だっただけに、興味深く見ることができた。掛軸などは、バラバラに解体して、再度組み立てることができる。その時、裏打ちなどを新しくして、きれいにする。そのきれいになった直後の文化財を見ることができた。このようにして、絵画や書跡は受け継がれていくのである、と実感した次第である。

京都文化博物館「日本の表装」2016-12-25

2016-12-25 當山日出夫

今年の授業がようやくおわったので、仕事ではなく、京都に行ってきた。京都文化博物館で開催中の「日本の表装-掛軸の歴史と装い-」を見るためである。

http://www.bunpaku.or.jp/exhi_shibun_post/soukou2016/

これは非情に珍しい展覧会である。私の知るかぎりでも、一部の人にとっては、かなり話題になっているようだ。

一般に、日本の絵画とか書跡とかは、掛け軸であったり、あるいは、巻子本で見ることが多い。この展覧会は、その「表装」そのものの歴史を追ったもの。

この展覧会、京都文化博物館では、前期と後期がある。
前期 2016年12月17日~2017年1月15日
後期 2017年1月17日~2017年2月19日

そして、これと同時開催で、京都大学総合博物館でも展覧会がある。

日本の表装-紙と絹の文化を支える-
2017年1月11日~2017年2月12日
http://www.museum.kyoto-u.ac.jp/modules/special/content0060.html

興味深いというか、ありがたいことに、これら二つの展覧会の図録が、一つにまとまっている。縦書きで右に開くと京都文化博物館、横書きで左に開くと京都大学総合博物館、というようになっている。

文化博物館の方を見てみると、実際に展示されているよりもずっと丁寧に解説が書いてあり、図版・写真が掲載になっている。値段は1800円(+税)。この図録を買うためだけにでも、出かける価値はありそうである。

ともあれ、日本の古典籍をあつかう研究領域の一部(訓点語)というようなとところで、研究生活をおくってきた身としては、まさにありがたい、そして、非情に勉強になる展示であり、図録である。

この冬休みは、図録を読んで、それから来年になったら、文化博物館の後半の展示と、京大総合博物館の展示を見に行ってくるつもりでいる。

追記
後半の展示と京大の展示については、
やまもも書斎記 2017年1月25日
京都大学総合博物館「日本の表装-紙と絹の文化を支える-」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/25/8332968

『世界の文字の物語』2016-08-25

2016-08-25 當山日出夫

夏の忙しい時期がようやく終わったので、行ってきた。我が家からだと、自動車で、一時間ほどで行ける。

『世界の文字の物語-ユーラシアの文字のかたち-』
大阪府立弥生文化博物館
2016年7月9日~9月4日

あまり大規模な展示ではなかったが、タイトルのとおり、ユーラシア大陸の各地で発生した文字と、その伝播が手際よく展示されていた。

文字についてはあたりまえというべきことかもしれないが、この展示でよくわかったことをあげておきたい。二点ある、

第一には、文字は、多言語表記が可能なものであるということ。展覧会をざっと見た印象としてであるが、ある特定の言語だけを表記する文字というものは、少数といっていいのではないだろうか。まだ、未解読の文字があるので、この点については、なんともいえないが。

ある文字が発明されると、近隣の言語の表記に流用されている事例が非常に多い。これは、今日、仮名といえば日本語、ハングルといえば朝鮮語、ときめてかかってしまうことへの反省として、考えてみなければならないことかもしれない。いや逆に、文字の歴史からすれば、日本語専用の仮名、朝鮮語専用のハングルという認識は、近年に特殊な地域で発達した文字についてのものと見るべきかもしれない。

第二には、文字は他の文字から影響をうける、あるいは、それによって変化していくものであること。隣接する諸言語との交流、あるは、支配・被支配というような関係のもと、文字は、他の言語に対応するために、いやおうなく変化していくものである。字喃(ベトナム)なども、漢字から派生した文字と考えるべきだろう。

この意味では、日本での真仮名の存在は、漢字という文字の使用法のひとつの変化した形と見なすことができるのかもしれない。仮名としてではなく、漢字の用法のひとつとして、とらえることもできよう。

ざっと以上の二点が、この展覧会を総合して残った印象である。他にも、文字とメディアの問題とか、文字の使用目的の問題とか、多言語地域としての敦煌の問題とか、そもそも文字を持たない無文字言語の問題とか、いろいろ考えるべき点、勉強すべきと感じる点が多々あった。

