『おかえりモネ』あれこれ「大人たちの決着」2021-10-24

2021-10-24 當山日出夫(とうやまひでお)

『おかえりモネ』第23週「大人たちの決着」
https://www.nhk.or.jp/okaerimone/story/week_23.html

前回は、
やまもも書斎記 2021年10月17日
『おかえりモネ』あれこれ「嵐の気仙沼」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/17/9432660

この週は、新次と耕治の物語として展開したといっていいだろう。

第一に、新次。

新次は、ようやく行方不明になったままの美波の死亡届を出すことを決意する。これは、新次なりに、これから生きていくことのけじめであった。だが、もはや海にもどることはないようだ。海での仕事は、子どもの亮に託すことになる。新しい船の入手に少しでも力になればと思っている。

第二に、耕治。

銀行を辞めるという。そして、永浦水産で牡蠣の養殖に従事するという。これも、考えたすえのことである。震災このかた、ひたすら地道に仕事に打ち込んできた牡蠣養殖の仕事を、なんとか継続させたい、また、自分もそこにかかわりたいと思ってのことになる。

以上、新次と耕治の、これからの人生を描いた週であったと思う。

いずれも、ある意味では、震災からの復活といえるかもしれない。あるいは、ようやく復興にむけて、それぞれに歩み出したといってもいいだろう。これには、長い時間がかかった。震災から九年が経過している。

そして、最後に登場したのが菅沼。次週は、最終週である。莉子も登場するようだ。どのようにモネがこれから生きていくことになるのか、最後の週を楽しみに見ることしよう。

2021年10月23日記

『壮年茂吉』北杜夫2021-10-23

2021年10月23日 當山日出夫(とうやまひでお)

壮年茂吉

北杜夫.『壮年茂吉-「つゆじも」~「ともしび」時代-』(岩波現代文庫).岩波書店.2001(岩波書店.1993)
https://www.iwanami.co.jp/book/b256001.html

続きである。
やまもも書斎記 2021年10月18日
『青年茂吉』北杜夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/18/9432975

四部作の二冊目である。ひきつづき岩波現代文庫版で読んでいる。

この巻には、茂吉の長崎時代のことから、ドイツ留学、そして、日本にもどってからの病院の火災とその再建の時代のことが描かれる。長崎の件をのぞけば、おおむね『楡家の人びと』をなぞっているといってもいいだろう。

読んで思うこととしては、やはりその子どもでなければ書けない視点であり、同時に、同じく文学の道にあゆんだ人間であり、そして、精神科医でもある……このような立場にあって、子どもが父親のことを書く部分と、それとは別に、茂吉の一人の読者として、その文学を鑑賞する部分との、微妙な交錯が、この評伝を面白いものにしている。

読んでいくと、北杜夫の、『楡家の人びと』は無論のこと、「青春記」「航海記」「昆虫記」のなかのエピソードにふれるところがある。これは、これとして、北杜夫の作品を理解するうえで、非常に興味深いところである。

また、この巻の最後は、芥川龍之介の死のことでおわる。その死に、ある意味で関係することになったのが、斎藤茂吉であったということは、この本を読んで知った。

あるいは、これは当然のことなのだろうと思うが、おそらく、斎藤茂吉という人物をほりさげていくならば、日本の近代短歌史のみならず、文学史のかなりの部分にかかわっていくことになるにちがいない。また、近代の『万葉集』の受容にも影響があるはずである。

だが、今では、斎藤茂吉というと、近代短歌の歴史のなかの一人という位置づけで終わってしまっているように思えてならない。これはいたしかたのないことかもしれな。近代、現代の短歌というものが、まさに文学でありながら、他のジャンルと没交渉の世界に閉じこもっている(あるいは、閉じこめてしまっている)という状況であると、感じざるをえないところがある。

この評伝の語るところは、近代短歌の巨人である斎藤茂吉をとおして見た、近代という時代であるともいえるだろうか。それは、北杜夫でなければ書けなかったものでもある。

しかし、一方で、年代順に斎藤茂吉の作品を紹介しつつ、その鑑賞、評釈にふれてある。すぐれた斎藤茂吉の作品への入り口にもなっている。

2021年9月23日記

映像の世紀プレミアム(11)「運命の3つの都 パリ・ベルリン・ニューヨーク」2021-10-22

2021-10-22 當山日出夫(とうやまひでお)

映像の世紀プレミアム (11) 運命の3つの都 パリ・ベルリン・ニューヨーク

再放送である。2018年の放送。これは見逃していた。録画しておいて、学校に行く用事が済んでから、ゆっくりと見ることにした。

なぜこの三つの都市なのか、という疑問はある。なぜロンドンでないのか、なぜ東京でないのか(まあ、東京については、その後の放送で特集したのではあるが。)

