『文章読本』中村真一郎(その四)2017-09-02

2017-09-02 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。

やまもも書斎記 2017年8月31日
『文章読本』中村真一郎(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/31/8662778

さらに付箋をつけた箇所を引用しておきたい。永井荷風にふれて次のように書いてある。

「こうした口語文への疑いというものは、荷風がいかに深い文体感覚の所有者であったかを示しているわけです。英語やフランス語の〈文学的〉文体、また漢文に比べて、明治以降に発達した新しい口語文は、いかにも未熟なもの、古典的完成に遠いものと感じられたでしょう。/文体というものは、その文体を使う人の、知性と感性との全体的な反映です。そうして荷風は西洋から帰って来てから半世紀近くのあいだ、ずっと近代日本の蕪雑な文明に我慢がならず、〈完成された〉江戸末期の生活を真似てみたり、また〈完成された〉西洋風の生活を試みたりして過ごしました。それは日常の必需品の端ばしに至るまでに、徹底したものでした。」(p.143) 〈 〉原文傍点

今の私は、荷風を読むよりも、荷風について書かれたものを読むことの方が多い。このことについては、すでにこのブログでも触れたことである。

ともあれ、荷風が近代の口語文を嫌ったことは確かなことのようである。それは、荷風の「作品」であるところの『断腸亭日乗』を見てもわかる。これを、荷風は、文語文で書いている。

荷風のようになることは、もはやできない。現に、この本、『文章読本』を書いている中村真一郎自身が、この本自体を、近代の口語文で書いているのである。現代においては、近代の口語文以外に、文章の選択肢はないといってよい。

そのなかにあって、その可能性を様々に探る文学的なこころみもあっていいだろう。と同時に、日本語の文章史において、我々の知性、感性が、近代の口語文とともにあるのだということに、自覚的である必要がある。

荷風の時代には、まだ、漢詩文や、江戸の文学などが、同時代のものとしてあった。また、鴎外や鏡花のような日本語文の可能性も残されていた。だが、現代の日本語においては、もはやそのような選択肢はない。

であるならば、このような時代の流れのなかにあることを自覚したうえで、口語文による、知性と感性の表現を追求していかなければならない。

現代の口語文によるすぐれた知性と感性の事例として、私は、例えば井筒俊彦の文章があると思っている。この夏の間にその著作……主に、イランの革命からのがれて日本に帰ってからのもの……のいくつかを読み返してみた。すぐれた知性によるすぐれた日本語の文章であると私は思う。現代日本語の口語文の可能性は充分にのこされていると思う次第である。

『文章読本』中村真一郎(その三)2017-08-31

2017-08-31 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。

やまもも書斎記 2017年8月26日
『文章読本』中村真一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/26/8657880

夏目漱石の『硝子戸の中』を引用したあとに、このようにある。

「こうした自由に客観と主観を往来し得る、そして時には平凡に感じられるくらいに平易な、と同時に正確で癖のない、漱石の完成した口語文は、その後、大きな影響を日本の各界の人々に与えました。教養のある現代の日本人は、殆ど誰でもこの文体で、文章を綴っているのではないでしょうか。/これは鴎外の硬質の文体の影響が文学者の一部に限られているのと、極端な対照をなしている現象です。」(p.89)

たぶん、このことに、異論はないだろうと思う。現代日本語の口語文は、夏目漱石に源流を見いだすことができる。あるいは、特に夏目漱石に限ったことではないのかもしれないが、その文学的な影響力ということをも含めて考えてみるならば、夏目漱石の文章に流れの中に、現代の日本語の文章……特に口語文、小説の文章……はあるといってよいのだろう。

近代日本文学のなかで、夏目漱石は、いまだに読み継がれている作家であり、研究もつづいている。その作品の多くは、ほとんど何の注釈もなしで読める。無論、一部、風俗描写など細かな注釈が必要になるところもないではないが、しかし、文章そのものが難しいので注釈をつけないと読めないということはない。

だが、同時に忘れてはならないことは、これはよく知られていることであると思うが……漱石は、晩年になって『明暗』を執筆するのと同時に、漢詩文の世界にあそんでいる。漱石の文章を考えるにあたって、その口語散文以外の領域……俳句であり、また、漢詩文である……を、視野にいれおかなければならない。

