「おもかげ」(2) ― 2026-10-16

2026年10月16日 當山日出夫

「おもかげ」(2)

第二回目として、戦後の闇市のころのことになる。ここは、リアルに闇市を再現するということにはせずに、一部はそれらしく作っても、全体としては、芝居の書き割りのように作ってあった。

また、それからしばらくしての結婚してからの生活の部分でも、リアルに、その時代の住居を再現するということは、していない。それらしく見せるが、どことなく、ウソっぽく作ってあった。

幻想の世界でのことなので、実際には過去に本当に主人公が体験したことであるとしても、なんとなくウソっぽく作るということが、ある意味では、効果的になっている。

銭湯の場面も、本物らしくもあるし、なんとなく、わざとらしく作ったという印象であった。

浅田次郎の小説は、基本的に、生きることを肯定している。昭和の戦後からの時代、現代の価値観からは、不適切とされることが多くあったし、苦労も多かった。だが、それが、現代から悪く言われるだけになってしまうことに、なにかしらの抵抗の姿勢を示している。この感覚に共感できる人は、読者や視聴者の中では、かなり限定的な世代ということになるかもしれないが、それでも、そういう人たちの生活や仕事があって、今の日本がある。この時代について、なにがしかの懐古の情を持って見ることがあってもいいだろう。

2026年10月12日記

日曜美術館「光、凛とゆれる 彫刻家・多田美波」 ― 2026-10-16

2026年10月16日 當山日出夫

日曜日鬱燗「光、凛とゆれる 彫刻家・多田美波」

多田美波の作品のこともあるが、見ながら気になったのは、展示してある会場の照明、採光。多田美波の作品は、どういう光で見るかによって、まったく表情を変えるはずであるし、周囲のどんなものが表面に映り込むかということも、重要である。こういうことを、展示にかかわった美術館の学芸員の人たちは、どう判断したのだろうか。このバックヤードの話しが聞けるとしたら、これは、とても面白いはずである。

また、美術館の中であっても、撮影しているカメラ自体が映ってしまう。さて、これは、どう写すのか……なるべく写らないようにするのか、あえて、はっきり写るようにするのか……これは、現場の撮影スタッフなどの考えがあってのことになると思うが、どうだったのだろうか。

東京都現代美術館には、行ったかと思うが、あまりはっきりした記憶がない。この番組を見て気になったのは、外の光をとりこんで大きな窓があったが、これは、東西南北のどちらに向けた窓になっているのだろうか。美術品を見るということなら、(私の考える)常識的な判断としては、北向きに窓をつくる。直射光を避ける。いや、そうではなく、あえて南向きにして、直射光が入るような設計にするのか。ここは、美術館の建物を設計したときの考え方になるのだが、どう考えたのだろうか。

外の光の入らない室内の展示については、現代の技術なら、照明の明るさはもちろん、色温度までコントロールできる。この美術館の建築で、どの作品を、どこに置いて、どういう照明で見ることにするのか……これをどう考えて判断したのか、気になっている。

出てきた作品のいくつかは、再制作である。これは、いわゆる複製ではない。設計図と材料と工法がわかっているならば、同じものを作れる。厳密にはオリジナルではないのだが、こういうのは、美術研究の方では、どう考えられているのだろうか。

2026年10月13日記

100分de名著「“万葉集” (2)身を焦がす恋」 ― 2026-10-16

2026年10月16日 當山日出夫

100分de名著「“万葉集” (2)身を焦がす恋」

「万葉集」の恋の歌である。

どうして「万葉集」の恋の歌が残ったのか、気になる。恋人どうしの歌であるとして、それは、詠んだ本人と、それを贈った相手の人、これしか知らないはずである。だが、今に残っている。どういう事情があってのことなのだろうか。誰が憶えていて、どう伝わって、どのように文字になったのか。最終的に、『万葉集』という20巻の書物になるのは、かなり後のことであろう。