しかし、この三つの都市……パリ・ベルリン・ニューヨーク……を舞台にして、二〇世紀の時代の流れを追った、いい企画であったと思う。

見ていて印象に残るのは、ベルリンの壁の崩壊のこと。

個人的な記憶をたどれば、一九八九年のある日、テレビを見ていたらいつの間にか、そうまったくいつの間にかである……ベルリンの壁の崩壊ということになっていた。壁の上で、ハンマーをふるって壁を壊す人物の映像は、これまで何度となく目にしてきているが、これをたしかにテレビのニュースで見たかと記憶している。

はっきりいえば、この事件が、その後の世界の状況を大きく変える出来事になるとは、思っていなかった。ただ、漫然とニュースを見ていたということになる。

ただ、強いて批判的な目で見てみるならばであるが……「映像の世紀」という番組自身が、どうしても、西欧中心の歴史観になっているところがある。これは、残された映像資料ということから、そうならざるをえないということはあるのかとも思う。このあたりのことは、ちょっと距離を置いて考えて見る必要があるかと思う。パリや、ベルリンや、ニューヨークで起こった出来事が、世界の人びとにどのような意味があったのか、振り返ってみなければならないだろう。

放送は、二〇一八年。アメリカではトランプ大統領の時代である。この時代、ある意味では、アメリカのみならず世界的にも、分断と対立の時代であったといえるかもしれない。それは、今も続くことでもあろう。

これに対比する形で、ドイツのメルケルを登場させていたのは、そう編集したということなのだろうが、巧みであると感じる。(ただ、少し理想的に描きすぎている気がしなくもないが。)

ちょっと不満に思ったこととしては、第二次世界大戦当時のフランス。確かにレジスタンスの動きがあったろう。と同時に、ヴィシー政権というものもあった。ナチスに迎合したフランスの歴史ということも、忘れてはならないことにちがいない。

さて、この再放送、いつまでつづくのだろうか。BS4Kでも放送しているので(我が家ではこれは見ることができないのだが)、4Kバージョンとして続くのかとも思っている。とりあえずは、次回は日本のことに話題が移って、昭和史となるようだ。これも見ることにしよう。

2021年10月21日記

『最果てアーケード』小川洋子2021-10-21

2021-10-21 當山日出夫(とうやまひでお)

最果てアーケード

小川洋子.『最果てアーケード』(講談社文庫).講談社.2015(講談社.2012)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000212073

続きである。
やまもも書斎記 2021年10月14日
『いつも彼らはどこかに』小川洋子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/14/9431966

連作短篇集である。

収録するのは次の作品。

衣装係さん
百科事典少女
兎夫人
輪っか屋
紙店シスター
ノブさん
勲章店の未亡人
遺髪レース
人さらいの時計
フォークダンス発表会

舞台となるのは、どこにあるともしれない、小さなアーケードの商店街。そこで一人の少女を主人公として、各店での出来事がつづられる。どの店もちょっと変わっている。繁盛しているという店はあまりないようだが、いつかどこからかあらわれる客を待って、店をやっている。

アーケードについて作者はこう記す……「もしかするとアーケードというよりも、誰にも気づかれないまま、何かの拍子にできた世界の窪み、と表現した方がいいのかもしれない。」(p.10)

その「世界の窪み」にある店も、おとずれる客も、ちょっと変わっている。

だが、奇怪という感じではない。ちょっと変わってはいるが、どこにでもありそうな、どこにでもいそうな店であり、人びとのいとなみである。それらが、小川洋子の独特の透明感のある文章で、語られる。読んでいる間、このちょっと変わったアーケードの人びとにつきあうことになる。その時間が、この短篇集を読む楽しみというべきなのであろう。

2021年6月11日記

2021-10-20

2021-10-20 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日は花の写真の日。今日は萩である。

前回は、
やまもも書斎記 2021年10月13日
彼岸花
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/13/9431712

秋になると萩の花が咲く。我が家には、白い花のものと、赤い花のものと、二種類が咲く。このうち、白い花を写すことにした。

萩という花は、万葉集の昔より愛好されてきた花である。万葉集には、萩、あるいは、秋萩の名前で出てくる。

写真にとるのは、ちょっと考える。小さい花の一つ一つを接写で写そうとすると、これはかなり難しい。ちょっとした風にもゆらぐので、朝早いころの風の無いときをみはからって撮らないといけない。あるいは、花の咲いている全体を写すことになる。

