『沈黙』遠藤周作(その四)2017-01-30

2017-01-30 當山日出夫

遠藤周作.『沈黙』(新潮文庫).新潮社.1981(2003改版) (原著 新潮社.1966)
http://www.shinchosha.co.jp/book/112315/

さらに続けることにする。

やまもも書斎記 2017年1月29日
『沈黙』遠藤周作(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339638

『沈黙』の問いかけていることの意味を、現代社会のなかで考えてみたい。

この作品では、キリスト教への信仰とその形式(踏み絵)が、重要な意味を持つことはいうまでもない。踏み絵を踏んでしまうことが、はたして、本当にキリスト教の信仰を捨てることになるのだろうか。あるいは、そのような行為を神はよしとされるのであろうか。そして、なぜ、そのときにおよんでも神は沈黙しているのか。

この踏み絵のようなこと……作中では、きわめて形式的な意味で語られる。ただ、踏みさえすればよい。ただ、形式的なことなのである、と。

作品中には、次のようなことばがある。

「ほんの形だけのことだ。形などどうでもいいことではないか」通辞は興奮し、せいていた。「形だけ踏めばよいことだ。」(p.268)

つまり、形式的に、踏み絵を踏むだけで、その心のうち……内面の信仰……にまで、とやかくいうものではない。そのようにいわれる踏み絵を踏んでしまうこと、そのときの足のいたみ、これが、この作品における、重要なポイントであることは確かである。

信仰と形式という。では、現代社会においてはどうであろうか。

公の場においては、特定の信仰を表すことはよくないとする立場がある。具体的には、女性のスカーフを禁ずる/許容する。あるいは、学校の教室には十字架を掲げてはならない/許容する……これらの判断は、妥当なことなのだろうか。これも、きわめて形式的なことである。ただ、形式を要求しているだけであって、その内面の信仰、その信教の自由にまでふみこもうというのではない。このような論理は、現在では、普通のことになっているように思われる。むしろ、今日のリベラルな価値観からするならば、内面の信教の自由こそが尊いのであって、形式的なことにこだわるべきではない、とされるのかもしれない。

だが、今日の社会での、このような宗教にかかわる形式の要求と、『沈黙』に描かれた踏み絵と、どれほどの違いがあるというのか。

信仰が、ある形式をともなう、あるいは、必要とするのであるならば、それはそれとして尊重されねばならないだろう。『沈黙』において、問いかけられた信仰と形式の問題は、まさに、今現代の我々の社会のなかにおいて、真摯に考えるべき課題としてあるように、私には思われる。

ただ小説として、日本の近世初期のキリシタン弾圧という特殊な事情のなかのできごととしてではなく、今の社会のなかにおいて、多様な宗教が、相互にその尊厳を尊重しながら共存する道はないか、これを考えるひとつ出発点を与えていてくれる作品である。これからの社会、この『沈黙』という作品は、この意味において、読まれていくべき作品であると思うのである。

『沈黙』を読んで思ったことを、書いてきたが、最後に、蛇足で書いておきたいことがひとつ。

今から30年近く前のこと。昭和天皇が崩御された。その大喪の礼のとき、このような議論があった。鳥居があって、神職の姿をした人間が行事をおこなうのは、宗教儀礼にあたるので、政教分離の原則から、否定される。しかし、鳥居のないところで、一般の喪服で拝礼をするのは、許容される。いまから考えればなんとも滑稽な議論であるが、その当時は、かなり真剣に議論されたと記憶している。

宗教が宗教としてなりたつことと、儀礼の形式とは、いろいろと複雑な問題があると思うべきだろう。

『沈黙』遠藤周作(その三)2017-01-29

2017-01-29 當山日出夫

遠藤周作.『沈黙』(新潮文庫).新潮社.1981(2003改版) (原著 新潮社.1966)
http://www.shinchosha.co.jp/book/112315/

さらに一昨日・昨日のつづきである。

やまもも書斎記 2017年1月28日
『沈黙』遠藤周作(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/28/8337757

読みながら付箋をつけたことばがある。それは「愛」「愛する」である。

キリスト教が日本にはいってきて、それが日本でどのように受容されたかを考えるためのキーワードになる。なお、『沈黙』が舞台設定としている近世初期のキリシタン布教においては、「愛」ということばは、宗教用語としてはつかっていなかったと理解している。