妄想をたくましくすると言われそうだが……下着の紐を結ぶというのは、他の人がそれを解いて結び直したりしたら、それでばれる……という含意があるように思える。

番組の中で、「万葉人」という言い方を普通に使っていたのだが、これも、歴史的には、折口信夫あたりにはじまる概念としてとらえておくべきだろう。今では、ひろく、「万葉集」の時代の古代の人びとというぐらいの意味で普通に使うことばになっている。これは、学問的には、かなり慎重につかうべき用語の一つだと思っている。(便利なことばではあるけれど。)

この番組は「名著」ということだから、本を手にして朗読するシーンがある。他の本だったら、別に、違和感無く見るところなのだが、『万葉集』となると、どうかなと思わないでもない。割りきって、書物になって20巻の『万葉集』という本、ということなら、それはそれでいい。

番組の演出としては、『万葉集』の歌ぐらいは、本を見ずに朗詠するようなことであってもいいかなとは思うところである。

日本の古代に、妻問婚がおこなわれた、ということはあったとしても、それだけで『万葉集』の恋の歌を説明するのは、どうかなと思うところがある。恋とは普遍的なものであると同時に、その時代の固有の慣習にならうものでもある。

桜の花の歌が出てきていた。『万葉集』で、花というと、梅か萩である。次の平安時代の『古今和歌集』になると、桜の歌が多くなる。これは、文学史の常識なのだが、常識過ぎるから言わなくてもいいという判断だったのか、桜の花が分かりやすいからこうなったのか、どうなのだろう。

2026年10月13日記

サイエンスZERO「電気を使って“頭痛治療”!?ニューロモデュレーション新時代」 ― 2026-10-16

2026年10月16日 當山日出夫

サイエンスZERO「電気を使って“頭痛治療”!?ニューロモデュレーション新時代」

私自身は、特に偏頭痛という症状はないので、なんとなく見ていた。

そもそもなんで偏頭痛ということが起こるのか、分からない。そして、なぜ、電気でそれを治療できるのか、その理由も分からない。まさに、分からないことだらけの内容だったが、興味深い。

サイエンスとしては、分からないことがあるとしても、テクノロジーとしては、臨床的に結果が出て、副作用も無いということなら、どんどん使っていくということになる。

人間の神経が電気で信号を送っている。それには、ナトリウムイオンとカリウムイオンがかかわっている。人間に限らず、生物の体の情報伝達に、こういう物質が必要ということは、おそらくは、生物の進化の過程でこうなったということかと思っている。生物学にとっては、常識的な現象だろうかと思うのだが、そもそも、なんでこうなっているのか、ということは、気になることである。

2026年10月9日記

ブラタモリ「北海道・十勝▼なぜ農業王国に?食卓を支える大地の原点に迫る」 ― 2026-10-15

2026年10月15日 當山日出夫

ブラタモリ「北海道・十勝▼なぜ農業王国に?食卓を支える大地の原点に迫る」

私が見て興味深かったことは、だいたい次の二つである。

第一は、十勝のエリアで、日本の耕地の、1/8、をしめているという。耕地ということの定義にもよるだろうが、十勝のエリアで、そんなに多くの耕地の面積になるというのは、ちょっとおどろいた。そもそも、日本で、耕地という土地は、どこにどれぐらいあるのだろうか、このあたりのことから説明してほしくなる。

そして、その耕地で、どれぐらいの農作物を栽培可能で(畜産をふくむとして)、それで、今の日本の人口をやしなえる、ということでいいのだろうか。食糧自給率というが、どれぐらの田畑や牧場の面積があって、どれぐらいの生産能力があるのか、それには、どれぐらいの、産業人口が必要なのか、それは足りているのかどうか……こういうことについて、あまりにも一般に知られていることが少なすぎる。(これは、私が知らないというだけのことかもしれないとは思うが。)

第二には、福井で洪水被害があって、北海道にやってきたという人の子孫。福井の水害のときに、おみまいにもらったものの一覧が映っていた。その中に、「足ナカ」とあった。足ナカは、民俗学などでは知られていることかと思うが、ぞうりの前半分だけのもの、といえばいいだろうか。実は、私は、実物を見たことがない。絵画資料の説明などの知識として、中世には使われていたことを知っている。それが、明治のころに、福井で日常的な農民の生活の中に出てきたことになる。こういうものは、実物が残るということのないものであるのだが、全国で、今も残っている、使っている、ということはどれぐらいあるのだろうか。民俗学や民具学ということに詳しい人なら知っていることかもしれない。(これも、今の時代であるから検索してみると、売っている。日常の履き物としてというよりも、古くからのもので、健康のためという位置づけのようである。)