今年は、カメラをひいて、花がたくさん写るようにしてみた。こういう撮り方の方が、一目見て、萩と分かるかもしれない。

この萩の花も、一〇月になると終わりになってしまう。今年の秋は、いつまでも暑かったが、それが、急に寒くなった。今ちょうど杜鵑草の花が咲いている。外を歩くと薄も見える。ドングリも目にするようになってきた。紅葉にはまだちょっと早いが、秋の気配を強く感じるこのごろである。

萩

萩

萩

萩

萩

Nikon D500
TAMRON SP 90mm F/2.8 Di MACRO 1:1 VC USD

2021年10月18日記

『青天を衝け』あれこれ「栄一、最後の変身」2021-10-19

2021-10-19 當山日出夫(とうやまひでお)

『青天を衝け』第31回「栄一、最後の変身」
https://www.nhk.or.jp/seiten/story/31/

前回は、
やまもも書斎記 2021年10月12日
『青天を衝け』あれこれ「渋沢栄一の父」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/12/9431445

栄一は、大蔵省を辞めることにしたようだ。この回を見て思うこととしては、次の二点ぐらいだろうか。

第一に、銀行。

渋沢栄一が、第一国立銀行を作ったという話しは、子どものころの歴史の教科書で覚えたかと思う。いよいよ栄一は、銀行の設立に向けてスタートすることになる。

だが、ここで、大蔵省という官の立場にいては、商人と一緒に仕事ができないことに気づく。これから、経済で新しい国作りをするために、官から身をひく決意を固めることになる。このあたりは、史実をなぞっていることだろうと思う。

第二に、製糸場。

これも、子どものときの学校の教科書に出てきたので覚えている。富岡製糸場は、近年、世界遺産になったので名前が知られるようになった。(ここには、残念ながら、まだ行ったことはない。)

しかし、製糸場というと、明治の文明開化の象徴であると同時に、後年の女工哀史の舞台でもある。近代日本の明と暗の部分を併せ持っていると思うが、どうだろうか。

以上の二点が、印象にのこるところである。ともに、学校の歴史の授業で覚えたことであるが、それに渋沢栄一が関わっていたということを、改めて思ってみる。

ところで、栄一に男の子が生まれた。が、結果的には、この子は、渋沢家の後継者になることはなく、その次の渋沢敬三に引き継がれることになるはずである。渋沢敬三もまた近代の経済のみならず、博物館、民俗学などの方面において、重要な位置をしめることになる。

次週、銀行の設立をめぐって、話しは展開するようだ。楽しみに見ることにしよう。

2021年10月18日記

『青年茂吉』北杜夫2021-10-18

2021-10-18 當山日出夫(とうやまひでお)

青年茂吉

北杜夫.『青年茂吉-「赤光」「あらたま」の時代-』(岩波現代文庫).岩波書店.2001(岩波書店.1991)
https://www.iwanami.co.jp/book/b256000.html

『静謐』を読んだ。そして、『楡家の人びと』を読んだら、北杜夫の他の作品も読んでおきたくなった。

やまもも書斎記 2021年9月7日
『静謐』北杜夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/07/9420414

やまもも書斎記 2021年9月20日
『楡家の人びと 第一部』北杜夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/20/9425149

やまもも書斎記 2021年9月27日
『楡家の人びと 第二部』北杜夫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/09/27/9427366

やまもも書斎記 2021年10月4日
『楡家の人びと 第三部』北杜夫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/04/9429290

この斎藤茂吉のことを書いた四部作のことは知っていたが、なんとなく手をつけずに過ぎてしまっていた。近代短歌というものに、さほどの関心がなかったことも起因するかと思う。だが、北原白秋や斎藤茂吉などは、近代の文学において重要な位置をしめるとは思っていた。

また、近年のことだが、「古典」というものについて考えている。日本の「古典」の代表として『万葉集』などあるわけだが、いにしえより「古典」であったということはない。『万葉集』が「古典」になったのは、近代以降のことであるといってもいいだろう。そこに重要な役割を果たしているのが、アララギ派の歌人たちである。

さて、斎藤茂吉は『万葉集』をどう読んでいたのか、どのテキストで読んだのか、このあたりも興味のあるところである。

ともあれ、四部作を読んでおくことにした。

読み始めてであるが……これは、面白いと思ったのが正直なところである。斎藤茂吉の評伝としても秀逸であると感じる、それと同時に、北杜夫のユーモアと品のある文章がいい。

第一冊目を読んで思うこととしては、次の二点ぐらいを書いておきたい。

第一には、評伝として。

基本的に、斎藤茂吉の若いときからの評伝という形をとっている。それはそのとおりなのだが、書き手は、北杜夫である。斎藤茂吉の次男である。その子どもの目から見た斎藤茂吉の姿が描かれる。