『日本国語大辞典』(ジャパンナレッジ)を見ると、「愛、愛する」には、様々な用法があげられているが、ここで問題になるのは、次の意味である。

(7)キリスト教で、神が人類のすべてを無限にいつくしむこと。また、神の持っているような私情を離れた無限の慈悲。→アガペー

初出例は、1890 植村正久

これと、

(8)男女が互いにいとしいと思い合うこと。異性を慕わしく思うこと。恋愛。ラブ。また一般に、相手の人格を認識し理解して、いつくしみ慕う感情をいう。

初出例は、1890 森鴎外

おそらく、キリスト教の用語として、ここにあげた用法は、厳密に区別して使われなければならないものと考える。でなければ、キリスト教における「愛」の意義が雲散霧消してしまう。

『沈黙』には、かなりの「愛、愛する」の用例がひろえる。

まず、基督の像の顔を見ての感想。

「私はその顔に愛を感じます。男がその恋人の顔に引きつけられるように、私は基督の顔にいつも引きつけられるのです。」(p.31)

このような用例は、まだ、キリスト教の「愛」に近い用例かもしれない。次の用例はどうか。

「怒りと、憎しみのためか。それともこれは愛から出た言葉か。」(p.116)

この用例は、キリスト教の「愛」として理解できようか。だが、次の例はどうか、

「たとえば、妻に裏切られた夫を想像するといい。彼はまだ妻を愛し続けている。」(p.117)

この箇所は、連続して出てくる。まず、基督のユダに対する思いを「愛」といい、それにつづけて、男女の間にある感情を、おなじく「愛」とことばで表して、類似するもののようにあつかっている。

他にも数多くの「愛、愛する」の用例はひろえる。これらの用例を見ていくと、どうも、キリスト教本来の「愛」の用法と、男女の間の「愛」とが、そう厳密には区別されることなく、使われているように観察される。

たぶん、この問題を考えていくならば、遠藤周作におけるキリスト教の「愛」とは何であるのか、その思想、信仰の根本にかかわる課題となってくるであろう。

私は、遠藤周作、そのキリスト教文学について論じようという気はないので、これ以上の詮索はやめにしておく。だが、「愛」ということばから見えてくる遠藤周作の信仰の世界というものがあるだろう、とはいえそうである。

付記 2017-01-30
この続きは、
やまもも書斎記 2017年1月30日
『沈黙』遠藤周作(その四)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/30/8341477

『沈黙』遠藤周作(その二)2017-01-28

2017-01-28 當山日出夫

遠藤周作.『沈黙』(新潮文庫).新潮社.1981(2003改版) (原著 新潮社.1966)
http://www.shinchosha.co.jp/book/112315/

昨日のつづきである。

やまもも書斎記 2017年1月27日
『沈黙』遠藤周作(その一)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/27/8335811

この作品を、宗教をあつかった文学として読んだとき、気になるのは次の二点である。

第一には、日本におけるキリスト教は、本当に本物のキリスト教といえるのだろうか、という問題。日本で信仰されているキリスト教は、日本的なものに変質しているのではないか、ということがこの作品の一つの宗教的テーマとしてある。

これは、今日の文化人類学とか宗教学とかの課題かもしれない。

たしかに、キリスト教、特に、カトリックの教えは、ある種の普遍性をめざしているものであろう。だが、その教えが、日本のなかにはいってきたとき、土着の日本古来の信仰(仏教、民俗宗教)のなかにとりこまれてしまって、変質してしまうのではないか。このことが、本書のテーマの一つであることは、読み取れることだろう。

第二には、「キチジロー」に代表されるような、弱いもの、あるいは、転んでしまったロドリゴのようなもの、これらを、「神」はよしとされるであろうか、という問いかけがある。

いいかえるならば、「悪人」(親鸞)である。このようなものは、絶対の「神」の前にどのようにふるまえばよいのであろうか。また、「神」は、このような「悪人」を、どう判断されるのであろうか。

これは、あまりにも、強引な解釈かもしれないが、しかし、私の読んだ印象としては、この問いかけが、『沈黙』のなかにはあるように感じる。このような問いかけをふまえたうえで、なぜ「神」は「沈黙」しているのであろうか、このことが、読者の前に突きつけられるように思うのである。

