映像の世紀プレミアム「独裁者3人の“狂気”」2018-06-18

2018-06-18 當山日出夫(とうやまひでお)

NHK 映像の世紀プレミアム 第9集「独裁者 3人の“狂気”」
http://www4.nhk.or.jp/P4235/x/2018-06-16/10/32594/2899067/

土曜日の放送を録画しておいて、日曜日に見た。見て思うことはいろいろあるが、印象的だったことを二点に絞ってみたい。あつかわれていた「独裁者」は、ムッソリーニ、ヒットラー、スターリンである。

第一に、ヒットラーに対するスターリンの評価である。ベルリンの最後が近づいてきたときにも、内部からの崩壊ということはなかった。スターリンは、ヒットラーを高く評価していた。ドイツを、あそこまで一つにまとめ上げることができたのは、ただの狂人にできることではない、と。

第二に、そのスターリン再評価の動きである。確かに多大な犠牲を出したかもしれないが、スターリンのもとでソ連は飛躍的な発展をとげた。何よりも、ヒットラーに勝つことができた。これは、功績とすべきではないか、ということ。

他にも感じるところはかなりあるが、特に印象に残っているのは、上記の二点になるだろうか。

今後、ヒットラーが再評価されることはないだろう。しかし、その統治の手法とでもいうべきものは、今後、一層研究されることになるかもしれない。

ところで、番組(録画)を見ながら感じたことは、NHKでも、スターリン批判をここまで放送するようになったか、という感慨めいたものである。1955年生まれの私としては、スターリン批判を直接に記憶しているわけではない。だが、社会主義の正義を体現した国としてのソ連という国があった時代、そのように人びとに思われていた時代、冷戦時代を記憶している。その時代にあって、スターリンもまた、ある一定の評価はなされていたように思う。今日のようなスターリン批判が可能になったのは、東西冷戦終結を受けてという印象を持つ。だが、それは、同時に、今日のロシアにおける、スターリン再評価にもつながっていることになる。

また、番組は、ルーマニアのチャウシェスク大統領の最期の時の映像からスタートしていた。これも、印象的である。例えば、旧ユーゴスラビアなど東欧諸国は、ある時期の日本においては、ある種の理想として語られていたという記憶がある。ソ連でもない、中共(もうこんな言い方しないだろうが)でもない、あるべき姿としての東欧のユーロコミュニズムが、理想とともに語られていた。旧ユーゴスラビアのチトー大統領は、理想化されていたように記憶している。その理想も、今では、無かったかのごとくである。

スターリン批判の検証も必要と思うが、東欧ユーロコミュニズム礼賛もきちんと今日の眼から検証しておくべきだと感じている。

『知性は死なない』與那覇潤2018-06-08

2018-06-08 當山日出夫(とうやまひでお)

知性は死なない

與那覇潤.『知性は死なない-平成の鬱をこえて-』.文藝春秋.2018
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163908236

與那覇潤の本については、すでに触れた。

やまもも書斎記 2018年6月1日
『日本人はなぜ存在するか』與那覇潤
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/06/01/8863726

この『日本人は……』は、いい本だと思った。(が、『中国化する日本』は、あまり感心しなかったが。)買うのは、こちら『知性は死なない』の方が先に買ってあったのだが、読む順番としては、後になった。結果的に、刊行順に読んだことになる。

これは、現代日本において、もっとも良心的な知性のあり方を示している本ではないだろうか。

著者が「うつ」の病を得て、大学の職を辞めるまで、それからの闘病生活、そして、それと平行してあった、平成のおわりの日本の状況……社会的、知的な……についての分析である。

読みながら付箋をつけた箇所をいくつか引用してみよう。

「身体ではなく言語を基盤とする、社会をつくったことで生まれてしまった、永久革命のようにいつまでもつづく、「現時点での正統性」にたいする〈無限の〉挑戦。これが、もともとの意味でいう反知性主義の本質です。」(p.142) 〈 〉原文傍点

「ソ連の社会主義であれアメリカの自由主義であれ、超大国のインテリたちがグランドデザインを描こうとしてきた、言語によって普遍性が語られる世界秩序に対する、身体的な――4章のことばでいえば、反正統主義ないし反知性主義的な反発。(中略)そういう目でみることで、はじめて目下の世界で起きていることが理解できるのだと、私は感じています。」(p.195)

「すなわち、帝国とは〈言語〉によって駆動される理性にもとづき、官僚機構が制度化されたルールをもうけて統治している空間であり、逆に民族とはむしろ「ここからここまでが『われわれ』の範囲だ』という、〈身体〉的な実感にもとづく帰属集団のことである、と。」(p.197) 〈 〉原文傍点

