国語語彙史研究会(第121回)に行ってきた2019-04-29

2019-04-29 當山日出夫(とうやまひでお)

2019年4月27日は、第121回の国語語彙史研究会が関西大学であったので行ってきた。

朝の一〇時ごろに家を出た。近鉄で日本橋まで。そこから地下鉄にのりかえ。さらに淡路でのりかえて、関大前まで。お昼ご飯をたべて、大学まで歩く。だいたい、はじまる三〇分前ぐらいについただろうか。

今回の研究会も発表はいろいろ。文字・表記についてのもの、文法についてのもの、語彙についてのもの、多彩な方面からの、国語史についての発表であった。

私が気になったのは、最初の発表。明治の漢字辞書についてのものだが、レジュメを見ると「Unicodeにない字」ということが言ってある。これは、私としては、ちょっと気になることであったので、質疑応答の時に、少し話しておいた。

Unicodeとは、確かに世界標準の規格といっていいだろう。だが、そのどのバージョンについて、どの範囲の文字を、フォントとしてコンピュータに実装するかは、また別の問題である。また、Unicodeとは、文字のいったい何を決めたものなのか……字体なのか、字種なのか、文字概念なのか……このあたりも、まだ議論のあるところだろうと思う。

とはいえ、明治のはじめごろの、漢字の世界の一端を明らかにしたいい発表だったと思う。

懇親会は、学内の学食で二時間ほど。終わって、これも、だいたいいつものようなメンバーで、二次会。大学の近くのお店に。このお店、以前にも行ったことがあるかと憶えている。

いつもは、夜は早く寝る、そのかわり朝は早く起きる、という生活をしているのだが、家にかえったら一二時近くになっていたので、少し疲れた感じがする。少し朝寝して、だいたいいつものように、ブログをアップロードして、外に出て花の写真を写してということになった。

連休中は、村上春樹を読んですごそうとおもっている。いよいよ『騎士団長殺し』である。

次回は、9月に神戸の三宮で開催とのことである。

第30回「東洋学へのコンピュータ利用」に行ってきた2019-03-14

2019-03-14 當山日出夫(とうやまひでお)

東洋学へのコンピュータ利用

2019年3月8日は、京都大学で恒例の「東洋学へのコンピュータ利用」の第30回のセミナーがあったので行ってきた。

今回は、発表件数が少なく、午後からだった。昼前に家を出て駅まで送ってもらう。近鉄と京阪をのりついで、出町柳まで。途中、昼食をすませて会場の人文科学研究所に行った。

東洋学へのコンピュータ利用第30回研究セミナー
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/2019.html

今回も文字の発表が多かった。それから、前回に引き続き図書館学の発表もあった。

文字についていえば、今は、ユニコードで文字(漢字)が増えすぎていると言ってもよいのかもしれない。しかし、それでも、特定の文献……古典籍、古辞書など……をコンピュータでとりあつかうためには、足りない文字がある。それをどうするか、これからの課題である。ユニコードに提案するというのが、本筋なのであろうが、そのためには、その文字の必要性、それから、確固たる典拠の説明、これをどうしていくか、考えなくてはならないことが多くあるように感じた。

そして、そもそも「文字」(漢字)というものを、どのように定義するのか、これもまた根本的なところから問いなおされなければいけない問題でもある。

質疑応答もかなり活発で、充実した研究会であった。

終わって、だいたいいつものようなメンバーで、百万遍近くのお店で懇親会。いろいろと話しをして……しかし、何を話したのが憶えていないが……比較的早めに終わって帰ることにした。家に帰ったら、10時ごろになっていた。

次回は、変則的に、7月26日に、東京の立川の国立国語研究所で開催である。

日本漢字学会に行ってきた(その二)2018-12-07

2018-12-07 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2018年12月6日
日本漢字学会に行ってきた
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/12/06/9007758

漢字学会の二日目は、会場を変えてシンポジウムと講演。

シンポジウムのタイトルは「電子版漢和辞典のいま―漢和辞典はここまで来た!」であった。

電子化と漢和辞典ということで、角川、学研、三省堂、大修館、この四つの会社の辞書編集部、営業のひとがでてきて話し。

このシンポジウム、私は、黙ってきいていた。私としても、いろいろ言いたいことはあるのだが、それはあえて言わずに、発表者、それから、フロアからの質疑などを聞いていることにした。