以上の二点が、この作品のなかにある、宗教についてのメッセージであると、私は読み取った。ただ、禁教に対する神の沈黙をあつかったのではない、それ以上に、根源的な人間、そして、社会・文化と、宗教・信仰へのといかけがこの作品にはある。これは、日本の近世初期のキリシタン弾圧という時代的背景のもとに、特殊な状況でのみ考えるべきではないだろう。小説に描かれたような特殊な状況から、さらに踏み込んで、より一般的な、普遍的な、宗教のあり方への問題提起をよみとるべきでである。

昨日、書いたように、かつて私がこの作品を若いときに読んだとき、それは、「転向」(共産主義からの)と、密接に関連するものとして読んだという記憶がある。それが、時代を経て、ようやく、この小説が本来もっている、宗教と人間のかかわりについてのテーマを軸に読むことができるようになった。近代日本文学における宗教小説として、この作品は、これから読まれていくことになるであろう。そして、その問いかけたものは、深くするどい。この問いにどう答えるか、考えていくか、これからの課題ということになると思う次第である。

追記 2017-01-29
このつづきは、
やまもも書斎記 2017年1月29日
『沈黙』遠藤周作(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/29/8339638

『沈黙』遠藤周作(その一)2017-01-27

2017-01-27 當山日出夫

遠藤周作.『沈黙』(新潮文庫).新潮社.1981(2003改版) (原著 新潮社.1966)
http://www.shinchosha.co.jp/book/112315/

私の記憶では、たしか、学校の教科書に採用されていたように憶えているのだが、どうだろうか。ともあれ、高校生ぐらいの時に、この作品の全部を読んでいる。上記の書誌を記してみて、新潮文庫の旧版が出たときは、もう大学生になってからになるので、単行本で買って読んだのだろうか。どうも、そのあたりの記憶があいまいである。

ともあれ、私の世代ぐらいだと遠藤周作は、読んでいる本の中にはいっていたものである。

この『沈黙』である。今般、映画が作られたということで、話題になっているようだ。そのこともあって、久しぶりに、昔、読んだ本を読み直したくなって読んでみた。

今日、ここで書いておきたいことは……かつて、私が、この本を読んだとき、キリスト教からの「転び」ということと、共産党からの「転向」ということを、ダブって理解していたように憶えている。

絶対の真理としての「神」、そして、それを裏切ること。これは、まさに、日本の近代史の中であった、共産主義への信奉と、その弾圧、「転向」ということと、重なっていた。いや、そのように、理解して読んでしまった、というべきであろうか。

このような読み方が、この作品の理解として正当なものではないともいえよう。しかし、ある時代、この作品は、このように理解され受容されていたのである。このことは、一般的に書く文学史や、文芸評論では、論じられないことがらかもしれない。しかし、そうであったということは、少なくとも、私個人の経験にてらして、言ってもよいと思う。

だが、いま、この時代になって、1989年のベルリンの壁の崩壊以降、世界の情勢は大きく変わった。もう、共産主義への信奉(ほとんど、それは「信仰」に近いともいえよう)は、終わりを告げた。ようやく、『沈黙』という小説が、その本来の作者の意図、宗教をあつかった文学として読むことのできる時代になった。こう考えていいだろう。

では、宗教をあつかった文学としてこの小説の問いかけるものは何であるのか、それは、明日、書くことにする。

追記 2017-01-28
つづきは、
やまもも書斎記 2017年1月28日
『沈黙』遠藤周作(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/28/8337757

『宗教学の名著30』島薗進2017-01-15

2017-01-15 當山日出夫

島薗進.『宗教学の名著30』(ちくま新書).筑摩書房.2008
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480064424/

このところ、ちくま新書の『~~の名著30』のシリーズを手にしてながめている。文字通り、眺めているであって、具体的にそこに掲載されている本を読もうというところまではいっていないのであるが。

この本もそのひとつ。学問的な研究分野としては、宗教学は、私の専門ではない。しかし、その周辺に属する領域のことを勉強してきた。そして、宗教学、あるいは、宗教についての書物というものも、ある意味で、ひろい意味での「文学」にふくめて考えてよいと思う。

「はじめに」のところを読み始めて、ちょっと驚いた。

「宗教学は発展途上の学である。」(p.9)