反知性主義をどう理解するか、この点について、いくぶん留保しておくとしても、ここで指摘されているようなことは、しごくまっとうなことであるように思える。国語学という、日本語の研究にかかわっているものとして、いろいろ考えるところのある本でもある。

また次のような箇所。

「教壇に立っているかぎり、教師は政権の批判であれ天皇制の否定であれ、どんな極論でものべることができます。その教員の真価がわかるのは、授業の教室という「自分が権力者でいられる場所」を離れたさいに、どれだけ普段の言行と一致しているかをみることによってでしょう。」(p.169)

これも、しごくまっとうなことである。だが、これがいかに困難なことか、著者の体験した事例がこの本では、具体的に述べられている。この箇所を読むと、現代日本における、大学というところをむしばんでいる知的な荒廃というべきものは、ほとんど救いがたいところまできていると感じざるをえない。

知的に当たり前のことを、ごく普通に当たり前に語る……このことの難しさ、ここにこそ現代日本のおかれている知的退廃がある。本書を読んで感じるのは、著者の知的平衡感覚のバランスの良さである。これは当たり前のことである。この当たり前のことが、普通に通用しない大学というものならば、その大学の方がおかしい。

平成という時代も、あと一年もない。一年後には、次の年号になって、新しい時代を迎えていることだろう。その時になって、平成という時代をふりかえるとき、このような良心的な知性が存在したということを示す本として残ることだろうと思う。

「うつ」という病を経ることによって、身体感覚とのバランスを視野にいれた素直な知性のありかた、このような知性をもつ著者のさらなる活躍を願う次第である。

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明日、東京で、語彙・辞書研究会の発表です。家を留守にするので、二日ほどこのブログをお休みにさせてもらいます。家を離れたときぐらいは、ネットから自由でありたいとも思いますので。

『法学の誕生』内田貴2018-06-07

2018-06-07 當山日出夫(とうやまひでお)


法学の誕生

内田貴.『法学の誕生-近代日本にとって「法」とは何であったか-』.筑摩書房.2018
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480867261/

言うまでもないことだと思うが、私は、法律、法学については、まったく素人である。大学は文学部で、国文学、国語学を勉強した。今、教えている科目としては、日本語史などになる。法律については、まったくの門外漢である。

だが、この本には興味をもった。近代になって、日本がどのように近代化をなしとげてきたのか、自分なりに考えてみようと思っているところである。この本のタイトルを見て、興味がわいたのであった。

言われれば、法律というものも、近代になってからのものである。一般的な日本史の常識としては、近代国家としてスタートするにあたって、憲法をはじめ各種の法律がつくられ、司法制度が整備されていった。では、どのようにして、日本は法を整備していったのであろうか。このような興味関心から手にしてみることにした。

ある意味で、この本は、期待を裏切る内容のものであった。この本は、法律の継受ではなく、法学という思考の日本での成立を追っている。法律が制定され、それが運用されるにあたっては、日本で、日本語で、法学教育がなされ、そこで法曹実務者が、近代的な法学思考が出来ること、これが要件になる。その成立のプロセスを、近代日本の法学の重要人物である、穂積陳重と八束の事跡をたどることで記述してある。(この二人の名前なら、法律門外漢の私でも名前ぐらいは知っている。)

読みながら感じたことであるが・・・もし、何十年か前に、このような内容の本があって、高校生ぐらいの時に読んでいたら(コンパクトにまとめるなら新書本にでもなりうるテーマである)、大学の法学部を志向しただろうか・・・少なくとも、実務的な法解釈の議論ではない、法とは何であるかを問いかける法学という学問分野があることの認識はもてたかもしれない。

今、法学部をめざす学生は、何を志向しているのだろうか。法律実務の解釈学であろうか。それとも、法とは何かを根源的に問いかける、法哲学のような領域についてであろうか。

現在の日本には、多くの大学に法学部がある。そこで、実務的な法学教育がなされているはずである。その法学教育の基礎は、どのような歴史的背景をもとに近代日本において成立してきたのか、ここは、時間があれば考えてみてもいいことのように思う。この本は、法学部における教養レベルの段階で、読んでおくのがいいのかもしれない。

ところで、この本を私の興味関心の範囲で読んで、興味深かった点を二つばかりあげておきたい。

第一には、日本古来と意識される「伝統」というべき慣習などに配慮して、法律の制定がなされていったことである。それは、「作られた伝統」ではあるのかもしれないが、しかし、その時代にあっては、なにがしかの意味で「伝統」と意識されていたものである。それをふまえて、法律、特に民法などが制定されていったことになる。西欧の思考様式を受け継いでいる欧米の法律と、日本古来(と考えられている)「伝統」との確執のなかで、法的な整備がなされていった。そして、この「伝統」は、「国体」にもおよぶものである。

