ダークサイドミステリー「お化け屋敷の進化が止まらない!〜“怖い”は楽しい!の秘密〜」2025-06-12

2025年6月12日 當山日出夫

ダークサイドミステリー お化け屋敷の進化が止まらない!〜“怖い”は楽しい!の秘密〜

再放送である。最初は、2023年7月20日。

これはなかなか面白かった。

そもそも人は、何故、怪異を求めるのだろうか、ということが気になることであるが、ここについては、江戸時代の東海道四谷怪談ぐらいからの説明であった。しかし、日本文学の歴史としては、古く、古代から怪異にかかわる作品は多くある。『源氏物語』の「夕顔」の巻などは、荒れはてた屋敷で女がお化けにとり殺される話しである。これを、王朝人は、どのような感覚で読んだのだろうか。

東海道四谷怪談からはじまって、明治になって、見世物としてのお化け屋敷が作られるようになる。それが、現代では、恐怖を体験するという娯楽に変わってきている。そこには、恐怖を感じながら、最終的には快感を感じる、人間の心理についての考察が基本にある。これが、落語のオチの分析(二代目桂枝雀)と重なるというのも、興味深い。

平和なとき、身の安全が保証されている社会の状況でないと、お化け屋敷は娯楽として成立しない、というのはそのとおりだろう。(次の瞬間にも、ミサイルが飛んできて死ぬかもしれないというような状況のなかで、お化け屋敷もないだろう。)

お化け屋敷にネットでつないで、電子メールを送ると返信が返ってくる……これは、面白そう、いや、怖そうである。実際、お化け屋敷限定ということではなく、ネット空間のなかに、恐怖への回路がつながっているという感覚は、すでに、多くの人が感じとっていることかもしれない。おそらく、今では、スマートフォンの向こうに広がるバーチャルな世界が、リアルの世界と見分けがつかなくなって、恐怖の舞台になっている、そう考えてもおかしくはない。

まったくどうでもいいことだが、番組の中で表示されていた文字で、「安堵」の「堵」の漢字の字体がゆれていた。もう今では、こういうことを気にしなくなっているのかと思う。

2025年6月10日記

英雄たちの選択「“米価”は誰が決める?〜将軍吉宗VS大坂米商人の20年戦争〜」2025-06-12

2025年6月12日 當山日出夫

英雄たちの選択 “米価”は誰が決める?〜将軍吉宗VS大坂米商人の20年戦争〜

この回は面白かった。でも、こういうことは、近世の経済史を専門にしている人にとっては、当たり前のことであるのだろうと思うが。

大坂の堂島の米相場が、その当時の世界のなかにおいても、先物取引ということをはじめた先駆的なところであった、ということは、よく言われていることだと思う。米切手、帳合取引、ということで、実際には米の実物を持っていなくても、取引が可能であり、このようなことは、幕府(徳川吉宗)にとっては面白くないことだったにちがいない。

門井慶喜が、吉宗の時代、需要と供給ということば、概念そのものがまだなかった。そういうものなのかと思う。では、いったいいつごろから、日本において、需要と供給というものの考え方が、定着するようになったのか、これはこれで面白いことだろうと思う。

(どうでもいいことのようだが、番組の中で、門井慶喜の著作として『天下の値段 享保のデリバティブ』とあったのだが、見てみると、この作品はまだ連載中ということである。「WEB別冊文藝春秋」。)

江戸時代になっても、吉宗のころまでは、新田開発などで米の生産は増え、そして、人口も増えていったのだが、それが、このころになって、米の生産量は増えても、人口が増えなくなった。結果、米が余るということになり、価格が下がる。米の値段が下がるのはそうだろうと思うが、なぜ、人口が増えなくなったのだろうか。(おそらく、その後、江戸時代を通じて一定規模をたもち、その後、明治以降になってまた増加に転じていることになるが、これはどういう要因によってなのだろうか。日本列島のなかで日本人が食べていけなくなって、海外への移民があり、日本から大陸への進出ということにもなったはずである。)