印象に残っていることを書けば、漢和辞典の編纂という仕事は絶滅危惧種であるという意味の発言があった。そして、全体の流れとしては、将来になにがしかの展望を見出すとするならば、電子化ということになる。

だが、このような流れのなかで、話題に出なかった、誰も発言しなかったことが、いくつかある。私としては、この話題にならなかったことの方が気になってしかたがない。三点ほど書いておく。

第一には、ユニコードの問題である。漢和辞典の電子化ということと、ユニコード漢字とは、一体のものだと思うのだが、誰も、ユニコードのことについて、発言しなかった。

第二には、漢和辞典の電子化ということで話題になっていたのは、スマホのアプリの開発であった。だが、普通に人が文章を書いているのは、パソコンだろう。であるならば、パソコンのソフト(具体的には、ワープロでありエディタである)との連携ということが、必要になるはず。

現に、私は、ワープロは主に一太郎とATOKを使っている人間であるが、ワープロやエディタで文章を書きながら、変換候補とともに表示される辞書を見ることが多い。ここで、提供されているのは、国語辞典である。では、なぜ、漢和辞典のWindows版(あるいは、Mac版)が、利用されるようにならないのであろうか。

小さなスマホのアプリで漢和辞典を見て、それを見ながらパソコンの画面で入力する……これは、なんともまどろっこしいことである。(それとも、これからの日本語の文書作成は、パソコンではなく、スマホでということを言いたいのだろうか。そんなことはないと思うのだが。)

第三に、これは、最近のことであるが、ジャパンナレッジに『新選漢和辞典』がはいった。このことによって、一つの検索窓から、国語辞典と漢和辞典が同時に検索できるようになっている。これは、ある意味で画期的なことである。しかし、このことについての言及は一切なかった。

以上の三点が、漢和辞典の電子化をテーマとしたシンポジウムでありながら、話題にならなかったことである。やはり上記のようなことについては、誰かがなにがしか発言するようにもっていけなかったものかと思う。(あるいは、今になって思えば、私が、フロアから言ってもよかったことなのかもしれない。)

学会の最後は、講演会。記念講演「漢字明朝体の来た道」樺山紘一氏(印刷博物館長)である。

聞いていて、大きな流れとしては問題はないのだろうが……細かなことを言えば、明朝体の印刷字体が誕生するにあたって、宋版などについての言及がまったくなかったことが気になる。いきなり明の時代になって、一切経とともに明朝体が誕生したかのごとくであった。中国の印刷史の流れのなかで、明朝体を考える視点があってもよかったのではないだろうか。

ともあれ、日本漢字学会の第一回の学会は、無事に終了した。参加者も、かなり多かったのではないだろうか。成功したといってよい。来年は、11月30日、12月1日に、東京大学(駒場)で開催とのことであった。

日本漢字学会に行ってきた2018-12-06

2018-12-06 當山日出夫(とうやまひでお)

2018年12月1日、2日と、日本漢字学会があったので行ってきた。京都大学。

日本漢字学会
https://jsccc.org/

第1回研究大会
https://jsccc.org/convention/detail/1/

第1日目は、午後からなので、10時前に家を出た。いつものように、近鉄と京阪を乗り継ぐ。ちょっと早めについた。

この学会、今年の春の設立総会、シンポジウムの時も出てみた。その時の印象としては、無事に「学会」という形でなりたつのかどうか、少し不安に思うところがないではなかった。漢字、文字、というものを、学問的に研究する分野はある。しかし、それが、「学会」として自立することができるかどうかは、微妙なところかもしれないと思っていた。

第1回の研究会に参加した限りでは、どうやら無事に「学会」としての体をなして、運営することができそうな印象であった。

ただ、漢字というものを学問的に研究するとなると、その方法論については、まだまだ未開拓な領域であると感じるところがある。無論、これまでの、膨大な漢字研究……その多くは、中国学の分野の一つ、国語学、日本語学の中の分野の一つとして……があることは承知している。だが、それをふまえて、それを継承しつつ、新たに独立した研究分野を「学会」として作っていくことは、また別の問題点、課題がある。

第一には、漢字というのが、ある意味で自明なものである、ということがある。漢字は誰がみても漢字である、という側面がある。そのため、改めて漢字とは何であるかを定義しようとすると、難しい問題がある。