そのうえで、現代のわれわれの日本語文が、漱石の残した文章の延長にあることに、あらためて自覚的である必要があろう。

文学とは文体である……と言い切ってしまうことが許されるなら、漱石のつかった口語散文の切り開いていった世界につらなるところに、現代の文学も、またあるということになる。この意味においても、漱石の文学は顧みられるべきである。このことは、逆説的にいえば、森鴎外や、泉鏡花のような文章の延長には、我々はいない。その逆の可能性をふくめて考えなければならないことでもある。

そして、このようなことを考える意味でも、中村真一郎の『文章読本』は、いい本だと思う。

追記 2017-09-02
この続きは、
やまもも書斎記 2017年9月2日
『文章読本』中村真一郎(その四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/09/02/8666586

『文章読本』中村真一郎(その二)2017-08-26

2017-08-26 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。

やまもも書斎記 2017年8月25日
『文章読本』中村真一郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/25/8655979

読みながら付箋をつけた箇所を引用しておきたい。

「私たちは現在では文章というものは、口語文しか持っていないので、普通は口語文でものを考えるわけで、だから、現在の口語文が、私たちの考えたいこと、感じたいことのすべてを表現する能力があれば、そうした検討は必要はないわけですが、実際には日本近代の発明にかかる口語文は、まだ私たちの精神生活のすべてを覆うところまで、充分には発展しきっていないのではないでしょうか。」(p.40)

「だから、私たちの考え方や感じ方そのものも、明治以来の口語文を読むことを通して、自分たちのなかに育て上げて来た以上、彼等にその道が作られたのだ、と云うこともできます。/〈口語文〉というものの発明は、だから単なる文章の問題ではなく、私たち日本人の現在の生活あらゆる方面に、深い関係を持っているということになります。」(pp.48-49)〈 〉原文傍点

このように、近代の口語文の歴史と、それにあわせた日本人の考え方、感じ方の問題を重ねて論じてある。この視点は、重用であると私は思う。単なる文章史でもないし、文学史でもない。文章の歴史を考えることによって、考え方、感じ方の歴史がそこにあることを見ていこうとしている。

著者(中村真一郎)の言うとおり、現在の日本語は、口語文しかないといってよい。その口語文で、自在に、考えること、感じることができているかどうか、ここは、時としてたちどまって考えてみてもよいように思う。自分が考えよう、感じようとした時、それを表現する日本語の文章がどのようなものであるか、このことに無自覚であってはならない。

今、自分が文章を書いている日本語の文章、その文体もまた歴史的に構成されてきたものであることをわすれてはならない。この観点からの、現代日本語についての論考が必要になってきている。狭義の日本語学の枠から拡大して、文学のみならず、さらに、思想、宗教、芸術といった諸々の領域にまたがって、現代の、近代の日本語とのかかわりが、考察される必要があるだろう。

また、中村真一郎が、現代の、近代の日本語について、上記のような認識をもっていたということは、『頼山陽とその時代』など、近世の漢詩文を論ずるときに、忘れてはならないことでもある。私が『頼山陽とその時代』について書くに先立って、『文章読本』を読んだゆえんでもある。

追記 2017-08-31
この続きは、
やまもも書斎記 2017年8月31日
『文章読本』中村真一郎(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/31/8662778

『文章読本』中村真一郎2017-08-25

2017-08-25 當山日出夫(とうやまひでお)

中村真一郎.『文章読本』(新潮文庫).新潮社.1982 (世界文化社.1975 文庫化にあたり加筆あり)

もう今では売っていない。古本で買った。『文章読本』は、他にも多く出ている。もちろん、一番有名なのは、谷崎潤一郎のものである。その他、川端康成、三島由紀夫、井上ひさし、丸谷才一、などのものがある。たいてい読んできたつもりでいたが、中村真一郎のものは未読であった。

中村真一郎の本で、最近出たのが

中村真一郎.『頼山陽とその時代』(上下)(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2017

である。(これについては、あらためて書いてみたと思っている。)ともあれ、中村真一郎を久しぶりに読んでみて、昔買って読んだ本など、再度読み直したくなった。そこで、まず、手軽なところからろ思って『文章読本』を選んでみた。

この『文章読本』も、他の「文章読本」と同じように、主に文学の文章を、それも主に小説の文章をあつかっている。文学の、小説の、文章読本である。

だが、中村真一郎『文章読本』は、それにとどまらない。近代文学史になっている。近代の主に小説の文章をとりあつかって、その歴史、発展をたどっている。それが、ちょうど明治以降の近代文学史になるように書かれている。