第二には、近代日本語と法律、法学である。近代日本語の公用文などが文語体で書かれてきたことは知っている。が、それが制度的に決められたのは、明治19年の制度的な変更に依拠してのことになる。また、様々な翻訳語が、法律用語として定められていき、現代にいたっている。まず、法律用語の制定からスタートしなければ、法学を日本にもたらすことはできなかった。このようなこと、日本語史の知識としては、概略知っていたことではあるが、それを、法学の方面からのアプローチで、再認識することになった。

以上の二点ぐらいが、私の興味関心の範囲で、この本から得られた知見ということになる。

たぶん、この本をきちんと理解するには、法学の素養が必要になるのだろう。法律の実務、あるいは、法学教育にたずさわっているような人が読めば、いろいろと参考になるところがあるにちがいない。だが、そのような素養を持たない私のような人間が読んでみても、それなりに面白く読める本であった。

『日本人はなぜ存在するか』與那覇潤2018-06-01

2018-06-01 當山日出夫(とうやまひでお)

日本人はなぜ存在するか

與那覇潤.『日本人はなぜ存在するか』(集英社文庫).集英社.2018 (集英社インターナショナル.2013 文庫化にあたり加筆)
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-745739-1&mode=1

以前、集英社インターナショナルから出ていたものに加筆して、文庫化したもの。

「日本人」とはどのように何なのか、どのように定義できるものなのか、という問題意識から、様々な角度から論じてある。もとは、大学での一般教養向けの講義をベースにしているらしい。

この本を読んで感じることなど書くとすると、次の二点ぐらいになるだろうか。

第一は、「日本人」とは再帰的にしか定義できないものである。つまり、そのような定義、見方で「日本人」をみているからこそ、そこにそのような姿で「日本人」が立ち現れてくるのである。このことは特に目新しい議論ではない。

だが、この当たり前のこと、ある意味では、学問、研究にとって自明なことを、わかりやすく懇切丁寧に語ってある。この意味ではきわめて貴重な仕事と言えるだろうと思う。

私も、この本を読んで、「日本国籍」という定義のもつ意味が歴史的に構築されてきたものであることに、認識を新たにするところがあった。

第二は、これは私の専門領域にひきつけて読解することになるのだが、「日本語」はどのように定義することになるのだろうか。

これについては、近年の日本語学研究は、かなり広い範囲の「日本語」をあつかうようになってきていると感じるところがある。第二言語としての日本語にかかわる研究がさかんになってきている。そのための……日本語学習のための……コーパスも作られたりしている。

また、かつての「日本語」の領域は、必ずしも日本国内に限るものではなかった。外地……朝鮮や台湾……においても「日本語」は使用されていた。そこには、国家権力による強制という側面もあったことになる。が、少なくとも、「日本語」の範囲は、近代の歴史を通じて考えてみても、自明なものではなかったことになる。このことをさらに考える必要があるだろう。

以上の二点が、読んで感じるところでもある。

読みながら付箋をつけた箇所をすこし引用しておきたい。

「この「認識」し続けることによって存在し続ける」という再帰的な共同体のあり方を分析する技法としては、1980年代以降の国民国家やナショナリズムをめぐる議論では、「物語」に注目が集まりました。すなわりここまでの本書の内容は、「私たちは、かつてこの列島で起こったことを『日本人の物語=日本史』として語ることによって、『日本』という共同体を日々(再)創造している」というふうに、まとめなおすこともできます。」(p.141)

ところで、なぜ、『万葉集』や『源氏物語』『古今和歌集』は、日本の「古典」であるのであろうか。近年のカルチュラル・スタディーズの立場から、いくつかの研究があることは承知しているつもりではある。が、ここは、改めて、考え直すべきことだろう。

それは、そのような作品を「古典」として読んで来た「歴史」があるから、ということでもある。それは、中世の『源氏物語』の古注などにまでさかのぼるかもしれない。いや、そこまでいかなくても、近世の国学者たちの研究、そして、それをうけて成立した、近代の国文学という学問、その営みの歴史としてある、ということはいえそうである。そして、それをうけた形で、今日の、大学の教育と研究の枠組み……日本文学科という学科があり、各種の学会がある……によって、日々、再確認、再創造していることになる。

この本は、少なくとも、日本史、日本文学、日本語、というような研究領域にたずさわる人間が、一度は、ふりかえって立ち止まって考えておくべき、貴重な論点を提示していると思う。あるいは、さらには、東洋学とか、西欧史のような分野にも拡張して考えるべきこともふくんでいるだろう。

なお、與那覇潤の本では、

與那覇潤.『中国化する日本 増補版』(文春文庫).文藝春秋.2014

は手にして読みかけたのだが……そのあまりに短絡的論理、思いつきとこじつけとしか思えない議論に閉口して、途中でやめてしまった。これは歴史書としてはどうかと思うのだが、しかし『日本人はなぜ存在するのか』の方は、いい本だと思う。