第二には、そのような漢字を研究するとなると、これからは、まさに学際的ないろんな研究分野にまたがった領域として展開せざるをえない。これを漢字ということをキーにしてどうまとめていくか、これも難しいかもしれない。

以上の二点を考えてはみているものの、ともあれ、第1回の研究会は、成功であったといっていいだろう。私の聞いていた発表は、それなりに漢字についてのものであったし、質疑応答もかなり充実していたと感じる。

研究会が終わって、懇親会。予定されていたお店ではなく、神宮丸太町近辺のお店。ここははじめてである。参加者も多かった。

どういうわけだかしらないが……懇親会の終わりの挨拶を急にさせられることになった。

終わって、これはいつものようなメンバー……訓点語学会など国語学、日本語学関係の人たちと一緒に二次会。タクシーで、四条まで。木屋町あたりの適当なお店で、軽く飲みながら、雑談。

家に帰ったら11時ぐらいになっていた。翌日は、午前中からであるので、とにかく風呂だけはいってすぐに寝てしまった。

翌日は、シンポジウムと講演である。(続く)。

追記 2018-12-07
この続きは、
やまもも書斎記 2018年12月7日
日本漢字学会に行ってきた(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/12/07/9008565

訓点語学会(第119回)に行ってきた2018-10-26

2018-10-26 當山日出夫(とうやまひでお)

第119回の訓点語学会の研究発表会があったので行ってきた。2018年10月21日、東京大学である。

午前中から発表があるので、前日から行った。年に一回、訓点語学会のときだけは、ちょっとぜいたくに時間を使うことにしている。宿は、お茶の水にとった。ここからなら、本郷まで歩いて行ける。

全体的な感想を述べておくならば、この学会は、外国人、留学生の発表が多い。日本語の古典籍の古いものを資料としてあつかうことになるのだが、対象が辞書の場合は、特に、日本語を母語としていない留学生であっても、特に不利になることがない。

また、去年からのことであるが、韓国の口訣学会との交流、招待発表が二件あった。さらに、ベトナムからの発表もあった。

このような発表を聞いていると、漢文の訓読ということが、特に日本独自のものではなく、東アジアの中国の周辺の国々、地域で、ひろく行われている現象であることが理解される。

終わって、懇親会。例年使っていた山上会館が、業者がかわってせいで、料金的につかえなくなったらしい。本郷通りをすこしあるいたところにある中華料理店であった。ちょっと狭いかなと感じるところがないではなかったが、しかしアットホームな雰囲気でよかった。

懇親会の後、これも、また、だいたい例年と同じようなメンバーで二次会。本郷三丁目の駅の近く居酒屋。比較的若いひとたちが多かった。一〇人ぐらいだったろうか。

帰りは、また、お茶の水まで歩いた。東京に行ったときの方が、家にいるときよりも、よく歩く。家にいると、特に散歩に出るほかは家にいる生活である。

やどに帰りついたら、一〇時ごろだったろうか。翌日の午後、家の方でちょっと用事があるので、午前中はやくにもどった。

行き帰りの新幹線の中では、iPodで音楽を聴いていた。年をとってきたせいなのであろう、もう、本を読もうという気にはならない。本を読むのは、自分の家の自分の机ときめている。

次回は、例年のように、京都大学の文学部で開催である。

国語語彙史研究会(神戸大学)に行ってきた2018-09-27

2018-09-27 當山日出夫(とうやまひでお)

国語語彙史研究会が、神戸大学であったので行ってきた。9月22日。

我が家からだと、近鉄と阪神が乗り入れているので、比較的簡単に行ける。とはいえ、阪神の御影の駅には快速急行が止まらないので、手前の魚崎の駅でおりて、乗り換えないといけない。ちょっと早めに家を出た。まず、御影の駅ついて、バス停の確認。それから昼食。

この前、神戸大学に行ったのはいつのことだったか。たしか、日本語学会のシンポジウムで発表したとき以来ではないだろうか。もう何年も前のことになる。その時も、たしか、御影の駅の近辺で昼食を済ませてから、バスに乗って行ったのを憶えている。

そのバスは、始発からであるから、座って行けた。目的地の、神大の文学部のあるバス停までに、JRの駅、阪急の駅と、止まっていく。そのたびに乗客が増えて、目的地に着くころには満員になってしまった。でも下りる人も多くいたので、なんとかなった。