谷崎潤一郎の『文章読本』については、すでに触れた。

やまもも書斎記 2016年8月23日
谷崎潤一郎『文章読本』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/08/23/8160014

ここで、私は、谷崎『文章読本』には、あまり高い評価をくだしていない。文学作品の鑑賞という観点からは参考になるところはある。しかし、文章を書く、また、文章の歴史を考えてみる、という観点からは、谷崎のものはほとんど役にたたない。

しかし、中村真一郎の『文章読本』は、文章を歴史的に見る視点をもっている。近代になって、口語文というものが成立してくるプロセス、それから、その可能性について、ひろく考察をめぐらせている。

たとえば、冒頭近くの「文語文と口語文」の箇所から少し引用してみる。

「文章は通常、論理と感情の両面を表現するものである、つまり〈書く〉ということは、人の〈考える〉ことと〈感じる〉こととを同時に言葉にすることである、と私は先に述べました。/そして、明治維新以後、〈話し言葉〉のなかから文章を作ろう、つまり〈口語文〉を作ろうと云う運動が起って来たとき、それに最も熱心だったのは作家でした。/と云うのは、ほとんど純粋に論理だけを操縦してつくる論文、布告文、と云うようなものは、従来の漢文を読み下したような〈文語体〉でも不自由がなかったのです。」(p.23)〈 〉原文傍点

近代の日本語文の成立史の研究の観点からは、いろいろいうべきことはあるであろうが、文学の文章としての口語文という意味では、ここに述べられていることで、大筋としては、ほぼ十分なのではないだろうか。

日本語史の視点からの文章史はもちろんあってよい。だが、それと同時に、文学の観点から、口語文の歴史を振り返ることもあっていいだろう。この意味において、中村真一郎の『文章読本』は、意義ある仕事だと思う。(この本は、是非、復刊してほしいと思う。)
追記 2017-08-26

この続きは、
やまもも書斎記 207年8月26日
『文章読本』中村真一郎(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/26/8657880

『ひよっこ』におけるリテラシ2017-08-11

2017-08-11 當山日出夫(とうやまひでお)

昨日にひきつづいて、NHKの朝ドラ『ひよっこ』について書いてみる。リテラシについていである。識字/非識字といってもよい。

父親(実)を保護していたのは、女優の川本世津子であった。その世津子が、先週だったろうか、このようにいっていた……自分は学校に行っていない、でも勉強した、と。

時代は、昭和40年代の初めである。そのころに女優として活躍していたのなら、おそらくは子役のころから、映画など芸能界で生きてきたのかもしれない。であるならば、子供のころには、ろくに学校に通うこともできなかったことは、推測できる。

その世津子から、みね子に手紙が来た。父親(実)を病院につれていったことなどが書かれていた。その手紙、テレビの画面に映ったものをみると、平仮名が多く、文字もなんとなく幼い感じがした。この手紙は、学校に通えなかったという設定の、世津子ならではの手紙という演出だと思ってみていた。

しかし、その手紙の内容、文面は、実に懇切丁寧なものであった。学校には通えなかったが、勉強はしたという印象のある手紙だった。

ところで、朝ドラとリテラシといって思い出すのが、私の場合であれば、『おしん』である。

おしんは、学校に通っていない。奉公先の主人(女性)から、見込まれて字を習っていた。その母親は、文字が読めない。娘のおしんから手紙が来ても、近所の人に読んでもらっていた。また、おしんが、東京に出て髪結いの仕事をしていたとき、カフェの女給たちの、手紙(ラブレター)の代筆をしてやっていたりした。つまり、その当時のカフェの女給は、文字の読み書きができないという設定であった。

私は、昭和30年(1955)の生まれである。その時代の経験からいって、芸能界にいて、文字の読み書きが不自由であるという話しは、決して珍しいものではなかったと憶えている。誰がと特定して憶えているわけではないが、文字の読めない人というのは、決してゼロではなかった。

現在、日本の識字率はきわめて高い。一部の障害といってよいか……ディスレクシア……など、をのぞいて、ほぼ100%に近い識字率がある。だが、それが達成できたのは、つい近年のことでもある。

このこと……日本の近代社会におけるリテラシの問題については、以前、少しだけ書いたことがある。

やまもも書斎記 2016年12月11日
こうの史代『この世界の片隅に』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/11/8273353