米が余るようになると、それが、商品として意味が変質していく。これは、そのとおりかと思うが、どう変わっていったかということは、もう少し具体的に語ってほしかったところである。

やはり思うこととしては、江戸時代まで、米は、どのように生産され、流通し、消費されたのだろうか。米は重い。大坂に多くの米が集められたということは、そうだと思うのだが、その集めた米は、どう消費されたのだろうか。米は、食料として食べるぐらいしか利用の方法はない。酒を造ることもできるし、他の消費もあるが、食品としてである。人口が増えないならば、その消費量が増えるということはないだろうと思うが、どうだったのだろうか。あるいは、その他の雑穀などをふくめて、日本人の食べるものが変わっていったということなのだろうか。

経済の視点から見た米と貨幣、それから、実際の食料品としての消費、これはどういう関係にあったのだろうか。

大坂の堂島に、巨大な米のマーケットがあったということは、そのとおりであろう。そして、米の価格は、マーケットによって決まるものであり、幕府が強権的に価格統制しようとしても、失敗に終わるだけであった。市場というのは、そういうものだということになる。

番組では言っていなかったが、その後、日本で米が統制できるようになったのは、昭和になって戦時下の体制において、ということになるのだろう。その体制を、戦後になっても続けることになった。(私の世代であれば、お米の通帳、というのを覚えている。)

磯田道史が、自分の持っている史料として紹介していたものが面白い。幕府につぶされて没収された財産の目録であるが、とてつもない規模の商人だったらしい。江戸時代、大坂の商人が、日本の経済を握っていたということになるのだろう。

現代でもそうだだが、いや、現代においてそういう側面が強くなってきているかとも思うが、マーケットにおける、需給関係、合理的な判断をする経済人の行動だけによって、ものの値段が決まるということではない。心理的要因がある。それは、現代においては、戦争なども、大きな要因となるだろう。あるいは、アメリカの大統領がどういう政策を打ち出すかということで、実質以上の影響力があるということもある。

吉宗以降、江戸時代を通じて、一時的な飢饉のときをのぞいて、米の価格は安定していたということだったが、示されていたグラフを見ると、幕末になって急騰している。この要因は、いったい何なのであろうか。おそらくは、これが江戸幕府の滅亡につながったということなのだろうと思うが、米の価格、経済史、政治史、これらを総合してどういうことが言えるのだろうか。

番組の中で『大阪市史』が映っていた。野暮を承知で書いておくと、これにたずさわったのは、幸田成友、である。幸田露伴の弟。そして、慶應義塾の歴史学の基礎をきづいた歴史学者である。この著作集が出たのが、私が、慶應義塾大学の文学部の学生のときだったと覚えているが、結局、この本は買わずにすぎてしまった本ということになる。『大阪市史』は、幸田成友の代表的な仕事であると同時に、日本の近代の歴史学においても重要な位置をしめる研究である。

さて、今、米の値段は高騰している。およそ倍の価格になっている。ただ、米の値段があがったからといって、お米が買えなくて飢餓で苦しむとかということにはなっていない。一部に絶対的貧困はあるとしても、米の価格暴騰で餓死者が出たということにはなっていない。高くなったとはいえ、お店に行けば、売っている。商品を奪い合うということにはなっていない。全体として、エンゲル係数に与える影響としては、そう大きなものではない。だが、こういう状態であって、一般の国民の心理として、これ(米の価格の暴騰)をどう受けとめるかは、また、別の問題である。

2025年6月9日記

NHKスペシャル「追跡 自由診療“ビジネス”トラブル続出の美容医療 そして」2025-06-12

2025年6月12日 當山日出夫

NHKスペシャル 追跡 自由診療“ビジネス”トラブル続出の美容医療 そして

再放送を録画しておいた見た。最初は、2025年3月29日。

話しの内容が二つに分かれているので、ちょっと分かりにくいところもある。

美容医療のことと、再生医療のこととは、分けて考えた方がよかっただろう。ともに、自由診療ということでは同じかもしれないが、それを受ける患者の動機、それから、法的な規制、クリニックの経営のあり方、これらは違うところがあるはずである。