幸福駅が出てきていた。このとき、「新日本紀行」の昔の映像が使ってあった。この番組は、しばらく前に、「よみがえる新日本紀行」で再放送している。それを見たときに書いたことを、以下ににコピーしておく。

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やまもも書斎記 2025年3月12日

よみがえる新日本紀行「幸福への旅〜帯広〜」

2018年の放送。オリジナルは、昭和48年(1973)の放送。

見る人によって、感じとるものはいろいろだろう。

この時代は、まだ国鉄だった。そして、広尾線があった。まだ馬を飼っている農家があった。家からお嫁入りする女性の姿があった。その嫁入り家具をあつかう店があった。昔は、人が死んでも火葬場がなくて、自分の家で薪を用意して火葬にするしかなかった。大豆の生産と流通。五つ玉の算盤と電卓が机の上にある。その他、いろんなことを読みとることができ、それぞれに貴重な記録になっている。

「よみがえる」の放送が、2018年。この時に農業を継いでいた男性は、その後、農業を辞めたという。

最初の昭和48年のころ、日本は、田中角栄の日本列島改造論が語られた後の時代ということになるが、日本の国内での地域間格差、産業構造の変化、人の移動ということがあった。幸福の町も、過疎の町になりつつあった。

そして、2018年の放送の時点から、現在までの間に、さらに日本の農業をとりまく状況は変わってきたということになる。大規模経営の農業でも、条件によっては無事に存続できるかどうか、という時代になったと言っていいのだろうか。

私は、「幸福駅」の切符がブームになったときのことは記憶している。これは、どうやら、NHKのこの番組がきっかけだったとのことである。今でも、鉄道は無くなってしまったが、観光スポットとして人気があるらしい。(特に、ここに行ってみたいとは思わないけれど。)

印象に残っているのは、明治のころに、入植してきた男性。なぜ、ここに来たのか、その訳は聞かないでくれと言っていた。こういう言い方をするということが、今の時代では、もうなくなってしまったかとも思う。想像してみるとしても、夜逃げぐらいかなとは思うけれども、言うに言われない事情があって、北海道の開拓村に移り住むというようなことが、普通に語られる時代が、この時代まではあったことになる。

2025年3月10日記

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令和8年10月12日記

六角精児の呑み鉄本線・日本旅「秋・芸備線、木次線、一畑電車を呑む!」 ― 2026-10-15

2026年10月15日 當山日出夫

六角精児の呑み鉄本線・日本旅「秋・芸備線、木次線、一畑電車を呑む!」

再放送である。最初は、2025年11月14日。

ローカル線なので、列車の本数は少ないし、走っていても、空気を運んでいるとしか思えなかったりもするが、しかし、地元の人にとっては、生活のために必要である。実質的に生活のために必要ということもあるし、地域のためのシンボル的な意味もあるし、さらには、日本全体の交通インフラということにもなる。赤字路線をめぐる問題は、いろいろと難しい。

固い手羽先は、美味しいだろうと思う。なんだか今の時代は、肉料理については、やわらかい、ということがまず言わなければならない褒めことばになってしまっている。やわらかいということと、美味しいということとは、ちょっと違うはずだが。

亀嵩の名前は、知っている。『砂の器』は、原作(松本清張)は先に読んでいるし、映画も公開のときに見ている。かなり昔のことになる。駅に、緒形拳の色紙があった。映画では、おまわりさんの役だった。

興味深かったのは、このお蕎麦屋さんの天主の名前が、杠(ゆずりは)という。珍しい名前である。だが、ATOKは、ちゃんと変換してくれた。(しかし、最近の話題だと、硤合(そあい)は変換してくれない。)