近代社会において、文字の読み書きから疎外されていた人びとが、少なからずいたことは、忘れてはいけないことであると思っている。

追記 2017-08-28
この続きは、
やまもも書斎記 2017年8月28日
『ひよっこ』におけるリテラシ(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/08/28/8660721

形容詞「あづし」2017-07-22

2017-07-22 當山日出夫(とうやまひでお)

『源氏物語』の新しい岩波文庫版をパラパラと読んでいたら、ふと目にとまった。

やまもも書斎記 2017年7月20日
『源氏物語』岩波文庫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/20/8623970

物語の冒頭、桐壺更衣が病気になるところ。

「いとあづしくなりゆき」(p.5)

昔読んだ本では、たしか「あつし」だったと思って注を見ると、ここは「あづし」と濁音になっている。典拠は、名義抄と色葉字類抄の「支離 アヅシ」とある。

ねんのためと思って、ジャパンナレッジの日本国語大辞典をひいてみることにした。

すると……「あづし」ではヒットしない。「あづい」でもない。ひょっとすると「あつい」かなと思って、この項目を見るが、該当する説明がない。

しかたないので、紙の本の日本国語大辞典(第二版)をひいてみた。まだ、これは、私の部屋で机に座って手のとどくところにおいてある。紙の辞典の方の項目をおっていくと、「あつし」のところで目がとまった。『源氏物語』のこの箇所の語である。読んでみると、「あづし」の語形もあると書いてある。

このことば、紙の本の辞典を見た方が、簡単に解決がついた。デジタル版(ジャパンナレッジ)は、たしかに便利である。しかし、検索の見出しが、一字ちがうだけでヒットしない。このあたり、日本国語大辞典の編纂方針を再度確認しておいて、頭にいれておかないといけないと思った。ここしばらく、ジャパンナレッジばかり使っていたので、見出しの語形の方針のことを、すっかり忘れてしまっていた。

デジタル版が、紙のものをそのままデジタル化しただけでは、ちょっと使いづらいところがある。この点は、改良の余地があるだろうと思う。その一方で、デジタル版が使えるからといって紙の辞典が不要になることはない。検索のためには、紙の辞書の見出しの一覧性というのは、非常に有効である。

これが、国語辞典であるから、なんとかなったようなものかもしれない。漢字の辞典だったら、一字違う、つまり、文字コードが違うだけで、目指す漢字にたどりつけない。また、デジタル版辞書の字体・字形・フォントデザインの問題もあるだろう。何をもってして「同じ字」とするのか、改めて問いかけてみなければならなくなる。

デジタル版辞書の課題がひとつ確認できたような気がする。

『ひよっこ』における方言(その二)2017-07-14

2017-07-14 當山日出夫(とうやまひでお)

NHKの朝ドラ『ひよっこ』における方言使用のことについて、ちょっと以前に書いてみた。

やまもも書斎記 2017年6月26日
『ひよっこ』における方言
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/06/26/8604596

みね子と島谷がデートした。そのシーンであるが、みね子は相変わらずの茨城方言が抜けていない。その一方で、島谷は、故郷(佐賀)のことばを話さない。共通語で話している。

その前の回。みね子と島谷たちが、バー「月時計」にあつまったとき。この時も、島谷は、自分の故郷の方言を自らは口に出していなかった。女性店主が、言ってみせて、「完璧です」と言っていた。

また、地方出身でありながら、共通語で話しているのは、早苗。バーのシーンで、東北(一関)の出身であると言っていたが、彼女もまた、方言を話さない。

どうやら、このドラマ、登場人物によって、その出身地の方言を話す/話さない、の違いを設定しているようだ。

乙女寮で働いていた女性たち、彼女たちは、みなその出身地の方言を話している。東京にでてかなり時間がたっているはずなのに、変化していない。また、富山出身の漫画家志望の青年二人も、富山方言で話している。

一方、慶應の学生である島谷、一応は自立した生活を送っているOLの早苗は、方言を話さない。

これを、社会的階層と方言使用という観点から考えると、かなり興味深い。

このドラマ、ひょっとすると方言がこれからの展開のキーになるのかとも思っている。みね子たちが乙女寮の同窓会をしていたとき、ふと現れた女優(菅野美穂)に、時子は、その方言を指摘されていた。