番組ではまったく言っていなかったが、美容医療の根底にあるのは、(今でいうことばとしては)ルッキズムである。容姿の見た目、である。たしかに、人間が社会の中で生きて行くときに、こういう価値観はまったく否定できるものではないかとも思うが、実際には、あまりにも多くの人が、これに流されてしまっているように思われる。その一方で、政治家などが、少しでもこのようなことに抵触する発言をすると、きわめて厳しい批判にさらされる。これは、どう見ても、どこかおかしい。そんなに見た目を気にすることはないだろうし(別に目が二重だろうだ、それがどうしたと思うのだけれど)、逆に、見た目だけでその人間の全てを評価するというわけではないのに、そういうことをタブー視してしまうことにも、やはり違和感を感じる。

問題なのは、再生医療についての国の審査。開発中の技術であり、その効果があるかどうか分からない、ひょっとしたある可能性は否定できない、少なくとも害にはならない……こういうことなら、そのことを説明したうえであれば、まったく否定されるべきではない、ということになるだろう。症例を積み重ねていくなかで、有効な事例があるならば、それを検証することで、より効果的な治療法の開発につながる可能性がある。(おそらく、多くの医療にかかわる技術は、このような段階を経て一般化していくものだろうと思うことにはなる。)

美容医療の副作用で困ったことになった患者が、口コミとしてそのことを発信するのは、かなり微妙かなと思うところがある。無論、悪い結果があるなら、そのことはきちんと報告され、オープンになるべきである。だが、このとき、その因果関係を立証すること、挙証責任を問われることになると、ただ一方的に患者の言い分だけが語られるのは、どうなのだろうか。ここには、第三者の判断、ということが必要であるかとも思う。しかし、実際には、それはとても面倒なことにはちがいない。(こういうことを言うと、挙証責任はだれにあるのか、きちんと証拠を示してから言うべきである、という恫喝に結果としてなりかねない危険はある。)

一般の医療についていうならば、保険適用の標準的な医療が、より多くの人びとにとどけられ、それを基本とした医療への信頼、ということが必要ということになると思うことになる。

2025年6月11日記

映像の世紀バタフライエフェクト「世界を変えた巨大災害」2025-06-11

2025年6月11日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト 世界を変えた巨大災害

自然災害が、ときとしてその国家のみならず、世界の歴史に影響をおよぼすことがある。一般的にいえばこうなることだが、それを、映像記録の残っている近代の巨大災害にしぼって、つなげて番組を作ってある。個々の事例を見ると、なるほどそういうことが背景にあったのかと思うことがある。

なにがしかの教訓を導き出すとするならば、巨大な自然災害にあたって、その当事者である国家が、どう対応するかということが、その国家や政権の命運を左右し、あるいは、その国の人びとの生活の価値観を変えることがある、というぐらいのことはいえそうである。

この意味では、日本であれば、関東大震災があり、1955年の神戸の震災があり、また、2011年の東日本大震災が、大きくとりあげることになる。(自然災害ではないのだが、昭和20年の終戦からGHQによる占領ということも、きわめて大きな影響をあたえたことである。また、2020年からのCOVID-19パンデミックも、まだ検証の出来ることではないが、大きく人びとの意識や社会のあり方を変えることになった出来事として、歴史のなかで語られることだろう。)

見ながら思ったことを、いくつか書いておくと。

キング牧師の、「I have a dream.」という演説のことばが、アドリブであった。(この演説はたびたび「映像の世紀」シリーズで目にする。人間が肌の色で評価されてはならないのはそうなのだが、では、その人格……心の中のこと……で評価されるというのは、はたしていいことなのだろうか。現代社会では、このこともふくめて問題になることだと、私は思う。)