とある。つづけて、

「すでに成熟して果汁がしたたり落ちるような学問分野も、あるいはすでに衰退の相を示している分野もあると思うが、宗教学はまだ若い。青い果実の段階だ。というのは、その望みが大きいからである。(中略)「未来」の学とも言えるし、なお「未熟」とも言える。」

仏教学とか、キリスト教学とか、ゆうに千年以上の歴史があるのに、と思ってつづきを読む。

「まず、古今東西を見渡して、安心して「宗教」という言葉を使える段階に至っていない。「宗教」だけではない。西洋中心の宗教観にのっとって形づくられた諸概念を超えて、世界各地で通用する概念の道具立てがまだ明確ではない。一九六〇年代以来、「宗教」という概念が近代西洋の考え方の偏りをもっていることが鋭く批判されていて、それにかわる「宗教」理解が願われているが、なお堅固な基礎をもった方針が形成されていない。」(p.9)

このような理解の上で、古今東西の主教にかかわる古典的名著の解説となっている。

「Ⅰ 宗教学の先駆け」では、
空海 『三教指帰』
イブン=ハルドゥーン 『歴史序説』
富永仲基 『翁の文』
ヒューム 『宗教の自然史』

順次見ていくと、

ウェーバー 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』

とか、

柳田国男 『桃太郎の母』

などが、出てくる。つまり、宗教を、社会のあり方や民俗などとも関連させて論じようという姿勢がみてとれる。『プロテスタンティズム~~』などは、そう言われてみれば、たしかに、宗教を論じた書物であるとは理解される。

また、狭い意味での「文学」からも宗教にアプローチすることもできる。

バフチン 『ドストエフスキーの詩学の諸問題』

もあげてある。

文学作品を読むとき、その根底にある宗教観というものを抜きにして、本当の理解はないだろうと思う。ドストエフスキーしかり、トルストイしかり、そして、日本の『源氏物語』『平家物語』しかり、である。

これからの読書のてがかりとして、この本もそばにおいておきたいと思っている。

『「ひとり」の哲学』山折哲雄(その二)2017-01-06

2017-01-06 當山日出夫

昨日のつづきである。

やまもも書斎記 2017年1月5日
『「ひとり」の哲学』山折哲雄
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/05/8303134

読んでいて、私が付箋をつけた箇所について、いささか。

「法然や親鸞、道元や日蓮の〈思想の本質〉が、今日の日本においては少数の〈知的エリート〉をのぞいて、ほとんど何の影響ものこしてはいないということだ。なるほどその後、法然や親鸞を開祖とする教団は社会的な一大勢力を形成し、同じように曹洞宗教団や日蓮宗教団も広範な民衆のあいだに教線をひろげていった。しかしそれは、けっして開祖たちの思想そのものを起動力にして発展していったものではない。開祖たちの信仰の灯を唯一の導きとして拡大していったわけでもなかった。/大教団として発展が可能になったのは、ひとえに先祖供養を中心とする土着の民間宗教がそれを支えたからである。」(p.175) ※〈 〉内、原文傍点。

これは、そのとおり。日本の仏教史の常識的な知識といっていいかもしれない。

ただ、一般的には、教科書的な知識として、これらの教団・宗派の開祖の登場と同時に、社会的影響力をもつ大きな教団が形成されたと理解されているのかとも思う。この意味においては、ここのところを、もう少し掘り下げて論じておいてほしかった気がする。先祖供養と日本仏教の関係は、非常に重要な課題である。(たぶん、このあたりの記述のものたりなさが、この本の評価を下げる要因になっているのかとも思ったりする。)

また、特に、親鸞や日蓮の、近代日本仏教における理解というのは、近代仏教史を考えるうえで、はずすことはできないであろう。

島薗進・中島岳志.『愛国と信仰の構造-全体主義はよみがえるのか-』 (集英社新書) .集英社.2016
http://shinsho.shueisha.co.jp/kikan/0822-a/

そういえば、この本については、ちょっとだけ言及しながら、その後、書いていなかった。

やまもも書斎記 2016年6月9日
安丸良夫『神々の明治維新』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/09/8107799

それから、現代における、道元の理解、特に、『正法眼蔵』の理解については、昨日も書いたが、唐木順三の仕事がある。山折哲雄が、唐木順三の本を知らないでいたとは思えないので、やはりこの本は「無用者」として書いた本かという気がしてくる。