『世界史のなかの昭和史』半藤一利2018-04-23

2018-04-23 當山日出夫(とうやまひでお)

世界史のなかの昭和史

半藤一利.『世界史のなかの昭和史』.平凡社.2018
http://www.heibonsha.co.jp/book/b335427.html

半藤一利の昭和史の仕事、三部作の一つとのこと。これより以前に出た、『昭和史』それから『B面昭和史』は、読んでいる。『B面昭和史』については、このブログでもふれたことがある。

やまもも書斎記 2016年9月16日
半藤一利『B面昭和史 1926-1945』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/09/16/8191044

結論から見れば、昭和史、特に戦前・戦中の歴史を、主にヒットラー、スターリン、さらには、ルーズベルトの思惑がどうからんで、日本の歴史がそうなってしまったのかを語った本である。歴史書とはいえるだろうが、歴史学研究書ではないといってよい。

例によって、著者(半藤一利)は、「民草」の語を用いている。この語で意味するものは、いわゆる市民、庶民、国民ということになるのだろうが、それが、逆に、ある意味で、この本の限界のようにも感じる。

無論、「民草」という視点を設定することによって見えてくるものがある。しかし、同時に、「民草」と言ってしまうが故に見えなくなるものものある……例えば、戦前の日本の統治下にあった朝鮮や台湾の人びとのことなどを私は考えてみるのだが……その効用と問題点をわかった上で、読むべき本だと思う。あるいは、世界史を語るのに「民草」の視点は無理があるのではないだろうか。「B面昭和史」ならともかく。満州国ができたとき、その地に住む「民草」はどう思っていたであろうか。

とはいえ、読んでいくと、個別の歴史的事項の説明については、ナルホドと思わせるところが多々あるのはさすがである。歴史探偵ならではの本である。しかし、この本の全体を通じて、歴史とは何であるのか、歴史を語るとはどういうことなのか、ということについては、今ひとつ漠然としている印象である。あるいは、タイトルのしめしている、世界史のなかで昭和史(その戦前・戦中の歴史)をどう考えるかということについて、今ひとつ焦点が合っていない気がしてならない。

やはりこのような企画の本としては、日本史のなかの重要な事件……例えば満州事変……において、その当時の国際情勢はどうであったのか、という観点から読み解いていくのがいいのではないか。この本、基本的に年代順に出来事を追っているのだが、日本の歴史と、欧米の歴史が行ったり来たりしているので、すんなりと頭にはいらない。

それだけ、世界の歴史の中で、昭和の歴史を考えることは、問題点が多岐にわたり、難しい課題であるということかもしれない。いや、このことは、著者自身が自ら一番よく分かっていることでもあるようだ。「あとがき」を読むと、この本で触れていないこととして、ナチスのユダヤ人虐殺のこととか、フランスのド・ゴールのこととか、について言及してある。(ユダヤ人の問題について、そのドイツの「民草」はどのように思っていたのだろうか。)

昭和の、特に、戦前の歴史を考えるときに、世界史のなかで日本がどのような立場にあったのか、これは、きわめて重要な点であることはいうまでもない。その論点をたててはいるのだが、結果的に成功しているかどうかとなると、微妙だな、という印象である。

歴史を語るにはいろんな視点があるだろう。たとえば、「民草」の視点もある。が、その他、時の政権の政策立案責任者がいるだろう。政治家は何をしていたのか。官僚は何を考えていたのか。軍はどうであったのか。そして、その頂点には、昭和天皇の意向もあっただろう。これらが、錯綜しているのである。それが、叙述に深みをもたらすよりは、混乱をまねいているように読めるのである。(これも、語られている歴史的な事柄に十分な予備知識を持って読めば、自ずと整理されてくるということなのかもしれない。残念ながら、私には、それだけの知識がない。)

だが、少なくともこの本を読んで、例えば日中戦争において、その後の真珠湾攻撃までの間にでも、いくつかの歴史的転換点があったことが理解される。歴史の結果を知っている今日から見れば、ことごとく失敗の判断をしたということになるのだが、歴史に学ぶという意味で、本書で指摘されているような、かつての歴史の失敗をつぶさに見ていく必要はあるだろう。その失敗の原因は、何にあるのかが問われねばならない。

歴史は皮肉なものであると著者はいっている。確かに、歴史の結果を知っている今日の目からみれば、そのような感慨はでてくるにちがいない。歴史に学ぶには、さらに一歩ふみこんで考える必要がある。この本を出発点にして、歴史に学ぶ、歴史を研究するということがスタートすることになると思う。その出発点を確認する意味では、いい本だと思う。