しかし、キャンパスについてから、研究会の看板を探したが見当たらない。一緒にバスを降りた知り合いの人と一緒に、キャンパスの案内図を見て、文学部の建物の方向をめざして行った。結局、ちょっと道に迷ったようだが、どうにか文学部の建物にたどりついた。研究会の開始、30分ほどまえについたことになるだろうか。

研究会は、いつものとおり三人の発表。語彙史研究会と言っているが、表記・文字の問題があったり、文法の問題があったり、資料論の発表があったりで、多彩な発表であった。質疑応答も、かなり活発だったと思う。

研究会が終わって、これもいつものように懇親会。これは、キャンパス内の学食を使ってであった。ちょっと人数が少なめかな、という印象。それから、今回は、あまり若い人がいなかったように感じた。

懇親会が終わって、駅まで歩いて下る。バスを待っていても、なかなか来そうにない。

多くの連れの人たちは、阪急に乗ったようだ。(その後、二次会に行ったかもしれないが、わからない。)私は、JRの駅まで歩いて下って、大阪から鶴橋に出て、そこから、近鉄に乗って帰った。

家についたら、10時半ごろになっていた。

翌日は、表記研究会が関西大学である。これは、午前中から行かないといけないので、とにかく寝た。次回は、12月に京都大学とのこと。12月は、漢字学会も京都大学であるので、連続して行くことになるかと思う。

「文字情報データベースの保存と継承」に参加してきた2018-07-23

2018-07-23 當山日出夫(とうやまひでお)

2018年7月21日は、京都大学人文科学研究所で、

シンポジウム「文字情報データベースの保存と継承」

があったの参加してきた。記録の意味で、プログラムを転記しておく。

漢字字体規範史データセット
http://hng-data.org/index.ja.html

保存会設立記念シンポジウム「文字情報データベースの保存と継承」
http://hng-data.org/events/2018-07-21.ja.html

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第1部 研究集会「文字情報データベースの保存と継承」

13:00-13:05
趣旨説明:守岡 知彦
13:05-13:35
報告1:高田 智和(国立国語研究所) 「『石塚漢字字体資料』と『漢字字体規範史データベース』」
13:35-14:05
報告2:守岡 知彦(京都大学) 「漢字字体規範史データセットの構築・共有計画について」
14:05-14:15
休憩
14:15-14:45
報告3:永崎 研宣(人文情報学研究所) 「文字情報データベースにおける IIIF 活用の可能性と課題」
14:45-15:15
報告4:安岡 孝一(京都大学) 「文字列検索可能な画像データベース」
15:15-15:25
休憩
15:25-16:25
基調講演:石塚 晴通(北海道大学名誉教授) 「漢字の書体と字体 —承前—」
16:25-16:35
休憩
16:35-17:15
総合討論

第2部

17:25-17:45
漢字字体規範史データセット保存会設立総会

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これに参加して思うことは多々あるのだが、基本的なことだけを確認しておきたい。

HNG(漢字字体規範史データベース)は、研究成果として出たものである。漢字の字体の標準・規範というものは、時代と地域によって異なる、このことを実証的に示すために、HNGが作られて公開になった。

その後、このHNGを使って、いろんな論文を書くようになった。私のやってみた「白氏文集」の旧鈔本の字体の研究など、そのうちにはいるものである。研究成果の結果として作ったデータベースが、次第に、研究者間でインフラとして利用されるようになってきた、という経緯がある。

だが、そのために必要な措置……主にサーバの管理にかんすることであるが……については、ほとんど手つかずのままに来てしまったことになる。そして、(どのような事情があったかかは知らないが)HNGの停止ということになった。

ここで考えておかなければならないことは、データベースを作って公開するということの継続性の問題である。研究者、特に人文学系の研究者においては、一〇年二〇年という時間など、わずかの時間にすぎない。しかし、その一〇年二〇年の間に、コンピュータ技術はどんどん進歩していくし、サーバも定期的にリプレイスしていかなければならない。

とにかく、一度作って公開したデータベースは、どのような使われ方をするか、予想の出来ないところがある。そのためには、何よりも継続ということを考えなければならない。そして、その継続ということのためには、いったい研究者として何をすべきか、その課題が、今回の件によって、ようやく、研究者自らの課題として見えてきたということになるだろうか。