メニューが無いお店での、松茸(さたけ、ということだが)の土瓶蒸しは、美味しそうである。

去年の放送であるが、酒蔵のお店に、『ばけばけ』のポスターが貼ってあった。

ある酒蔵では、造ったお酒の40%をアメリカ全土に輸出しているという。また、次の酒蔵では、台湾から来た人がやっていて、輸出専門の酒造免許でお酒を造っているという。日本では、基本的に飲めない。台湾から、輸入しなければならない。こういうこともあるのかと、ちょっと驚いた。

音楽では、「愛のさざなみ」を、ハンバート ハンバートが、歌っているのが、非常によかった。(私は、もちろん、島倉千代子の歌で知っている。)

お酒の神社があって、どぶろくを造っている。神事として造っているので、造るとことはナイショだという。

お酒を造るというのは、非常にローカルな仕事ではあるが、同時に、国際的なビジネスにもつながっている。今の時代だったら、地方の酒蔵でも、こういう仕事ができるということになるのだろう。

2026年10月10日記

ビストロボイス「歌手・俳優の声談議「矢野顕子×松たか子」EP2」 ― 2026-10-15

2026年10月15日 當山日出夫

ビストロボイス「歌手・俳優の声談議「矢野顕子×松たか子」EP2」

見ながら、もし、まだ大学で学生に教えていたのなら、教室のモニタにNHKONEの映像を流して、では、こういうことについて、日本語学としては、どう問題を立てて論点を整理して考えることになりますか、と学生に話しができるかなと思った。

『アナと雪の女王』は見ていない。もう、映画を見る、映画館に行くということはなくなってしまって久しい。世捨て人の生活である。

歌のシーンで、各言語版の歌を歌った人が並んで歌った、というのは面白い。ディズニーだから、こういうこともできる。

これを、音楽と言語の専門家が、その目で見るならば、いろいろと面白いことがあるにちがいないとは思う。

少なくともいえそうなことは、(私は、言語についてのことでは、音韻とか音声についてあまり知識はないのだが)……非常に雑な議論としては、ということになるが……音符の一つに、どういう言語の音とことばが表現されていることになるのか、ということになるはずである。日本語の歌は、唱歌とか歌謡曲(昭和歌謡とかフォークソングなどをふくめて)などがそうなのだが、音符の一つが一つの音節(CV)に該当することが多いはずである。これで、ことば(単語)を表現するのに、多くの音符を使わないといけない。これが、英語になると、一つの音符で、一つの音節で一つのことば(単語)を表現することができる。

こまかな用語の定義とかはあるし、非常に乱雑な言い方であるが、同じ音楽の時間の中で、日本語の場合、そんなに多くのことばを表すことはできない。(モーラとシラブルについての、細かな議論が必要になる。)

一つの音符に一つの音節が対応しているという原則があるからこそ、唱歌の「赤とんぼ」で、この歌が作曲された時代の東京語は、現代と「あかとんぼ」とはアクセントが違っていた、ということをいえる。

番組では、松たか子の歌い方について、ゆっくりと文字の単位で区切って歌うというふうな言い方で表現していたが、もうちょっと言語学風にいえば、音節単位で切って歌うということになる。これは、日本語だから可能な歌い方になる。

それから、最近の日本語の歌に、私などがなじまないのは、一つの音符で一つのことば(複数の音節、文字)を歌おうとしているということがあるかとも、思っている。

ディズニーのアニメ映画のように、先に歌を録音して、それに合わせてアニメの映像を作るということがあって、日本語版の映画では、その映像に合わせて歌を歌う(アフレコ)ということになると、かなりややこしいことがあるにちがいない。

これも、生成AIをアニメの映像作成に使うようになると、日本語版の歌に合わせて映像(口の動きなど)を変えるということも、難しいことではなくなるだろう。そうなると、いったい、どの言語のバージョンがオリジナルなのか、というまた別のややこしい問題がおこるけれど。

見ていて、その他に興味深かったのは、山寺宏一が、方言(東北の地方)で話すときは、音程が低くなる、と言っていたことである。話す場面によって、声の音域が変わるということは、観察できることではある。よそゆきの声、とでもいうことができるだろうか。最も分かりやすい事例は、電話での会話になると、声が高くなるという現象は、日常的に観察できることかとも思う。