『「ひとり」の哲学』山折哲雄2017-01-05

2017-01-05 當山日出夫

山折哲雄.『「ひとり」の哲学』(新潮選書).新潮社.2016
http://www.shinchosha.co.jp/book/603793/

この本、Amazonの評価がまっぷたつに分かれている。高く評価するひとと、まったく評価しないひとと。で、このように評価の分かれる本は、案外面白かったりするものなので、読んでみることにした。

タイトルに「哲学」とある……だが、「ひとり」をあつかった、体系的・論理的な哲学的考察をもとめると、がっかりすることになる。この本は、決してそのような内容ではない。むしろ、「ひとり」ということばに触発されて、いろいろと思いをめぐらせた随想とでも読めば、それなりに納得できるところもある。どちらの側面をもとめて読むかで、評価がわかれるかな、と思う。

親鸞・道元・日蓮・一遍といった人物……その生きた時代、鎌倉時代を、著者は基軸時代ととらえている……これらの人物の足跡をめぐる旅と随想と思えばいいであろうか。そして、そこからつむぎだされる「ひとり」。

ところで、(今ではもうあまり読まれないかと思うが)唐木順三という人がいた。その著作に『無用者の系譜』という本がある。今では絶版。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480010230/

私は、この本は高校生の時に読んだと憶えている。日本文化、文学、思想の歴史を通じて、自らを「無用者」とみなした人たちについて、考察をめぐらせている。

たぶん、私の印象としては、著者(山折哲雄)は、自らを現代社会における「無用者」としてとらえようとしているのではないか、そのように思ってしまった。この本(『「ひとり」の哲学』)の中には、唐木順三についての言及はなかったように読んだ。だが、読後感、特に、その「あとがきに代えて」を読むと、自分自身の生き方として、現代の無用者であろうと思い定めているように感じられてならない。

このような視点にたって、この本を読むならば、それはそれなりに納得できるところがある。(しかし、前述したように、「哲学」と銘打っているからといって、論理的な体系性のある思想をもとめてはならない。)

唐木順三の『無用者の系譜』を読んだ経験のある人にとっては、読んでみてもいい本だと思う。

高取正男・橋本峰雄『宗教以前』2016-09-20

2016-09-20 當山日出夫

高取正男・橋本峰雄.『宗教以前』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2010 (原著、日本放送出版協会.1968)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480093011/

かなり以前にNHK(日本放送出版協会)から出ていて、文庫本(ちくま学芸文庫)になったもの。なぜか手にとることのなかった本であるが、文庫本で読んでみた。

共著なので、視点・論点が錯綜しているかなと感じるところがちょっとあるけれど、これはいい本だと思う。広く読まれるべきだろう。特に、柳田国男の祖霊信仰についての批判の部分、それから、国家と宗教についての考察。

ここでは、この本の柳田国男批判のところをみておきたい。柳田国男の祖霊論、『先祖の話』は、周知のことと思うので、もうくりかえさないでおく。これについて、この本は、次のように批判している。

「柳田氏のこのような意見は、もはや民俗の客観的な解明であるよりも、明治の家父長制をよしとする、官僚的な保守主義者の個人的心情の表明であり、しかもこのような心情が『先祖の話』を内容的にも支配していると考えられるのである。」(p.187)

「柳田氏は日本の神々すべてを祖霊に還元する――あるいは、還元できることを期待する。」(p.187)

「アニミズムに立つ柳田氏の祖霊と神において、それを存在論的意味での実在、アニマとみなしているのは、あくまで「家」の先祖と神までが本来であって、村の氏神や中央からの勧進神などは、社会習慣、心理的願望、政治的教化などが後次的に作り出したものとみなしている感がある。はたして日本人の古い宗教が家父長制的な「家」の観念から出発したものであるかは、きわめて疑問であろう。」(p.190)

民俗学、宗教学を専門にしているというわけではないので、この柳田国男批判の是非を判断することはさしひかえておきたいのだが、上記に引用した箇所を読むかぎり、なるほどという感じがしてならない。日本の宗教観を祖霊信仰だけから導き出すのは、やや無理があるとすべきであろう。

