『日本の「わざ」をデジタルで伝える』2008-01-03

2008/01/03 當山日出夫

最近のARGで掲載されていた本。さっそく買って読んでみる。

渡部信一(2007).『日本の「わざ」をデジタルで伝える』.大修館書店

総合的な印象を述べれば、きわめて共感するところが多い。デジタル・アーカイブ、ということのもつ、いろんな問題点を指摘している。

一般論としてであるが、

●何がデジタル化可能であるのか(逆に、何が不可能であるのか)

●何をデジタル化するのか、その選択の問題

●デジタル化して、ある事象を固定的にとらえてしまうことの問題点。特に流動的可変的な文化事象と、伝統・正統の問題。

●デジタル化によって、分節化された事象を、再度、総合して構築可能かどうか。

など、きわめて、挑発的な問いかけが随所に見られる。

ただ、細部にわたって見れば、いささか異論がないではない。民俗芸能のモーションキャプチャについての章では、このような記述がある。

長瀬一男……「有名な能とか日本舞踊とか「伝統芸能」のアーカイブでは資金を獲得しやすい。しかし、地域に伝わる民俗芸能にはなかなか資金がつきません。」(p.47)

渡部信一……「例えば、能とか歌舞伎などは家の世襲制で、その家の中だけで伝承されるわけです。それでも何の不都合もなく伝承されてきているわけです。それを、DVDを作って、何百枚、何千枚とスタンプしてばらまいて伝承しようとする意味とは何でしょうか。」(p.47)

これらの発言の前には、「アーカイブのためのデジタル化と伝承のためのデジタル化とは、どのように違うのですか。」(渡部信一 p.46) がある。

このあたりの発言は、立命館ARCなど中心とする、京都の伝統芸能のモーションキャプチャ研究を念頭においてのことと推察される(はっきりと、そう名指ししてあるわけではないのだが。)

このところ、立場や考え方のすれ違いがあるかな、と感じる。私の知見のおよぶ範囲であるが、ARCでのモーションキャプチャによる能のデジタルアーカイブは、「何のために」ということを、常に、研究者の側のみではなく、演者の側との、交流のなかで、問い続けてきている。そうでなければ、21世紀COEの最終シンポジウムを、京都の観世会館で開催する、などということはできない。

ここは、やはり、能楽師・片山家にとっても意味のあるものであることを、確認しておく必要があるのではないか。

ところで、この本、モーションキャプチャの事例紹介の本として読むのはもったいない。デジタル・ヒューマニティーズの視点から、是非、参考にすべきは、第4章、「漢方医の「わざ」からデジタル化を考える」。

明治期の漢方医・浅田宗伯が、どのようにして、その「知」を伝承しようとしたか、そのシステムを、分析している。ここで示される「漢方医道」の語を、「人文学における学知」に、そのままおきかえて読んでみることができよう。

たとえば次のような記述。

川口陽徳……「「知識」というものは個人が所有するものではなく、ある関係の中で相互的に所有されるものであるという考え方です。」(p.124)

渡部信一……「常識的な疑問として「一度分節化したものを後で統合して、本当にもとの本質を伝えることができるのか」ということがありますね。」(p.125)

これまで、人文学における学知は、短いかもしれないが、あるいは、単なる擬制であるといえるのだが、ともかく、明治期以来の100年以上の歴史のなかで形成され・伝承されてきた。これはこれとして、この事実の重みがある。

それを分節化し再構築していこうとするのが、デジタル・ヒューマニティーズの意図するところであるとするならば、明治の浅田宗伯にとっての「医道」について考えなければならない。「医道」は、そのなかに、狭義の医学的技術の他に、医師・患者、それに、それを学ぶ弟子、の関係を総合している。現在の人文学における、研究資料・方法論・研究者・学生・教育システム・業績の発表システム……これら全体の関係性を、デジタルの視点からどう考えるのか。この意味において、きわめて示唆にとむ問いかけを得ることができる。

當山日出夫(とうやまひでお)

コメント

_ 渡部信一 ― 2008-01-08 12時46分06秒

書評していただき感謝です。
しかも、かなり深く読んで頂いたようで、とても嬉しいです。
今後とも、よろしくお願いします。

_ 當山日出夫 ― 2008-01-08 20時17分48秒

コメントありがとうございます。この本、学生にも紹介してみようかと思っているところです。特に文系の人間にとって、知的刺激に満ちた本です。

_ 渡部信一 ― 2008-01-09 09時44分19秒

リンクをはらせて頂きました。
よろしくお願いします。
http://www.ei.tohoku.ac.jp/watabe/waza5.html

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