『近代日本一五〇年』山本義隆(その二)2018-04-13

2018-04-13 當山日出夫(とうやまひでお)


続きである。
やまもも書斎記 2018年4月12日
『近代日本一五〇年』山本義隆
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/12/8824057

山本義隆.『近代日本一五〇年-科学技術総力戦体制の破綻-』(岩波新書).岩波書店.2018
https://www.iwanami.co.jp/book/b341727.html

基本的に、この本の歴史観……近代日本の歴史を、帝国主義と軍による悪の歴史とみる……には、あまり賛同できないのであるが、しかし、だからこそ、この本ならではの記述として、なるほどと思わせるところもある。

やや長くなるが引用する。

「すくなくとも理科系の学問では、多くの学者は、おのれ自身の知的関心に突き動かされ、あるいは自身の業績をあげることを目的に、研究している。他方では、国家が科学と技術の研究を支援しているのは、それが、経済の発展、軍事力の強化、そして国際社会における国家のステータスの向上に資するがゆえに、である。そのことが民主主義の発展に結びつくかどうかは、まったく別の問題、つまり政治の問題である。にもかかわらず当時、科学的合理性と非科学的蒙昧との対比が民主制と封建制の対比として語られることによって、科学的は民主的とほとんど等置され、科学的立国は民主化の軸と見なされた。」(pp.211-212)

つまり、「科学的」「合理的」であるということと、「民主的」であるということはイコールではない、という指摘である。この指摘については、私は、首肯するものである。

戦前の軍国主義の時代を批判して、非科学的、非合理的と批判する。科学的な合理的な思考ができたならば、帝国主義的侵略はなかったと考える……そのような考え方に、待ったをかけている。国家がどのようであるかは、「政治」の問題である。

ここでは、「科学」というものが、価値中立的に見られている。あるいは、それ自身の価値の追求のためにあるとでも言った方がいいか。

たぶん、この本の中の眼目としていいのが、上記のような記述であろう。言うまでもなく、著者(山本義隆)は、理科系のひとである。でありながら、全共闘世代を代表する人物でもある。そのような著者にとって、自分の学ぶ学問が、どのように社会的に利用されるかは、きわめて「政治」の問題であったことになる。あるいは、「科学」を「政治」とは、とりあえず切り離すことが可能なものとして、とらえている。

私の読んだところで、この本から読みとるべきことは、「科学」あるいは「科学技術」と「政治」の関係……それが分離不可能なものなのか、切り離して価値中立的に自己目的的に営まれるものなのか……ということについての問いかけであると思うのである。

そして、「科学」が善良なものであるという思い込みをも、著者は否定している。

「政治家は無知で官僚は自己保身的で財界は近視眼的であり、いずれも科学にたいしては理解がなく短見であるという思いあがりと被害者意識のないまざった感情に支えられたその民主主義運動は、その後、一九六〇年代の高度成長に、すなわち官僚と政治家のヘゲモニーによる科学技術立国の奔流に、なすところなく飲み込まれてゆくことになる。」(p.215)

その結果が、福島での事故ということになる。

著者(山本義隆)は、昭和20年(1945)で時代を区切ってはいない。むしろ、戦前と戦後の連続性の方に着目している。敗戦ということをむかえても、社会の基本となる組織、官僚機構、統治機構は残った。そして、「科学技術」と社会、国家との関係も、連続したものとしてとらえている。

ともあれ、「科学」「科学技術」にたずさわる人間が、「政治」に無関心であってはならない、このことだけは、読みとるべきことである。

『近代日本一五〇年』山本義隆2018-04-12

2018-04-12 當山日出夫(とうやまひでお)


山本義隆.『近代日本一五〇年-科学技術総力戦体制の破綻-』(岩波新書).岩波書店.2018
https://www.iwanami.co.jp/book/b341727.html

この本、サブタイトルの「科学技術総力戦体制の破綻」に、端的に内用が凝縮されている。語られている歴史は、「科学技術」についての近代150年の歴史である。近代150年の終端にあるのは、言うまでも無く福島の原子力発電所の事故である。

この本については、まず、150年という時代、時間設定の意味が重要である。今年は、明治150年である。そのこともあって、この本のタイトルになっているのだろうが、それよりも、明治維新で時代を区切るという歴史観について、もう一つ踏み込んだ議論があってもよかったのではないかと思われる。

日本の近代を考えるとき、明治維新を一つの節目にして考える考え方があると同時に、それを準備したものとしての、近世からの様々な動き……幕府や藩の制度であったり、蘭学や国学などの学問的ないとなみであったり……を総合して考える考え方もある。

例えば、
やまもも書斎記 2017年11月24日
『「維新革命」への道』苅部直
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/24/8733452