フィリピンのピナツボ火山の噴火の影響で、日本で米の凶作となったことは覚えている。このときの映像で、お店にあった米の値段が、コシヒカリが5キロで3000円を超えていた。3500円ぐらいだっただろうか(録画を見なおせば確認できることなのだが、面倒なのでそのままにしておく。)。さて、実際に、日本で米の価格というのは、どのように推移してきたものなのだろうか。直近の値上がりのことばかりが、大きく報道されるのだが、もうすこし長い期間の変化……エンゲル係数の変化と、その内訳の米のしめる割合の変化、これを見る必要があるだろう。

1955年の神戸の地震のとき、まだ携帯電話が普及していなかったのは記憶している。この時代は、昔のパソコン通信の時代だったので、その範囲内であるが、知っている人の安否情報が流れてきたものである。

この地震のときのことを契機として、日本に住む人びとの価値観が、経済成長を第一にするものからか、本当の豊かさとは何かを考える方向に変わっていった……という意味のことを言っていたが、これは、そのとおりだと思う。ただ、これも、その後いろいろと紆余曲折があることではあるが。

2011年のときは、まだスマートフォンが普及していなかった。だが、Twitterはかなりの人びとが使っていた。この時代だと、パソコンから使っている人が多かったはずである。このときの記憶としては、ソーシャルメディアに多くの人が信頼をよせていて、善意を感じることができた。(だが、それも、現代では、人間の悪意の方を強く感じるようになってきてしまっている。)

2025年6月10日記

ドキュメント72時間「多国籍の学生寮 青春の日々に」2025-06-11

2025年6月11日 當山日出夫

ドキュメント72時間 多国籍の学生寮 青春の日々に

番組の意図としては、多国籍・多文化の学生たちが、非常に仲よく暮らしている、ということを強調して表現したいのだろうと思う。このこと自体が別に悪いことだとは思わないし、いや、積極的にこのようなこころみの番組を作ることはあってもいいと思う。

だが、これまでNHKがつくる、この手の番組……多文化社会のあり方を肯定的に描く……ということについては、あまりにも、無難な題材を選びすぎてきているようにも思う。

立命館アジア太平洋大学の学生寮であるから、年齢的にだいたい同じような若者であり、日本のこの大学で勉強しようとしているだけで、フィルタリングされている。このような学生たちが仲よく暮らしている姿を見せられても、まあ、そんなもんでしょうねえ、という以上のことを思うことはない。

しかし、日本がこれからつきあっていかなければならない、また、現に問題となっていることとしては、さまざまな地域に生活するさまざまな外国人とどうつきあっていけばいいのかということになる。地域によっては、ブラジルからやってきた工場労働者が多く住む地域があったり、ベトナムやネパールなどからの労働者のこともある。

番組の中で出てきた、学生寮のトラブルとしては、ゴミの分別ぐらいであったが、さて、実際にはどうなのだろうかと思う。中には、日本での寮の生活になじめない学生もいるだろうし(これは、日本人・留学生を問わず)、それに対する大学としてのサポート体制はどうなっているのか、ということも気になることである。立命館大学というのは、ある意味で、非常に学生への面倒見のいい大学なので、具体的にどのようにしているのか、興味がある。

今の時代の価値観からすると、性的少数者という人たちのことを考えるならば、大きな風呂場でみんな一緒に(男女は別である)ということだけでは済まないはずであるが、このあたりのことについて、大学はどう対応しているのだろうか。

食べ物についても、イスラム圏から来た学生にどう配慮するのか、地元の食料品店などのことについて知りたいところである。

お互いに理解があれば、多文化共存が可能であるというのは、私にいわせれば幻想である。実際は、逆である。多文化の共生ということについては、その社会全体での公共の基本ルールを守ること、そして、必要以上に相手に干渉しないこと、無関心であること、これをふまえたうえでの理解ということになると、私は考えている。