この展覧会を見て、考えを再整理して、今日のコンピュータ文字における仮名の問題を考えるきっかけとしてみたいと思っている。

『和紙-近代和紙の誕生-』2016-06-14

2016-06-14

今、奈良国立博物館でやっている展示。
特別陳列『和紙-近代和紙の誕生-』(2016年6月7日-7月3日)

不勉強ながら……この展示を見るまで、「近代和紙」というものについて認識がなかった。主に日本の古典籍をあつかう勉強をしてきた人間として、不明をはじるしかない。

今回のこの展示から学ぶべき点は、次の三点であると私は考える。

第一に、和紙の生産というのが、明治以降の日本の近代産業のひとつであるという認識。大量生産が可能になって、輸出もされれている。タイプライター用紙など。

第二に、上記のことの再確認であるが、いわゆる和紙というものが前近代からの伝統産業であり、その時代のものを今にうけついでいるという、思い込みのようなものに気づくことである。いいかえれば、古いと思っていたものの新しい側面、とでもいおうか。

第三に、その中心的役割をはたしたのが、吉井源太という、高知県いの町の人物の存在。今回の展示は、吉井源太の功績を顕彰するものでもあると思う。

そして、さらにいうならば……現代の古文書・古典籍の修復事業のあり方についてである。

この展示、JADS(アート・ドキュメンテーション学会)が、奈良国立博物館で開催の時、ちょっと早い目に行って見てきた。一室だけの展示ではあるが、上記のようなあたらな発見をあたえてくれる。

高知県いの町 いの町紙の博物館 
http://kamihaku.com/

こんど機会があれば、是非とも行ってみたいものである。

墨筆精神2011-02-04

2011-02-04 當山日出夫

昨日、思い切って、京都まで行ってきた。京都国立博物館まで。「墨筆精神」の展覧会を見るためである。

『玉篇』『漢書』『王勃集』『蘭亭序』(詳細な作品名は略す)など、どれも逸品ぞろいである。基本となっているのは、朝日新聞の上野理一のコレクションである。

月並みな言い方であるが、久々の目の保養。

なお、展覧会として面白いのは、参考として展示されている、内藤湖南などの手紙類もあったこと。

ディスプレイとキーボードにマウス。筆墨とは、かけはなれた生活になってしまっているが、その精神の一脈だけは、なんとかうけついでいきたいものであると願うのである。

なお、解説図録もよくできている。最近のこのての展覧会の図録は、訓点についてまで言及するようになってきた。これも、時代の流れかとも思うが。

當山日出夫(とうやまひでお)

冷泉家展の後半2010-05-14

2010-05-14 當山日出夫

今日、ちょっと時間がとれたので、京都まで行ってきた。京都文化博物館の冷泉家展である。この展覧会、前半と後半で、展示をいれかえる。つまり、見ようと思ったら、2回行かないとならない。で、こんどは、その2回目、後半の展示を見てきた。

興味深いのは、やはり『明月記』。原本は、紙背なのか。まあ、その当時のことを考えれば、これが当たり前なのかもしれないが。

それから、カタカナで書かれた和歌。展示の解説、それから、図録では、カタナカは僧侶の文字とある。(ちょっと異論が無いではないが、まあ、おおかたの理解としては、これでいいのであろう。)その、カタカナで書かれた写本群、承空本がずらりと展示してあるのは、興味深かった。

面白いのは、朝儀諸次第。朝廷でおこなわれる儀式のシミュレーションといえばいいのか、あるいは、記録でもあるのか。前半の展示のときに出ていた、小さな紙の人形をうごかして、儀式の予行練習をしたものらしい。どの位置にだれがいて、どこからどこへと人が動いて、など。

気になることといえば、もと、冊子であった本を、巻子にしている事例。「読む」ための実用を考えれば、冊子の方が便利にちがいない。これは、おそらく、本が、「宝物」のようになっていくプロセスがあるのだろう。たぶん、同時に、実用的読書のための臨模本がつくられているのかもしれない。このあたり、書物史、という観点からは、解説しておいてほしかった。

ともあれ、眼福のひとときであった。

當山日出夫(とうやまひでお)