斎藤茂吉もそうであったが、北杜夫も精神科医である。その観点から、父親を観察している。斎藤茂吉という人物は、非常に頑固で強引な面もあった一方で、同時に、非常に繊細な面ももちあわせていたという。このあたりのことが、著者(北杜夫)の個人的な回想のかたちで、随所に出てくる。これが、興味深い。

第二には、北杜夫の書いたものとして。

これを読むと、『楡家の人びと』の楡基一郎という人物は、斎藤茂吉の養父である紀一をモデルにしていることがよくわかる。そして、『楡家の人びと』に出てくる基一郎の人物像や、病院でのエピソードなどは、かなり実際のことをふまえて書いてあるとわかる。

これは、むしろ『楡家の人びと』などの北杜夫の文学を理解するうえで、貴重な資料、証言として読むことができるものである。

まず、以上の二点ぐらいが、第一冊目を読んで思うことなどである。

つづけて、二冊目を読むことにしたい。

2021年9月21日記

追記 2021年10月23日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年10月23日
『壮年茂吉』北杜夫
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/23/9434273

『おかえりモネ』あれこれ「嵐の気仙沼」2021-10-17

2021-10-17 當山日出夫(とうやまひでお)

『おかえりモネ』第22週「嵐の気仙沼」
https://www.nhk.or.jp/okaerimone/story/week_22.html

前回は、
やまもも書斎記 2021年10月10日
『おかえりモネ』あれこれ「胸に秘めた思い」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/10/9430865

この週は、モネのことよりも、みーちゃんとりょーちんのことだった。見て思うことは、次の二点ぐらいだろうか。

第一には、気象予報士としてのモネ。

気仙沼で気象予報士の仕事をするモネであるが、気象予報の仕事はいいことばかりとも限らない。これから良くなるという予報となるわけではない。

この週では、低気圧が近づくということで、漁に出た漁船に危険を知らせることができたことになる。一方そのかたわらで、東京の朝岡のことばが印象的である。気象予報士は予言者ではない、ただ祈るしかないということも多くある……これは、確かにそのとおりだろうと感じる。

だが、ともあれ、りょーちんの乗った船は、無事に港に帰ってくることができた。これはこれで良かったとしなければならないだろう。

第二には、未知とりょーちんのこと。

未知は、りょーちんのことを思っているのだが、なかなか進展しない。これは、一つには、りょーちんの方が、身を引いてしまっていることにも起因する。それが、嵐の海から無事に帰ることができたことで、これをきっかけにして、未知との距離が縮まったようである。

以上の二点が、この週を見ていて思ったことなどである。

このドラマも、あと二週ということになった。次週は、菅沼先生も気仙沼を訪れるようである。どのような展開になるか、楽しみに見ることにしよう。

2021年10月16日記

追記 2021年10月24日
この続きは、
やまもも書斎記 2021年10月24日
『おかえりモネ』あれこれ「大人たちの決着」
https://yamamomo.asablo.jp/blog/2021/10/24/9434550

『地下鉄のザジ 新版』レーモン・クノー/生田耕作(訳)2021-10-16

2021-10-16 當山日出夫(とうやまひでお)

地下鉄のザジ

レーモン・クノー.生田耕作(訳).『地下鉄のザジ 新版』(中公文庫).中央公論新社.2021(中公文庫.1974)
https://www.chuko.co.jp/bunko/2021/09/207120.html

痛快な小説である。いっきに読み切ってしまった。

古典的なスタイルの小説を読んでいるなかで、こんな作品を読むと、ちょっととまどいもあるが、こういう小説もあっていいという気にもなる。

地下鉄に乗ることを楽しみにしてパリにやってきた少女、ザジ。しかし、地下鉄はストで動かない。そこから、破天荒な物語がはじまる。なかには、いわゆる下品といっていいような行為や表現がとびかう。そして、なによりも印象的なのは、「けつ喰らえ」の台詞。

これは、中公文庫で「新版」として出たので買って読んでみたもの。タイトルは、知っていた。が、手にとることなく今にいたってしまった。さて、どこでこの小説のタイトルを覚えたのか、今となってはまったく記憶がない。が、著名な作品であるということは意識していた。

しかし、内容として、ここまでぶっとんだ内容の、あるいは実験的な、あるいは斬新な小説であるとは思っていなかった。読んで、半分おどろいたというのが正直なところでもある。

古い中公文庫版が出たのが、一九七四年ということだから、私の若いときのことになる。今から、半世紀近く昔の小説であり、翻訳なのだが、ほとんど古さを感じない。(だが、読んでいって、さすがに半世紀前の文章かと感じるところが、ちょっとだけあるが。)