この番組についていえば、寮のなかの共有スペースの使い方のルールを守ることと、個々の学生の部屋の中はそれぞれにプライベートな領域であり立ち入ることはないということ、これが基本にあってのことだと思う。そして、学生寮であるから、一定の自治は学生にまかせるとしても、最終的に何か問題があれば、大学としては退学処分ということがありうるということ、このことも暗黙の前提となる了解事項であること、これも重要だろう(こういうことまでは、番組の中で言ってはいなかったが。)

2025年6月8日記

サイエンスZERO「変幻自在に大活躍! 進化する素材 ゲル」2025-06-11

2025年6月11日 當山日出夫

サイエンスZERO 変幻自在に大活躍! 進化する素材 ゲル

こういう研究は面白いだろうなあ、と思って見ていた。

ゲルという名前は知っているのだが、それが、新しい素材として大きな可能性があることは、興味深い。特に、医療用の素材としては、これからの応用に期待ができそうである。

面白いと思ったのは、熱を加えると固くなるという性質。普通は、加熱すると柔らかくなるものが多いはずだが、いったいどういう理由なのだろうか。

サイエンスとしては、まだゲルがどんな性質を持っているかは未解明なところが多くあるようなのだが、テクノロジーとしては、非常に魅力的な新しい素材として、さまざまな応用が考えられそうである。

2025年6月9日記

ブラタモリ「東京・三軒茶屋▼三茶の発展は江戸の流行が鍵!?三軒の茶屋は今」2025-06-10

2025年6月10日 當山日出夫

ブラタモリ 東京・三軒茶屋▼三茶の発展は江戸の流行が鍵!?三軒の茶屋は今

三軒茶屋を「サンチャ」と略していうのは、テレサ・テンが歌った『スキャンダル』の歌詞で出てくる。1996年の歌である。この歌に、新宿歌舞伎町とか銀座とかが出てこないのは、そういう時代の流れのなかにあったと思い出すことになる。

東京に住んでいるとき、三軒茶屋には行ったことがないと思う。通り過ぎたことがあったかどうかである。あまりこちらの方面に用事があったということはない。

三叉路は魅力的であるが、三軒茶屋の三叉路が、結局は同じところにたどりつく、大山詣での道であるというのは、面白い。それほど、世田谷と江戸市中の往来が激しかったということでいいのだろうか。あるいは、大山詣でに専用の道を必要とするぐらい、人びとがおしかけたということなのだろうか。

三軒茶屋ということで、昔は、三軒の茶屋があったということらしい。大山詣でのルートということは、当然ながら、その帰り道ではいろいろと遊んで帰ることになっただろうから、誘惑の多い町だったということかとも思う。番組のなかでは、ただ茶屋と言っていただけで、それ以上、具体的には語っていなかったけれど。

興味深いの三角地帯として出てきていた、昔の闇市の面影をとどめて地域。このような界隈、飲み屋ならやっていけるだろうが、瀬戸物屋が商売になるとは、ちょっと思えない。おそらくは、かなりの不動産があって、それの収入でやっていけるから、元からあった店をそのまま、もうからなくても継続して維持している、ということではないかと思う。このような地域での、商売と土地の権利との関係ということでは、いろいろと面白いことがありそうである。そもそも、なぜ、この地域が昔の闇市であったのか、ということも気になる。(東京の闇市については、いくつか研究が出ていることは知っているのだが。)

2025年6月9日記

所さん事件ですよ「2千人が大行列!なぜ今“怪談ブーム”?」2025-06-10

2025年6月10日 當山日出夫

怪談がブームということは知らなかった。

ちょっと前のことになるが、NHKのEテレだったと思うが、「業界怪談」という番組をやっていたことがある。これは、いろんな業界の人たちが実際に体験した話しをもとにしていたものだが、なるほどこういう業界ならこういう体験があってもおかしくはないなあ、と思いながら見ていたことがある。