かつての日本の宗教がどうであったかも重要だが、それよりも、これからどうなるかも気になるところである。この点については、この本には次のようにある。

「祖先崇拝はたんに血縁のそれに限定されずにより普遍化されて、結局は「三界万霊」の供養のようなものとなり、したがってたとえば各家の仏壇も、その中心は先祖の位牌よも普遍的実在としての仏であるという、名前どおりのものになるかも知れない。むろん、先祖崇拝が存続するとしてである。死者の霊魂が個性を持ち続けると考えるか、融合単一化すると考えるかは、これからの日本人の死生観がきめることである。」(pp.196-197)

この『宗教以前』は、ちょっと古い刊行の本ではあるが、言っていることは、現在の日本の宗教(特に仏教)のかかえている問題を、みごとに指摘しているといえるのではないだろうか。

毎年、八月のお盆の時期になると、テレビのニュースでも各地の墓参りの様子が報道されたり、各種の民俗行事の報道があったりしている。たとえば、京都の大文字送り火、これなど祖霊信仰の現代版であろう。と同時に、京都の夏の一つのイベントにもなっている。これが今後どうなるかは、各自の、そして、社会全体としての、「内省」にかかっているのかもしれないと思う。

ここで「内省」と書いたが、この言葉は、文庫本の解説(「繊細の精神」安満利麿)で、次のように言及されている。

「「内省」とは、今ある自己のあり方を振り返ることである。」(p.268)

として、民俗採訪、そして、読書にときおよんでいる。昔の本を読み、また、残された民俗行事に接することによって、自ら省みる必要がある。それが、未来の自分のあり方をきめていくのである。また、祖霊信仰についてどう考えるかは、日本の文化・歴史を、どう考えるかということにも、ふかくつながっていくことでもある。

聖なる空間としての神社2016-08-05

2016-08-05 當山日出夫

菅野覚明.『神道の逆襲』(講談社現代新書).講談社.2001
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784061495609

この本については、また改めて書いてみたいと思っている。ここでは、この本の最終章「神様の現在」から、次のところを見てみたい。

「少なくとも、神社の最大勢力を占める神社神道は、定まった教義や教典を持っていない。しかし、そうした事情とはかかわりなく、神のあらわれを受けとめる知恵や力は、今日の神道界にも確実に保持されているように見える。」(p.272)

としたうえで、次のような事例をあげる。

「伊勢の皇学館大学構内に一歩足を踏み入れたときに受ける、あの折り目正しく張りつめた感じは、みずからのありようを積極的に神の境位へと反転させようとする伊勢神道・垂加神道の清浄・正直の伝統が変わらずに保たれていることを実感させる。」(p.272)

さらに、

「あるいは、ほとんど世俗的なイベントと化してしまっているような今日の結婚式においても、時に粛然と背筋を正されるような神のあらわれに出会うこともある。何年か前、筆者が都内の式場で出会った巫女舞い(中略)は、まさに大都会の華やかな式場の一隅にひそやかに神のあらわれを告げる緊迫した瞬間であった。」(p.272)

このようなことは、神社・神道がそうであるというよりも、むしろ、受け手である人間の方の感覚・感性の問題かもしれないと私などは思っている。われわれが神社の境内において、何を感じるか、である。

このような観点からは、すでにふれた本だが、

島田裕巳.『「日本人の神」入門-神道の歴史を読み解く-』(講談社現代新書).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062883702

の次のような記述とつながるものであると思う。

「明治神宮の場合もそうだが、平安神宮を訪れて、桓武天皇や孝明天皇の存在を意識する参拝者はそれほど多くはないだろう。(中略)重要なのは、そこが神を祀った神社であるという、その一点である。」(p.211)

これにつづけて、

「実はこれは、明治以降に創建された神社に限らず、神社一般にも当てはまることだろう。私たちが、どの神社でもいい、そこを訪れたときに祭神が何かということを考えることは決して多くはない。」(p.211)

「そうだとすれば、私たちは、それぞれの神社に祀られた個別の祭神に対して礼拝をしているのではなく、神一般に対して礼拝していることになる。」(pp.211-212)

そして、これにつづくこととして、島田裕巳の本では、「日本的一神教」の章で、天理教、それから、皇室祭祀、国家神道へと話しがつづいていく。

さて、上記のことを、私なりにいいかえるならば、「聖なる空間としての神社」とでもいうことができようか。そして、それは、そのような場所、そのようにあらしめている共同体のあり方と無縁ではない。われわれが、そのように感じるのである。