北杜夫や、斎藤茂吉などを読んでいる合間に読んだのだが、非常に面白かった。

2021年10月10日記

映像の世紀プレミアム(10)「難民 希望への旅路」2021-10-15

2021-10-15 當山日出夫(とうやまひでお)

10月11日の放送(再放送)。録画しておいて後日に見た。見て思ったことなど書こうと思って、以前の放送のときのことを思い出して、昔、書いた文章を検索してみた。番組を見ての印象は、さほどかわらない。まあ、これは、この前の放送からさほど時間がたっていないということもあるだろうが。特に新たに書き加えることもないかと思うので、特例的に今日は、過去に書いた文章をコピーして掲載することにする。

強いて付け加えて書いてみるならば、ミュンヘン・オリンピックのテロ事件のことがあるだろうか。映像の世紀プレミアムではオリンピックを特集したことがある。たしか、去年の放送で、今年になって再放送があった。ここで、どうしてミュンヘン・オリンピックのテロ事件のことが出てこないのかと思って見たと覚えている。この事件については、すでにこの難民の回で触れてある。おそらくは、番組として重複を避けたのかと思ってみる。

ただ、思うこととしては、この回の放送は、きわめて良心的であり、感動的な内容であったと思う。

========================================

やまもも書斎記 2018年8月13日
映像の世紀プレミアム「難民 希望への旅路」

昨日(8月11日)の夜の放送を録画しておいて、今日(8月12日)の昼間に見た。見て、何か書こうと思って、Googleで検索してみて、タイトルが「難民 希望への旅路」となっていることに、何かしらのとまどいを感じている。

番組を見た印象からするならば、誰も「希望」を感じて難民になどなっていない。NHKは、なぜ、このようなタイトルをつけたのであろうか。かといって、「絶望」とも表すことはできないだろう。

思いつくことをいくつか書いてみる。思いつくままにであるが。

スペイン内戦のときのヘミングウェイの声が残っていたのにはちょっと驚いた。私がこれまで読んだヘミングウェイの作品からは、難民の苦悩というようなものは、感じていなかったのだが。これは、読み方が浅かったというだけのことなのであろうか。

難民の歴史は、難民をどのように報じたかという歴史でもある。この意味で登場していた、二人のカメラマン……キャパと沢田教一。その作品は、これまでに本などで何度か目にしている。特に沢田教一の「安全への逃避」、これがアメリカ兵から逃れるシーンであったことは、認識を新たにした次第でもある。

第二次大戦の直前、ヨーロッパからアメリカを目指したユダヤ人を載せた船の話し。これは、たしか、映画化されていて、学生の時に見たかと覚えている。

それにしても、アインシュタインをすこし理想的に描きすぎてはいないだろうか。

番組(録画)を見ながら、はて、この番組は、どこで終わりになるだろうか、今でも世界中で難民の問題はある、どこに着地点をもっていくことになるのか、と思っていた。結局、沢田教一の写真の一件で、終わりにしていた。これはこれで、一つの編集の見識であると思う。今の世界のどこかの難民の姿で終わりにすれば、その加害者の側が誰かを最後に示して終わることになる。誰が悪いということで簡単に整理がつかないのが、難民問題である。難民問題は、ある意味では報復の連鎖の犠牲者でもある。ここを、どの場面で終わりにするか、難しいところであると感じる。最後は、ベトナム。たとえ難民になってもどこかの新しい国で生きていける、そんな「希望」を感じさせた。

この番組、気になったことを書いておけば、日本が登場しなかった。二〇世紀が難民の時代であるとして、では、日本は難民とどうかかわることになったのか、一切触れていなかった。日本の植民地支配の時代、日中戦争、太平洋戦争の時代、この時代も、日本が当事者となって難民を生み出した歴史が無かったということはないであろう。それが、日本人であるにせよ、現地の人びとであるにせよ。

また、太平洋戦争の終わり、ソ連侵攻にともなう満州の人びとのことも、ある意味では、難民といえるにちがいない。これについても、触れることがなかった。太平洋戦争の終わりのとき、外地にいた人びとのことも考えていいように思うが、どうだろうか。

今の国際社会の難民については、現代の日本も、間接的には当事者のひとつであるにちがいない。とはいえ、日本を難民問題の当事者として見る視点を導入して番組をつくることは、また難しいにちがいないが。ここは、あえてまったく日本を登場させない作り方を選んだのであろう。

その他、いろいろ思うところの多い番組であった。

========================================

2021年10月14日記