結果としては、今回、新たに、「漢字字体規範史データセット保存会」というものをたちあげて、HNGの初期の64文献につい、そのデータセットを再現して保存することになった。このために、科研費を得ることができている。この期間の間に、元のデータ(紙カード、台帳など)を、デジタル化して、公開するということになる。

もし可能なら、検索システムの再構築ということになるかもしれないが、これは、できたら、ということになりそうである。

人文系のデータベースというのは、長い時間の中で考える必要がある。今のユーザの動向も大事であるが、それを残しておいて、次世代の研究者にも使えるようにしておく必要がある。このことの重要性について、再確認することになった会であった。




語彙・辞書研究会(53回)に行ってきた2018-06-15

2018-06-15 當山日出夫(とうやまひでお)

語彙・辞書研究会

2018年6月9日、東京で語彙・辞書研究会があったので、行って発表してきた。

当日のプログラムは以下のとおり(発表者名と発表タイトル)

1. 菊池そのみ・菅野倫匡 「勅撰和歌集における品詞の構成比率について」
2. 中澤光平 「方言辞典に求められるもの―与那国方言辞典作成の現場から―」
3. 大久保克彦 「『大漢和辞典』専用 OCR とフォントの開発」
4. 當山日出夫 「変体仮名と国語辞典とワープロ」
[講演]
野村雅昭 「落語辞典の穴」

最初の発表(菊池さん、菅野さん)は、この前の国語語彙史研究会の続きといった感じ。今回の方がより整理されていたと感じた。

中澤さんの発表は、絶滅の危惧にある方言を辞書として記述するときのいろんな苦労。この発表、使用する仮名の問題において、私の話したことと少し関係がある。

大久保さんの発表は、大漢和を全部スキャンして、漢字の字形をデジタル処理してみたというもの。何を目指すか明確なところはまだ無いようであるが、今後の発展に期待したい。

野村先生の発表は、落語の話し。落語を国語資料としてつかうときの資料論の話しに踏み込んだものであった。

で、私の話したことであるが……これまで、表記研究会や、東洋学へのコンピュータ利用(京都大学)などで、話してきたことを、辞書という観点から再整理してみたもの。特に新規に話したことではないが、これからの国語辞典が仮名・変体仮名というものをどう記述すべきか、ということについて、少しは問題提起になったかと思う。

終わって、会場のあった新宿NSビルの上の方の階で懇親会。かなり人は集まったほうだろうか。この懇親会は、椅子に座ってテーブルで食事しながら。そんなに多くの人と話すことはできないが、落ち着いていろいろ話せる。体もこの方が楽でもある。(このごろ、立食の懇親会でずっと立っているのが、つらくなりはじめてきた。)

この語彙・辞書研究会は、以前にも発表したことがある。三省堂の中に事務局があり、現代の辞書についての研究発表をするには、一番適した研究会かもしれない。

今回の発表では、ちょっとトラブルがあった。持って行ったパソコン(レッツノート)が、プロジェクタが認識してくれなくて、画面が映らなかった。しばらく待って、どうにか回復したのだが、急ぎ足でスライドを見せて説明ということになってしまった。こんなことは始めてである。研究発表などで、これまで、VAIOとか、レッツノートとか、使ってきている。ケーブルを繋いで、まったく認識してくれなかったということは、これまでの経験ではない。

後で思い返せば、すばやく頭を切り替えて、人のパソコンを借りることにすればよかったかと思う。そのために、USBメモリにもデータを入れて持って行っておいたのであった。あるいは、こんなこともあることにそなえて、レジュメを読み上げるだけで発表にできるように工夫しておくべきだったのかもしれない。世の中、いったい何が起こるかわからない。私も、これから先、どれだけ研究発表などすることになるか分からないが、万が一、今回のようなことが再び起こっても対応できるように準備しておくべきだと感じた次第でもある。

訓点語学会(118回)に行ってきた2018-05-17

2018-05-17 當山日出夫(とうやまひでお)

2018年5月13日は、訓点語学会(118回)が京都大学であったので行ってきた。

午前中の始めから行くとなると、朝の8時前には家をでなければならない。雨が降っていた。京都大学につくと……立て看板がなくなっていた。ちょっと寂しい気がする。それから、キャンパスの中を歩いて、ふと木に咲いている花などの目がとまるようになった。花の写真を写すことを日常のこととするようになったからだろう。白い花が咲いているのが目についたが、ウツギだったろうか。