YouTubeで「怪談」で検索してみたら、たくさんある。また、Amazonで「怪談」で検索してみても、たくさんの本が出ている。無論、小泉八雲の『怪談』が出てくるのは当然としても、それ以外にいっぱいある。

そういえば、昔、学校の怪談、というのがはやったことを思い出す。これについては、「ダークサイドミステリー」で取りあげていたのを見ている。

怪談というのは、いろいろと形をかえて昔から今にいたるまでつづいてきている。古くは、日本文学のなかでは『日本霊異記』があり、『今昔物語集』(巻二七)がある。それから、柳田国男の仕事のなかには、怪談にかかわるものもある。『遠野物語』は、怪談ということではないかもしれないが、視点を変えればある種の怪談ともいえなくはない。最近では、ネット怪談ということもある。

これらが、伝統的な話芸である、落語や講談ということではなく、ごく普通の人たちによって語られ聞かれる、それにファンが殺到している、というのは、とても面白い。番組のなかでは、民芸ということばで言っていたが、民俗学用語としては、昔話や伝説ということになり、あるいは、いわゆる民話ということになるのかもしれない。

心霊スポットをめぐるタクシーの話しは、面白い。(タクシー業界には、いろんな怪談がありそうである。)

NHKは、「業界怪談」をリニューアルして作ることはないだろうか。これは、かなり、番組の作り方としてはテクニックが必要ということになるだろうが。これからのテレビ番組は、素人の話のなかに面白いものを見つけていく、(プロがプロのアイデアで作るのではなく)ということが必要かもしれない。

2025年6月8日記

BSスペシャル「古代エジプトの謎を追え 〜挑戦者たちのバトン〜」2025-06-10

2025年6月10日 當山日出夫

再放送である。最初は、2024年9月19日。

BSスペシャル 古代エジプトの謎を追え 〜挑戦者たちのバトン〜

エジプトのピラミッドなど古代遺跡の発掘については、たくさんの逸話や裏話がある。現代では、発掘された遺物は誰のものか、という議論もある。

だが、まあ、そういう小難しい話しはさておき、興味深いエピソードをならべてうまくまとめてあるという印象である。こういう作り方もあっていいだろう。(しかし、私としては、裏話とか秘話とか、発掘の権利関係とか、資金の出所とか、そういう話しの方が好きなのであるが。)

一番興味深かったのは、宇宙からの素粒子を観測して、ピラミッドの中にまだあるかもしれない部屋を探そうというこころみ。こういうのは、技術の進歩によって、どんどん新しい手法が生まれてくる。もし、未発見の部屋が見つかったとしても、そこにいたる通路をどうやって探すのかという、次の難題があるかもしれない。

遺物の顔の形から、AIで古代の人物の顔を復原推定するというのは興味深い。このような手法は、応用の方向としては、現在に残る絵画資料などをつかって顔や姿を推定復元するということがあるかとも思う。これからいったいどのような展開があるだろうかと思う。

2025年6月6日記

『べらぼう』「小生、酒上不埒にて」2025-06-09

2025年6月9日 當山日出夫

『べらぼう』「小生、酒上不埒にて」

見終わって、さりげなく台詞の中で言っていたことが気になって、WEBで検索してみた。検索した項目は、蠣崎波響、である。「絵などを学んででおる」と言っていた。この台詞が気になった。(このことが分かった人がどれぐらいいるだろうか。)

蠣崎波響の名前で一般には知られている。この人物が、松前廣年、である。

中村真一郎の『蠣崎波響の生涯』は出た時に買って読んだ本である。『頼山陽とその時代』『木村蒹葭堂のサロン』、これらも出た時に買って読んだ。

つまりは、非常に凝った脚本になっている。分かる人には分かる、だが、もしそれを知らなくても、十分に楽しめる。こういう懐の深いドラマは、見ていて楽しい。

江戸の戯作者たちを描いているのだが、この時代、戯作を本業とする職業作家は存在しない。みな、何かの本業を持っていて……れっきとした武士であったりする……その余技としての戯作である。ドラマの中では、本業のことについては、極力触れていない。恋川春町が表に出るときは武士の恰好で刀をさしている、その屋敷もなかなかのものらしい、というぐらいの描写にとどめている。この時代、戯作者どうしとしても、その本業のことについて、どうのこうのというのは、まったくの野暮ということであったろう。このドラマの作り方としても、恋川春町の正体(?)については、終わってからの紀行で言及するにとどめている。