この本などでは、19世紀ぐらからの江戸時代に、近代の萌芽をみる視点で書いてある。

まあ、確かに、「科学技術」ということを切り口にして、日本の歴史を考えるとするならば、明治維新以降の文明開化の時代が、まさに日本に「科学技術」がもたらされた時代としていいだろう。それはそうであるとしても、なぜ、そのような歴史観にたつのか、あるいは、なぜ「科学技術」の観点から考えることにするのか、そこのところについて、さらに一歩踏み込んだ記述は無いようである。

いや、これは、著者が山本義隆だから、もう当然のこととして読むことになる……このような理解を前提にしているのかもしれない。また、福島の原子力発電所の事故を終局に設定して、そこから遡って、ではなぜこのような事故をまねくいたったのか考えてみるならば……つまり、言ってみれば、先に結論ありきの議論であるとも読める。

私の読んだ印象としては、明治になってからの日本の歴史は、悪の歴史でしかない……すべて悪いのは帝国主義と軍……という歴史観には、どうかなと感じる。もし、「科学技術」に焦点をあてての近代史であるとしても、別な観点があったのではなかろうか。純粋に、知的営為としての「科学」というものがあったにちがいない。それらすべて、日本の政府と軍、帝国主義、経済優先主義にからめてしまうのは、いただけない。

日本の近代の文化史にしても、また、政治史にしても、もっと別の観点から、いろどり豊かなものをそこに見いだすことはできるにちがいない。しかし、そこを、山本義隆ならではの視点で強引に記述してしまっているという感じがしてならない。

述べられている個々の事実についてみれば、それはそのとおりであると感じるのだが、全体として、近代の歴史をどのような歴史観で記述するのか、となると、この本の歴史観には、いささか違和感を感じるのである。

追記 2018-04-13
この続きは、
やまもも書斎記 2018年4月13日
『近代日本一五〇年』山本義隆(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/04/13/8824592

『明治天皇』(四)ドナルド・キーン2018-02-17

2018-02-17 當山日出夫(とうやまひでお)

ドナルド・キーン.角地幸男(訳).『明治天皇』(四)(新潮文庫).新潮社.2007 (新潮社.2001)
http://www.shinchosha.co.jp/book/131354/

続きである。
やまもも書斎記 2018年2月3日
『明治天皇』(三)ドナルド・キーン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/03/8781281

この第四巻は、歴史としては、日露戦争から明治天皇の崩御にいたるまでの、明治のおわりの時期のことになる。

読んで印象にのこったことは次の二点だろうか。

第一は、日露戦争。この本は、冷静に日露戦争のことを描いている。読んでみての印象としては、結局、朝鮮半島から満洲にいたる地域の権益をめぐっては、日本とロシアとは戦わざるをえなかったというふうに描いてあると読める。今日の観点からは、日露戦争は、侵略戦争という位置づけができるのかもしれないが、本書では、そのような立場をとってはいない。

そして、世界の歴史のなかで日露戦争を見る視点を忘れてはいない。なぜ、イギリスが日本と同盟することになったのか。また、なぜ、アメリカが和平の仲介に乗り出すことになったのか。このあたりの国際情勢が冷静な筆致で語られる。

第二は、安重根の伊藤博文暗殺事件と、幸徳秋水の大逆事件である。どちらも、明治国家にとっては重大事件である。が、記述のなかで印象に残ることとしては、安重根も、幸徳秋水も、ともに、明治天皇には畏敬の念をもっていた、という指摘である。

明治政府、日本国家に対しては、たしかに反逆したということになる。だが、明治天皇という人(といっていいだろうが)、に対しては、好意的な立場であったことが、二つの事件の記述の中に見える。これは、意外な指摘であるという印象であり、また、明治天皇という一人の近代国家の君主が、その当時の人びとにとって、きわめて魅力的な存在であったということでもある。

以上の二点が、四冊目を読んで、強く印象に残ることである。

明治という時代、近代国家としての日本の成立、このような歴史的背景とは別に、一人の君主としての明治天皇という存在がある。明治天皇を抜きにしては、明治という時代、明治維新という歴史的出来事を語ることはできない。しかし、その一方で、明治天皇という一人の君主は、抜きん出て人を魅了するところがある。明治大帝といわれるゆえんであろう。

別の角度からみれば、たまたま明治維新がおこったときに天皇の地位にいただけのことであったのかもしれない。だが、そうであるにしても、その後、45年間にわたって、「明治」という時代を背負ってきたという歴史的事実の重みがある。これもたまたま明治という年号がつづいた(一世一元)というだけのことかもしれない。だが、そう思って見ても、「明治」という時代ととにあった明治天皇の偉大さというものが、減ずるものでもない。