場面や位相によることばのちがい(語彙や文法にかかわること)以外にも、音の高さということも変化があるというのは、言語の現象として、とても面白いことである。

それから、早口でしゃべることと、早口でしゃべっているように話すこととは、違う……こういうことは、実際の声優でなければ、分からない感覚かと思う。これを、言語研究としてあつかうのは、かなり難しいかもしれない。

2026年10月12日記

『蔵』(第一回) ― 2026-10-15

2026年10月15日 當山日出夫

『蔵』(第一回)

このドラマを見るのは、3回目ぐらいになる。新しい4Kリマスター版である。

NHKは、宮尾登美子の原作でいくつかのドラマを作っている。その一つ。宮尾登美子は、もう今ではあまり読まれない作家になってしまったようである。私は、そのほとんどの小説は読んでいるかと思うし、映画化されたものもいくつか見ている。一番よかったのは、なんといっても、『鬼龍院花子の生涯』(五社英雄監督)である。夏目雅子の代表作といってもいい。ケレン味で見せる映画として、実に上手い。

『蔵』の原作の小説は読んでいる。これは、新潟の方言にかなり忠実に会話文が書いてあって、読むのにちょっと苦労したと憶えている。近代小説における、方言の使用の事例としては、興味深いことになるかとも思う。一般の読者のわかりやすさよりも、方言に忠実であることで書かれている。

ドラマを見て思ったことはいくつかある。

まず、今の時代だと、このドラマを作ったときの生活の感覚はもうなくなっている。姉妹の賀穂と佐穂であるが、母親に見とめられて、ただそれを第一のこととして、嫁に行くことを思う。実は、これは人違いだったのだが、ここで、残念に思って泣き崩れるという感覚は、もう今の時代では描けないだろう。

夫となる男性よりも、姑に認められて、ということでは、有吉佐和子の『華岡青洲の妻』の設定が、まさにそうなのだが、こういう女性の感覚は、今には通用しないものになっているといっていいだろう。

朝ドラの『ブラッサム』を見ていると、大正のはじめごろの岩国の女学校の生徒が、『青鞜』を読んで、平塚らいてうにあこがれる。まったく不可能であったとは思わないのだが、こういう、現代の価値観からして進歩的とされる女性を登場させないことには、ドラマとして成りたたなくなっている。『蔵』も現代で作るなら、進歩的な女性を登場させるように、改変するところかもしれない。進歩的な考えを持っていることが、それで幸せにつながるものではない、ということは、『おしん』などでは描けたことだが、現代だと、それも難しいかとも思える。

中に手紙を読むシーンがあった。見ると、女性の文字で、筆で書いてある。こういう小道具の用意が、昔はできた。これも、今だと、難しいだろうか。先の朝ドラの『風、薫る』で、手紙が出てくることがあったが、どう見ても、その時代の女性の書いた文字ではなかった。こういうところは、私は、見ていて気づくし、気になるところなのだが、現代では、もう一般の視聴者も気にしないし、制作のスタッフも気にしない、ということになってしまっているということだろうか。

提灯に本物の蝋燭を使っていた。今では、本物の蝋燭で提灯の灯りにするということはないだろう。朝ドラの『ばけばけ』では、提灯が非常に印象的に使ってあったシーンがあるが、その灯りは、LEDだろうと思われる。(その方が、明るさや色の調整がやりやすいので、ドラマとしては、使いやすいことになるが。)

ロケに使ったのは、最後まで見ると、渡辺邸と出てきていた。検索して調べてみると、保存されていて、現在でも見ることができるようである。戦前の大地主の家や暮らしとはどんなものだったのか、これはこれで、非常に興味のあるところである。

2026年10月12日記

おとなのEテレタイムマシン「日本の話芸(リストア版) 「けんげしゃ茶屋」桂米朝」 ― 2026-10-14

2026年10月14日 當山日出夫

おとなのEテレタイムマシン「日本の話芸(リストア版) 「けんげしゃ茶屋」桂米朝」

さすが米朝師匠である。上手い。

噺が始まってすぐにその上手さを感じるのは、二人の旦那の会話。二人が話しているのだが、微妙に声の大きさと話す速さが違う。これで、二人の人物像の違いが聞いていてくっきりとする。ことばのしゃべり方とかもあるのだが、声の大きさと速さを瞬時に切り替えている。これは、見事である。