その恋川春町の面倒くさい人物像が、実に魅力的に描かれている。

江戸時代、『小野篁歌字尽』が広く読まれ、そのパロディが作られたことは、近世文学、あるいは、日本の漢字の歴史について知識のある人なら知っていることである。もっとも有名なのは、(全部ひらがなで書くことにするが)『おののばかむらうそじづくし』かと思うが、これ以外にもある。その一つが、(これも全部ひらがなで書くと)恋川春町の『さとのばかむらむだじづくし』である。とにかく江戸の戯作のタイトルは、使われた漢字自体が、とても面倒なのである。

これらの本を見ようと思えば、今ではWEB公開の画像データで見ることが容易になった。

こういう漢字の遊びは、まさに日本ならではのことであると思うし、それだけ、江戸時代の戯作の読者層は、漢字についての知識があったということである。このような、いわゆる創作漢字の遊びは、現代でもおこなわれている。(こういうところまでふくめて、漢字について研究なのであるが、もう、私としてはリタイアしたところである。)

誰袖がとてもいい。以前に登場していた瀬川も魅力的であったが、花魁というのをこのように描くというのも、これはよく考えて作ってあると感じるところである。特に目元のアップの映像が非常に魅力的である。

そして、この回の演出は、極力暗く作ってある。普通は、テレビのドラマの映像は明るく作るのだが、この回で日中の太陽光のもとで人が動いていたのは、吉原での餅つきのシーンぐらいだった。極力暗くつくった画面のなかで、登場人物の表情が分かるようにしてある。このような暗さのなかでこそ、誰袖の妖艶な美しさかが際立つ。誰袖の魅力を最大限に引き出すために、あえて全編を暗く作ったかと感じるぐらいである。

これは今後の伏線なのかと思うところが……作者の個性ということである。この時代、近代的な個人……近代的な自我を持つものとしての……の個性ということは、人びとに受け入れられるものではなかった。その証拠になるのが、このドラマで、これから出てくるであろう、喜多川歌麿の美人画であり、東洲斎写楽の役者絵である。今でこそ、描かれた人物の内面に迫る絵画表現として高く評価されているのだが、同時代においては、さほど広く人びとに受け入れられるものではなかった。(結果的には、紙くずになって、海外に流出した。)

戯作という文学についても、これも、近代的感覚でいう個性というものを発揮するものではなかった。アイデアがあれば、パクってかまわないものであり、要は面白ければよかった。そのなかにあって、自分だけにしか書けない、描けない作品とは何なのか、というあたりを模索する作者(戯作者、絵師)を、どう人物造形するかということが、非常にむずかしいところだろう。この意味では、恋川春町、歌麿、これらの登場人物が、その後の近代の目をとおして見ることになる、近世の作者ということを、うまく出していると感じられる。

とはいっても、この時代の出版とか、戯作者やその読者たちの背景に、どのような教養を想定して見ればいいのか、ということについては、かなり割りきって脚本が作ってあると感じるところではある。

この回の演出では、キセルが多くつかってあった。これは、今の日常生活から姿を消してしまったものである。煙草とキセル、ということになると、山東京伝のことをどう描くかということで、気になる。

恋川春町は、戯作について「ただのあそび」と言っていた。そのとおりである。あそび、つまり非日常のことであるからこそ、日常の生活がどうであったかということにもなる。この江戸の人びとの日常がどんなであったか、それが、見るものの想像力にまかされていることになる。この意味では、このドラマは、見る人によって、いろんな楽しみ方があることになる。

2025年6月8日記