日本の近代において、明治維新の後、明治天皇という偉大な君主のもとに日本の近代化がすすめられてきた。むろん、それに併行して、社会のひずみや犠牲という面もあったにはちがない。だが、そのようなことをふまえてもなお、明治天皇の残した足跡は偉大であるといわざるをえない。

ドナルド・キーンの『明治天皇』は、特に、新出の史料によって斬新な歴史観を打ち出したという本ではない。多くは既存、既刊の史料、文献によっている。その量は膨大である。その資料をもとに、明治という時代と、明治天皇という君主の一代を描いた本書は、明治150年をむかえた、今日においてこそ、さらに読まれるべき本だと思う。

『明治天皇』(三)ドナルド・キーン2018-02-03

2018-02-03 當山日出夫(とうやまひでお)

ドナルド・キーン.角地幸男(訳).『明治天皇』(三)(新潮文庫).新潮社.2007 (新潮社.2001)
http://www.shinchosha.co.jp/book/131353/

続きである。
やまもも書斎記 2018年1月22日
『明治天皇』(二)ドナルド・キーン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/22/8774280

三冊目である。この巻は、普通の日本史でいえば、憲法の制定から、日清戦争のころまで。三冊目まで読んで思うことなど、いささか。

第一は、閔妃暗殺の事件に一つの章をつかってあること。この事件のことをめぐっては、普通の日本史の教科書などでは、そう大きくあつかうことはないだろうと思われる。が、この事件は、日本の近代の歴史を考えるとき、はずせないことでもある。

というのは、この『明治天皇』という本は、確かに、明治天皇というひとりの君主の生涯を追っている評伝・歴史書ではあるのだが、同時に、その当時の世界における日本、特に東アジアにおける日本という観点をもって書かれているからでもある。日本だけから見た日本になっていない。(このあたり、ドナルド・キーンという外の目から見た日本であるということになる。今では、著者は、日本国籍であるが。)

第二は、上述のこととも関連するのだが、明治国家にとっての最大の課題として、条約改正を描いていることである。治外法権をみとめ、関税自主権が無い、という不平等条約の改正こそが、明治国家の最大の課題であったという視点がつらぬかれている。

思い起こせば、明治の初めの岩倉使節団の欧米への派遣も、条約改正を視野にいれての準備であったと記述されていた。

現在の日本は、不平等条約のもとにはない。(まあ、在日米軍の問題があるにはあるのだが。)だからであろうか、明治国家の最大の目標が、不平等条約の改正にあったということが忘れ去られてしまいがちである。だが、著者の立場からすれば、世界のなかにおける日本ということを考えるとき、諸外国とどのような条件で条約をむすんでいたのかは、最大の課題ということになる。

以上の二点が、第三巻を読んで強く印象にのこっているところである。

東アジアにおける日本を国際的な視点から見る……このことの一つのあらわれが、第50章「清国の「神風連」」かもしれない。中国近代史では義和団の事件である。このことにかなりのページがつかってある。

これは、幕末から明治にかけての日本の歴史……開国から明治維新……におけるナショナリズム、これを、東アジア全体の流れのなかにおいて見ようという発想からくるものだと思って読んだ。日本におけるナショナリズムの動きが、尊皇攘夷運動から明治維新にいたったとして、では、となりの中国ではどうであったか、義和団の件を軸に記述してある。中国では欧米列強の侵略に対してどう対応したのであろうか。

また、閔妃暗殺事件の流れの裏には、朝鮮におけるナショナリズムをめぐる様々な動きを無視できないとも読み取れる。それが、近代の日本との朝鮮との関係のなかで、不幸な事件をひきおこした遠因であるとも解釈できる。(直接的には、そのように書いてあるというのではないのだが。)

この本は、19世紀の日本、明治という時代を描きながら、同時に、東アジアの歴史における日本を見る視点の重要性を教えてくれる。このような歴史の視点は、まさに著者として人を得て書かれたというべきであろう。

追記 2018-02-17
この続きは、
やまもも書斎記 2018年2月17日
『明治天皇』(四)ドナルド・キーン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/17/8789356

『明治天皇』(二)ドナルド・キーン2018-01-22

2018-01-22 當山日出夫(とうやまひでお)

新潮文庫版の『明治天皇』の二冊目である。

一冊目については、
やまもも書斎記 2018年1月20日
『明治天皇』(一)ドナルド・キーン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/01/20/8773017

ドナルド・キーン.角地幸男(訳).『明治天皇』(二)(新潮文庫).2007 (新潮社.2001)
http://www.shinchosha.co.jp/book/131352/

この二冊目で描かれるのは、明治維新から、明治十四年の政変、自由民権運動(植木枝盛)ぐらいまで。明治維新を経て、東京に政権が確立してから、近代的な国民国家になっていく、まさにその出発点のできごとが、基本的に編年式に語られる。