だが、そうはいっても、たとえば伊勢神宮(内宮・外宮)の境内にはいったときの神聖な感覚というものは、厳然としてあるという気もする。それはあくまでも「聖なる空間」であって、固有名詞をもった特定の祭神をまつる場所ではない。伊勢神宮においてさえも、その祭神が何であるかと、特に問うことはないように感じている。知識としては知っていても、である。

しかしながら、そこが「聖なる空間」であることを認識しつつも、どこかで、祭神が何であるかを意識せざるをえない神社がある……靖国神社である。(靖国神社には、私は、何度か行ったことがある。)

靖国神社については、いろいろと考えなければならないと思っている。

島田裕巳『「日本人の神」入門』2016-06-28

2016-06-28 當山日出夫

島田裕巳.『「日本人の神」入門-神道の歴史を読み解く-』(講談社現代新書).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062883702

神道関係の新書本程度の入門書をいくつか読んでみたなかで、この本はよく書けているなと思う。わるい本ではない。ざっくりと日本の神道とはどんなもので、どんな歴史があるのか、ということを知りたい向きには、おすすめである。

古い神社の姿として、社殿が無いものを想定してみている。たとえば、大神神社とか、沖ノ島における古代祭祀遺跡などを例にあげる。神道の神として、八幡・出雲・天神など各種の神々について概説する。それから、神仏習合の歴史についても、わかりやすく説明してある。

ところで、私がこの本を読んで興味深く思ったのは、伊勢神宮についての記述のいくつかである。伊勢神宮については、このブログで、以前に書いている。

やまもも書斎記 2016年6月5日
『華麗なる一族』の風景
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/05/8102763

ここでも、島田裕巳の本に言及しておいた。

次の指摘は重要だろう。

「明治天皇の前に伊勢神宮に参拝した可能性のあるのが、持統天皇である。そのことは『日本書紀』に記されているのだが、可能性ということばを使ったのは、はっきりと参拝したとはされておらず、伊勢に行幸したとされているだけだからである。」(p.64)

伊勢神宮は、皇室の神様をまつったところである……というのが、一般の理解だと思う。しかし、歴代天皇は、伊勢神宮には参拝していないという。そのかわり、伊勢に「斎宮」がおかれていた。

いわば、敬して遠ざける、と理解しておけばよいだろうか。非常に重要な神ではある、しかし、その霊力が強いが故に、都(奈良・平安)からはへだたった伊勢の地に祭祀することになったと解される。

「明治天皇が伊勢神宮に参拝することによって、そこに祀られた天皇家の祖神としての天照大神との結びつきが改めて確認され、それは、明治になって新たに確立された天皇を中心とした国家のあり方がいかなるものかを知らしめることに貢献した。しかも、参拝の準備のために、伊勢神宮での神仏分離が徹底され、仏教寺院が破却されたことで、明治時代の新たな信仰のあり方が具体的に示されたのだった。その点で明治天皇の伊勢神宮参拝は宗教史上の一つの事件だった。」(p.242)

それから、現在普通におこなわれている神社の参拝の形式「一揖、再拝、二拍手、一揖」も、明治になってから定められたものである。(p.233)

それまでは、拝殿で合掌する、ぬかずくなど、多様な礼拝の形式があったようである。

「これは、江戸時代において、神社に参拝した場合にも、現在の作法とは異なり、拍手を打たなかったことを示している。」(p.234)

このことの証拠としてあげている資料は『伊勢参宮細見大全』。三重県立図書館デジタルライブラリーで見られるとある。調べてみると、次のURLだろう。

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/library/da-tosyo/detail?id=163163

なお、この本の第七章「人を神に祀る」で、柳田国男の『先祖の話』にふれてある。柳田の論を完全に肯定することはむずかしいが、否定もできないといったところである。

ところで、人を神に祀るといえば、靖国神社がある。この本では、(敢えてであろうが)靖国神社にはついては記述がない。それについては、

島田裕巳.『靖国神社』(幻冬舎新書).幻冬舎.2014
http://www.gentosha.co.jp/book/b7985.html

がある。靖国神社については、また改めて考えてみたい。