しかし、時子は女優を志して劇団にも所属して稽古にはげんでいるという設定。なのに、自分の方言に無頓着であるということは、どう考えてもおかしい。

店で働いているみね子の場合も、お客さんに接するとき、その方言が抜けていない。これは、接客業としては問題ないのだろうか。少なくとも、みね子は、自分の方言にコンプレックスをいだくということは、基本的にない、ということになっている。

女優(菅野美穂)の茨城方言への関心……茨城方言を話す登場人物、みね子、時子、それから、失踪している父親・実……これらをむすびつける糸になりそうである。

『ひよっこ』における方言2017-06-26

2017-06-26 當山日出夫

昨日につづき、NHKの朝ドラ『ひよっこ』について。

このドラマで、興味深く思って見ていることは、方言のとりあつかいである。これまで、朝ドラでは、いろんな地方を舞台にしてきた。地方を舞台にすれば、当然ながら、その地方色のための方言の使用ということになる。

たぶん、朝ドラの歴史のなかで、近年、方言について、画期的な方針をとったのは、『あまちゃん』(2013前、宮藤官九郎脚本)からではないかと思ってみている。このドラマでは、方言が、ただその地方色を出すためのものではなく、もっと積極的に、その地域のアイデンティティの自覚的表現として、つかわれていた。

それは、登場人物でいえば、春子(アキの母、小泉今日子)が、地元に帰ってスナックで仕事をするようになったとき、突然、北三陸方言を話すようになったことからもうかがわれる。それまでや、東京で芸能事務所をやっているようなときは、東京方言で話していた。

『ひよっこ』でどうだろうか。奥茨城方言を、かなり積極的につかっているようである。そして、重要なことは、ヒロインのみね子は、奥茨城方言にコンプレックスをいだいていないということである。

最初、上京してきてつとめた電機工場(向島電機)では、寮に入っていた。そこの仲間たちも、その出身地の方言(青森とか福島とか)を、話していた。まあ、これは、工場の従業員であるから、方言で話すかどうかは問題にならなかったともいえよう。

その後、みね子は、失業、転職ということがあって、レストラン・すずふり亭で働くようになる。ホール係。これは、接客業である。お客さんに接するのに、奥茨城方言のままでは、どうかなという気もしないではないのだが、ここも、特に問題がないように描いている。

それから、方言について興味深い登場人物が他にいる。

佐賀出身の大学生。慶應の学生という設定。彼は、佐賀出身ということだが、その地方の方言をまったくつかっていない。慶應の学生に、佐賀方言はにつかわしくない。東京の大学生としては、東京方言を話す、ということなのだろうか。

それに対して、富山出身の青年。どうやら漫画家としての才能にはめぐまれていないようだが、話していることばは、富山方言である。

さらに、興味深いのは、バー「月時計」。ここの店主(女性)は、方言の勉強をしているという。地方から東京に出てきたような客に対応するため。方言で話しをすると、お客さんが安心するからだという。ここでは、方言を使うことが、コンプレックスではなく、むしろ、積極的な意味を持つものとしてある。

ところで、地方から東京に出てきた人びとの、方言コンプレックスというのは、少なくとも、1970年代まではあったはずである。

たとえば、「赤いハイヒール」(太田裕美)。

http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=53838

「そばかすお嬢さん故郷なまりが それから君を無口にしたね」

これは、1976年である。ちょうど私が、東京にでて大学生活をはじめたころのことになる。私の場合、京都(宇治市)の出身であるので、方言コンプレックスを感じるということはなかったが、地方から出てきた学生には、なんとかして、東京方言(共通語)を話そうという雰囲気があったように記憶している。

映画「三丁目の夕日」は、1960年代が舞台である。『ひよっこ』よりは、すこし前の時代設定になる。この映画では、地方(青森)出身者の方言コンプレックスというべきものが、そんなに強くではないが、やんわりと表現されていたように憶えている。

さて、『ひよっこ』である。1960年代を舞台にした、このドラマにおける方言の描き方は、かなり特殊であるといえるかもしれない。実際の1960年代の東京で働く地方出身の人びとにとっては、方言の問題は、かなり深刻な面があったかと思う。だが、このドラマは、それを描かない。逆に、方言の使用をきわめて肯定的に描いている。