この巻を読んで印象に残るのは、やはり西南戦争である。西郷隆盛の征韓論からの動き、不平士族の騒乱、そして、おこる西南戦争とその決着。この一連のながれについては、『翔ぶが如く』(司馬遼太郎)が描いたところでもある。

ちなみに、『翔ぶが如く』は、二回読んでいる。司馬遼太郎の小説は新聞連載が基本だから、途切れ途切れに読んでも筋が追っていける。電車の中で読む本と決めてカバンの中にいれておいて、昔の若い頃に読んだ。『坂の上の雲』も、電車の中で読んだ本である。

それを読んでの知識が事前にあったせいかもしれないが、歴史上起こった西南戦争を、より客観的に、東京にいる明治天皇の視点ではどのような出来事であったのか、という冷静な記述に、ある種の感銘をうけて読んだ。

この『明治天皇』(新潮文庫)の二巻目まで読んで思ったことなど、いささか書くとすれば、次の二点であろうか。

第一には、著者(ドナルド・キーン)は、アメリカの人(今では、日本国籍であるが。)この本は、その外国の目から見た日本の近代史である。普通の日本の歴史……学校の教科書に出てくるような、あるいは、一般の歴史小説で描かれるような……とは、異なる視点から歴史を見ている。

そのことがよく分かるのは、沖縄の問題。明治になって、沖縄県が設置されるまで、沖縄は琉球国という独立国であった。それが、半分は清朝に朝貢し、かたや薩摩藩の支配下にもある、という二重の立場であった。この沖縄が、明治になって、日本国の領土に組み入れられプロセスを、かなりのページをつかって記述してある。

一般の学校の日本史の教科書であれば、沖縄は、はるか古代から日本の領土の一部であったという立場である。このような立場を、著者(ドナルド・キーン)はとっていない。あくまでも、近代になってからの日本の領土としての沖縄ということで、記述してある。

これは、北海道についても同様な視点がある。北海道、樺太、千島、これらの領土が確定したのは、明治になってからロシアとの交渉があってのことである。それまで、北海道(蝦夷)は、完全に幕府の支配権の及ぶところではなかった。

また、明治14年のこと、ハワイ王国の王(カラカウア)が日本をおとづれている。このことに一つの章がつかってある。ハワイもまた、近代になってから、アメリカの領土に組み込まれた新しい土地である。明治のこのころには、ハワイはまだアメリカのものではなかった。そのハワイと明治政府との間で条約が結ばれている。幕末にアメリカと結んだ不平等条約のようなものではなく、これは対等なものであった。

このような視点で、日本の近代史を語ることは、普通の日本史では希なことだと思う。少なくとも、学校で教えている日本史では出てこない。

第二に、第二巻まで読んでも、明治天皇その人の声とでもいうべきものは、ほとんど見えてこない。『明治天皇紀』によって、史実が淡々と記述される。希に明治天皇の思いが出てくると、それは、和歌によってである。

そして、その明治天皇であるが、第一巻から読んでくると、孝明天皇の皇子として京都で生まれたものの、帝王教育というようなものはうけていない。塀の奥の、京都の御所の奥深く、一般の市民とは隔絶したところで育った。それが、明治維新になって東京に出てくることになって、外国からの賓客と接する必要がおこるようになって、また、明治宮廷の近代化ということが行われることになって、徐々に、近代的な天皇らしくなっていく。また、メディアにおける天皇のイメージ……錦絵であったり、写真であったり……も、明治なってから、徐々に形成されていくことになる。

ところで、天皇で思い出すのは、今上天皇のこと。その退位の意向を示されたメッセージのなかで、日本各地を旅して人びとの暮らしによりそうことが象徴天皇としてのつとめである旨のことを、語っておられた。このような天皇のあり方は、先の昭和天皇をひきついでいるものでもあろう。

天皇の巡幸ということは、明治になってからの「発明」(この用語は著者はつかっていないが)である。例えば、伊勢神宮でも、明治になるまで天皇が参拝するということはなかった。

近代になってからの明治天皇のイメージというものも、やはり明治になってから創り出されてきたものであり、それには明治天皇自身の意思も働いていたところもあるし、周囲の重臣たちの意向でそうなっていったというところもある、この年代的な変化が、編年的に語られる『明治天皇』を順番に読んでいくと、感じ取れるところである。

以上の二点が、第二巻までを読んで思ったところである。

次の第三巻は、憲法の制定から、日清戦争のできごとになる。楽しみに読むことにしよう。

追記 2018-02-03
この続きは、
やまもも書斎記 2018年2月3日
『明治天皇』(三)ドナルド・キーン
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/02/03/8781281