噺の内容は、けんげしゃ……縁起をかつぐことを題材にしたもの。一昔、二昔前の、生活の感覚である。

商家の旦那さんであるが、かなりお金持ちらしい。若い芸者さんに一軒の家を持たせて、母親と住まわせている。芸者が商売というよりも、旦那さんのお妾さんという感じかなと思える。(昔のお金持ちの遊びとしては、素人は相手にしないで、玄人の女性をということもあったのかと思うが。)

どうしても国語学の視点から見ているのだが、興味深かったのは、濁点のこと。

この時代のことだから、「にごりがうってない」と言っていた。文字を書いても、濁点を打たないということである。だから、

のどかなる はやしにかかる まつえもん

が、清濁の読み違えによって、また、区切り方によって、意味が変わってくる。こういう噺が聴いていて分かるというのは、聴いている人が、文字を知っている、少なくとも仮名は知っている、濁点を打つということを知っている、ということを前提にしないといけない。日本語の表記で、一般に濁点を打つことが一般化するのは、近代になってからのはずである。この噺は、それ以降のことということになる。

お酒の燗をつけることついて、「火燗」ではなく「銅壺」で、と言っていた。「お銚子」ではなく「とっくり燗」ともあった。このあたりの、お酒の燗のことは、現代の生活の中で、ほとんど消えてしまったものである。今だったら、お酒を燗するのに、電子レンジを使う時代である。(これほど味気ないものはないと思っている。)

その他、いろいろと現代ではもう使わなくなったことばやいいまわしがある。こういう落語の芸の中に残っている。

2026年10月9日記

ドキュメント20min.「プラザ 変わり果てた聖地で」 ― 2026-10-14

2026年10月15日 當山日出夫

ドキュメント20min.「プラザ 変わり果てた聖地で」

録画してあったのを見て、群馬県大泉町のHPを見てみたのだが、ポルトガル語のHPがない。少なくとも、多言語対応に作ってあって、言語切り替えがすぐに分かるようには作っていない。(今では、全国の多くの自治体のHPが多言語対応になってきていると思っているのだが、この町の場合は、どういう事情があってこうなのだろうか。ブラジルからやってきてポルトガル語をつかう人は、もういないということではないだろう。現代なら、AI翻訳などで多言語対応のHPを作ることは、そう手間ではなくなっているはずである。)

おそらく全国に、このようなところは多くあるにちがいないと思う。

この場合は、ブラジルからやってきた人たちということである。現在では、日本にいる外国からの人たち(多くは、移民労働者ということになるだろうが)のかなりをベトナムやネパールなどが占めるようになってきているだろうと思っている。

いずれ、日本の各地に、このようなところが出来て、そして、建物の耐用年数がすぎて、廃墟となって……さて、それから先はどうなるだろうか。

タテマエ上の論としては、日本が国策として、ブラジルからの(日系人の)労働者を多く受け入れたということがある。であるならば、その人たちが、日本で生活すること、やがては、そこで子どもが産まれ、年老いて、死んでいくこと、これまでふくめて、考えなければならないということになる。(これが、シンガポールとかだったら、外国からの奴隷的動労者は、役に立たなくなったら、さっさと国に帰れ……ということになるのだろうか、それとも、最後まで福祉の面倒をみるという制度なのだろうか。)

この番組の中では、そう大きくマイナスのことは言っていなかった。おそらく、実際には、犯罪にかかわったりということもあるだろうし、また、働けなくなったり、病気になったり、ということもある。それを、この町の負担で住民が責任を持っておこなうというのは、現実的だろうか。

移民労働者を受け入れるということの、将来のある姿を描いていたと思う。

これも論点を拡大して整理して、他の番組(ETV特集とか、BSスペシャルとか、NHK特集でもいいが無理かな)でということもあるだろうが、この「ドキュメント20min.」の枠でも、問題点として言いたいことは伝わってくる。

2026年10月12日記