時代考証というような観点からは問題があるのかもしれないが、ドラマにおける方言の使用のあり方の事例としては、きわめて興味深いものであると思ってみている。

なお、上に、佐賀出身の慶應の学生が方言を話さないということを書いた。これは、たとえば、明治時代『三四郎』(夏目漱石)において、九州出身の小川三四郎が、まったく方言をつかわない、東京のことばで、広田先生などと話していることと、並べて考えてみるべきことかもしれない。地方出身で東京に出てきている大学生は、もう東京の人間ということになるのであろうか。

追記 2017-07-14
この続きは、
やまもも書斎記 2017年7月14日
『ひよっこ』における方言(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/14/8620043

『椰子の実』の歌詞を誤解していた2017-05-20

2017-05-20 當山日出夫(とうやまひでお)

私は、どうやら『椰子の実』(島崎藤村)の歌詞を誤解していたようだ。

NHKの朝ドラ「ひよっこ」を見ている。その中で、コーラスのシーンがある。今週は、『椰子の実』が歌われていた。

ヒロイン・みね子の働くような職場で、合唱がおこなわれていたことの背景については、すでに書いた。

やまもも書斎記 2017年5月19日
『うたごえの戦後史』河西秀哉
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/19/8565235

この放送では、歌詞もでていたのだが、次の箇所、

「おもいやる やえのしおじお」

この「しおじお」は、「汐々」であった。ここを、私は、てっきり、「汐路を」であると思ってこれまで聞いていた。

海岸にたどりついた椰子の実が、これまではるばる旅をしてきた海の道について思いをはせているのだとばかりおもっていた。これは、誤解だったようだ。(強いていえば、「汐々」であっても、「汐路を」であっても、そんなに意味は変わらないかもしれない。)

WEBで確認してみると、「汐々」となっている。

椰子の実
http://www.worldfolksong.com/songbook/japan/yashinomi.htm

この曲、自動車のなかで聞くことにしているCDにもはいっている。薬師丸ひろ子が歌っている。アルバム「時の扉」に収録。これを、MP3にして、SDカードにいれて、自動車のなかで聞いたりしている。

たぶん、この他にも誤解している歌詞はたくさんあるのだろうが、たまたま気付いたので書き留めておいた次第である。

『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その四)2017-05-08

2017-05-08 當山日出夫(とうやまひでお)

つづきである。
やまもも書斎記 2017年5月6日
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/06/8545571

トーマス・マン.望月市恵(訳).『ブッデンブローク家の人びと』(岩波文庫).岩波書店.1969

上巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247748.html
中巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247749.html
下巻
https://www.iwanami.co.jp/book/b247750.html

この小説を読んでいて気になったことをちょとだけ。

第一は、「コンズル」ということばについてである。読み始めて、最初のうちは、このことばは固有名詞(人名)だと思っていたが、そうではない。読んでいくと、「コンズル」といわれる人物がたくさん出てくる。そのうちで、もっとも頻繁に出てくるのが、この小説の一族の長としてではあるが。

ジャパン・ナレッジで「コンズル」を検索してみた。すると、

男性名詞
1.領事
2.(古代ローマの)執政官
ポケットプログレッシブ独和辞典

とある。「領事」とあるだけではよく分からないのだが、読んでいくと、当時の「市民社会」において、一定の地位にあることをしめす称号のように読み取れる。

このことば、この『ブッデンブローク家の人びと』という小説を理解するうえでは、きわめて重要なことばだと思うのだが、なぜか、訳注とか、解説とかはない。たぶん、今、この小説を翻訳するならば、丁寧な注か解説をつけるべきことばになるだろう。

この本(翻訳、岩波文庫)の出た当時であれば、この程度のドイツ語は、一般教養として知っているということが前提であったのかもしれない。

第二は、「舌鼓」の用例である。

やまもも書斎記 2017年4月22日
「舌鼓」は「したつづみ」か「したづつみ」か
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/04/22/8496134

このことばが、『ブッデンブローク家の人びと』の翻訳文中にも登場する。

上巻、p.236

下巻、p.54

に、「舌鼓」の漢字に「したづつみ」と振り仮名がある。

だからといって、「したづつみ」の方が正しいと主張するつもりはない。両方の語形が行われているなかで、その片方「したづつみ」の使用例として、あげて記録にとどめておきたいのである。

追記 2017-06-05
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年5月10日
『ブッデンブローク家の人びと』トーマス・マン(その五)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/05/10/8552184