会場は文学部。訓点語学会とは言っているが、実質的には、主に古代語(主に室町期以前の言語の意味で)を中心とした国語史学会と言ってよい。

古辞書をあつかった研究発表で、ちょっと気になったことがあったので、質問の時に言っておいた。問題とした文字が、その辞書(名義抄)のその箇所だけにしかないのか、これは、まず、手続き上確認しておくべきことにちがいない。

今回の研究発表会、総じて感想を述べれば……若い人が多かった、女性が多かった、それから、留学生・外国の人が多かった、という印象。これは、これで、学会のこれからを考えるならば、いい方向なのではないかと考える。

学会が終わって懇親会に例のように出る。終わって、これは去年と同じメンバーになったが、顔見知りの四人ほどで、四条あたりまで行って、軽く二次会ということになった。久々に、先斗町に足を踏み入れてみたのだが……う~ん、日本語よりも外国語の方が多いのではないかという感じ。店の看板は日本語であるが、店頭に出してあるメニューを見ると、外国語のものが多い。日本語のメニューを探す方が難しい。

私が、この街を昔あるいたのは、高校生のころ。京都の丸善に行くときによく通った。京阪の四条でおりて、先斗町を歩く。途中の公園のあるところで、西に折れて河原町通りまでいくと、ちょうどそこが丸善であった。この時の丸善は、今は、もう無い。今から、四十年以上も前の昔話である。

例年、同じようなメンバーで、懇親会の後の二次会に行っているように思い出す。かなり年配の面々なので、ひょっとすると私が一番若いのかもしれない。

ひとしきり、放談、漫談の後、早い目にひきあげることにした。解散したのが九時半ごろだったが、それでも、家に帰ったら、十一時をすぎていた。

さて、次の仕事は、来月の「語彙・辞書研究会」での発表原稿を準備しないといけない。

国語語彙史研究会(第118回)に行ってきた2018-04-30

2018-04-30 當山日出夫(とうやまひでお)

2018年4月28日は、国語語彙史研究会(第118回)があった。大阪大学まで行ってきた。

朝の10時ごろに家をでた。近鉄に乗って鶴橋からJR。大阪(梅田)から、阪急。石橋の駅でおりて、とりあえず昼食。ちょっと時間があったので、喫茶店を探してコーヒーを飲んでから、歩いてキャンパスまで。前回、大阪大学に行ったときは、ちょっと道に迷ったこともあったのだが、今回は、特に迷うことなく、すんなりと行けた。

発表は三つ。いろいろと問題点のある発表もあり、感心させられる話しもありで、これは面白かった。もう、還暦を過ぎて、そろそろ隠居して自分の好きな本を読んですごしたいと思っている。自分自身で、これから新規な研究テーマに手を出そうという気はまったくなくなっている。

とはいえ、たまに研究会・学会などに出て、研究発表を聞くのが、かなりの刺激になっている。

終わって懇親会。二時間ほどの時間だが、立ったままでいるのがつらくなってきた。普段、家にいて自分の部屋で本を読んだりする。そのほか、散歩に出るような生活である。朝から外に出て夜まで靴をはいているのが、それだけでつらいと感じるようになってきた。年をとってきたということである。

終わって、例によって、若い人たち、それから、同年配の人たち数人で一緒に二次会。石橋の駅のすぐそばの居酒屋で、軽くビールなど飲んで、いろいろ話しなど。先日の、日本漢字学会が京大であったときとだいたい同じようなメンバーだった。このような会、特に若い人たちにとっては、学会の裏事情などに接する機会になるのかもしれない。研究発表や質疑応答の場面では見られない、いろんな話しなど。

家にかえったら、11時ちかくになっていた。

さて、懇親会の時にも話したことだが……6月9日、語彙・辞書研究会で話しをする。JIS仮名、ユニコード仮名の話しをする予定。漢字とちがって、全部で数百ほど(今回新たにきまった変体仮名をふくめて)の、小さなな文字集合であるが、その実態、文字の定義、運用、ということについては、種々の問題点が残っている。これは、問題提起だけはしておきたい。後は、これからの若い人たちの仕事で、続きをやってもらいたいと思っている。